第25話 天稟と代償
よくできたかも、と思った話のいいね数が多いと「(o´艸`)」ってなりますね。これは良い機能。読み専時代は謎ボタン追加されたな、とか思ってた……。
ヒナタが一瞬前に立っていた地面が砕け散る。
回避が遅れればあれが自分の末路だったと考えるとぞっとしない。
けれど心のうちに恐怖はなく、自らがすべきことだけが見えていた。
戦闘開始当初、一撃
「啖呵切った割には、逃げることで精一杯じゃねえか!」
「…………」
相手の挑発には動じず、衝撃を撒き散らしながら振われる剛腕を淡々と避ける。
アスファルトの
(さっきまで、あんなに
無人になり、色とりどりの風船が虚しく揺れる屋台群にやるせなさを覚える。
それを守れなかった自分にも。
(それでも今は、ひたすらに避け続ける……!)
いくら速かろうとダメージを与えられない以上、攻撃に意味はない。
防御も不可能、取れる選択は回避のみ。
無駄を削ぎ落とした末に、風のない湖面のごとく静かな心持ちでいた。
けれどそれは千の綱渡りを繰り返すようなものだ。
ヒナタの身体は緊張のせいで、手先まで冷え切っている。
──この時、ヒナタは一つの“賭け”に出ていた。
「ふ……っ」
眼前に迫り来る拳をするりと躱す。
すでに幾度と繰り返された攻防に、〈剛鬼〉は確かに焦れて見えた。
「粘るじゃねえか。オマエが来る前にいたヤツらなんざ六人がかりで一瞬だったってのによお。情けねえ先輩を持っちまって気の毒だなァ」
「ッ! ──……」
分かっている。
自分を動揺させることが狙いなのだ。
だからヒナタは努めて無反応を装う。
地面を蹴った後に《加速》。
初速から最高速へと一瞬で移行し、変則的に動き回る。
敵の攻撃は空を切り続けていた。
破壊力・頑強さ・敏捷、全てを総合的に上げる〈剛鬼〉──
だからこそ、この拮抗は保たれている。
しかし、これが長くは続かないことはヒナタも分かっていた。
回避のたびに
すでにカレー二、三皿なら軽く平らげてしまえるほどに飢餓感は膨れ上がっていた。
カレーだとどこか緊張感がないが、それは砂漠で水を求めるのと等しいほどの“乾き”となってヒナタを苛む。
それでもヒナタの平静を保たせていたのは「自分が辛いのだから相手も辛いはずだ」という考えだった。
光ある場所には必ずや影が落ちる。
そして、それこそがヒナタの“賭け”の正体だった。
すなわち、代償の我慢比べ。
〈剛鬼〉はヒナタの前に数人の天使と既に戦っている。
こちらより早く限界が訪れる可能性は高い。
「ちょこまかと鬱陶しいなァ……!」
事実、彼の焦りは時間が経つほどに増している。
賭けの勝率は悪くない、とヒナタは踏んでいた。
この賭けが機能する確率はおよそ四分の三──
型によって効果のほどは違うが、徐々に焦りが募っているということは〈剛鬼〉のそれは一番の“当たり”──ヒナタと同じ後払いの公算が高い。
「ウゼぇんだよッ!!」
常人を軽く凌駕する速度で振われる剛腕だが、しかし。
打撃は明らかに雑になり、反比例するように回避が容易になっていく。
やがて、その剛撃の雨が止んだ。
「はァ……はァ……」
攻撃の主は肩を上下させて息をし、顔を歪めている。
「大人しく、投降してください」
ヒナタは微かな安堵とともに降伏勧告をし──悪鬼が口端を吊りあげるのを見た。
「──なァんてな」
「え、……っ!?」
不意に放たれた一撃をかろうじて回避。今までよりも距離を取って着地した。
怯えた子犬のようなその行動に〈剛鬼〉は笑みを深くする。
「あーあ、外しちまったか。まあいい。オマエに良いことを教えてやるよ」
「なに、を」
「オレの
「………っ」
狙いが見抜かれていたことで表情が強張る。
その反応すらも楽しむように〈剛鬼〉は言葉を重ねた。
「残念だったなァ、オレの
「なっ!?」
後払いじゃないというなら、なぜ。
「それなら、なんであんなに焦って……」
「んなもん、オマエが絶望するザマを見たかったから、演技をしてたに決まってるだろうが。この前の“借り”を返せてねえからなァ」
この前、と聞いて思い浮かぶのはショッピングモールでの一件しかない。
オレは律儀なんだよ、とニヤつく〈剛鬼〉に、ヒナタは後ずさる。
「傑作だったぜ。オマエがすっかり勝った気でいやがるザマは」
「く……」
「前払いにしちゃあ長いこと動いてるから、その線は薄いと思って賭けていたんだろ? 残念だったなァ、ハハハ」
自分の思考が完全に読まれていたことで、ヒナタは頭が真っ白になる。
はっきり言って、〈剛鬼〉の見た目に騙されていた。
そのように誘導されていたのだ。
この悪漢はヒナタが思うよりもずっと慎重で狡猾だった。
それに気づいて、疑問に思う。
この
ただの嘲りか。
しかし、それならばヒナタを動けなくしてからの方が確実で、この男ならそれを選ぶだろう。
だと、すると、
「ハハハァ、気づいたか。察しのいい奴は好きだぜ、反応がおもしれえからなァ。──ああ、そうだよ。オレの
「そん、な……」
つまり、今この時間こそが『蓄積』の時間。
こうしている今も敵は天稟を振るうために力を貯めているのだ。
それを、自分を嘲るための嘘だと否定することは容易だ。
だが、ヒナタの頭脳はそれが嘘ではないと結論づけている。
だって、思い起こせば、ショッピングモールでも交差点でも、〈剛鬼〉は確かに自分の前で無防備な姿を晒していた。
「………っ、っ」
一刻も早く動かないと。
〈剛鬼〉に力を蓄積させる暇を作らせてはいけない。
だが、それももう遅い。
だが一度『蓄積』の暇を与えてしまった以上、限界の近いヒナタが逆転する未来など……。
あれほど凪いでいた心が、ざわざわと波立つ。
軽やかだった足は、地に根を張っていく。
手先は変わらず、冷え切ったままだ。
「惨めだなァ、羽虫?」
目の前に〈剛鬼〉という男が
その大男がゆっくりと腕を振り上げる。
──避けないと。
その思考さえも荒波に飲まれて消え。
避けられる攻撃を前に、一歩も足が動かない。
眼前の鬼が
「終わりだなァ!」
その拳が振り下ろされ、
「──キミがね」
ヒナタの眼前、巨漢が真横に吹き飛んだ。
「え………?」
轟音。
〈剛鬼〉の巨体は大通りを越え。
向かいの建物に叩きつけられていた。
それを為した声の主に目を向ける。
黒いローブがはためき、鮮烈な彼岸花が宙を舞う。
「やあ、元気がないね。正義のヒロイン」
変わらぬ軽口。
「カイ、リ……」
ヒナタは因縁深きその男と、三度目の邂逅を果たした。