第21話 祭りは続く
──信じられない忍耐力だと、ヒナタは自画自賛したくて仕方なかった。
そもそもからして「二人きりで行きたい」と強く迫られて、当日になった今日も頭がふわふわしていたのだ。
そこへいきなり手を繋がれ、物陰で壁に押し付けられ、頭の中が■■■■のことでいっぱいにされた。
そんな
離れてしまう彼に肉体が勝手に
やっぱり信じられない忍耐力だ。
あれは何かの事故だったのだ、そうに違いない、と自分に言い聞かせ、心を落ち着けようと試みる。
「…………はあ」
熱った頬も冷めてきた頃、不意にヒナタはお腹をさすった。
──なんだか、お腹減った……。
お兄さんがあんなことしてくるから悪いんだ、だいたい昔から……と内々に溜めていた可愛らしい不満を心の中でぶつけてみる。
──ぜったい屋台でたくさん注文してやる。
ヒナタが密やかに決意した──その数分後。
「──ヒナタちゃん」
「………っ!?」
通りを物色して歩いている最中。
その視界にいきなり■■■人が割り込んできた。
それも、結構な至近距離である。
たまらず声なき悲鳴をあげ、今度こそ文句を言ってやろうと上目で睨み、
「………?」
見上げた先、ビルの上辺りに黒い鳥影のようなものが通り過ぎた。
思わず目で追おうとした、その瞬間。
「───ひゃあっ!?」
■■■人の両手が頬に添えられた。
そして、彼が
「こっちだけを、見ていて欲しいんだ」
「~~~っ!」
歯の浮くような台詞を耳にして「言う相手間違ってませんか!?」と混乱する。
──顔がっ、顔が近いっ! こ、こういうのはクシナちゃんに……!
「……っ、〜〜〜っ!」
いくら心のうちで思おうと、口ははくはくと無意味に動くだけで音の一つも出てこない。
──このポンコツ!!
と、自分の喉に対して何回か文句を繰り返したところで、ようやく彼は顔を離した。
「ふう……。もう大丈夫かな……」
「なっ、なにが……っ! 〜〜〜〜っ!!」
──なに一つ大丈夫じゃありませんがっ!?
ヒナタの心の叫びも知らずに、彼の両手が離れていく。
思わず、熱くてたまらない両頬を自分の手で押さえた。
まるで、■き■人の熱を逃したくないかのように。
ぴゅいっとイブキの腕から抜け出し、逃げるように近くの出店へ駆け寄る。
お腹は減りっぱなしだが、なんでもいいから何か見ていないと気が触れてしまいそうだ。
店を選ぶ余裕などなく飛びついたそこは、アクセサリーショップだった。
とにかく気を紛らわせたい。
イブキの方を見てられない。
そんな一心で、アクセサリーをやたら熱心に物色する。
「あ……」
これ、可愛い。
こっちはルイちゃんに似合う。
こっちはクシナちゃんに良さそう。
そんなことを考えているうちに、ようやく熱が引いてくる。
「はあ……、よかっ───」
「───ちょっと失礼」
「ふぇええええっ!?!?」
よかった、と言おうとしたのに。
言おうとしたのに……!
ヒナタの小柄な身体が、後ろから■きな人に抱きしめられていた。
まるで何かから隠すかのように、ヒナタはすっぽりと腕の中に覆われていた。
「ちょっ、ちょっとっ、お兄さ──」
「ごめんね。でももう少しだけ、こうしていたいんだ」
「~~~っ!!????!」
耳元で囁かれて、ヒナタはくたっと脱力してしまう。
──あったかい。安心する。溶けちゃいそう。
──あ、おにーさんの家の匂い……。
ろくに抵抗もできず骨抜きにされ、そのうち脳みその方もとろけてくる。
屋台の店員さんは目を見張って顔を真っ赤にしていたが、自分の頬はそれ以上に色づいていることだろう。
もう何秒たったかも分からない。
知らない。
分かるか、ばーか。
昔みたいなやさぐれヒナタがひょっこり顔を出した頃になって、彼はゆっくりと離れた。
「ふう、危なかったな」
「〜〜〜〜っ! 〜〜〜っっっ!!!」
──こっちのが危ないですよっ! ど、どういうつもりで……っ!!
緩んだ■きな人の腕の中から身を捩って逃げ出す。
ヒナタはうるさくてしかたない鼓動を鎮めようと、胸をぎゅうっと両手で押さえつける。
(わ、わたしは……、ちがうぅ……っ)
込み上げてくる“それ”を留めようと苦心していたのに、
「──っ、もう戻ってきた!?」
「へ?」
「こっち!」
焦りの声とともに、彼はヒナタの手を取って駆け出した。
──今度はなに!? なんなの!?
もはや前後不覚に
その看板を、見てしまう。
どギツいピンクの文字で、なんとなくお洒落な名前が付けられた、ホテルの看板を。
「!!??!?!? こ、ここ、ラ、ラブ……っ!?」
「………? ヒナタちゃん、どうし──」
「おにいさんのばかあああああああああっ!!」
「なんでっ!?」
ヒナタは全力で”ホテル”から逃げ出した。
♦︎♢♦︎♢♦︎
「………………なんで?」
その場に取り残されたイブキは、ヒナタが見ていた看板に目を向ける。
そして気づいた。
「いぃ───っ!? ここ……っ!」
引き攣った声をあげると、遠ざかりつつあるヒナタの背を追いかけ、慌ててビルを飛び出す。
そして、
「待ってっ、ヒナタちゃん! これは誤解で──」
「へエ、ソウナノ」
「────」
誰から逃れようとしていたのか、それを思い出すことになる。
ぎぎぎ、と油を差し忘れた機械のようにぎこちなく、頭上を見上げた。
(わあ、あんな綺麗な笑顔マンガでも見たことなぁ~い)
片翼の天使が微笑んだので、イブキもにっこりしてみた。
「コロス」
「────」
イブキは全速力で逃げ出した。
フルボッコだドン!