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第15話 なっとるやろがい

 ここ、桜邑(おうら)ショピングモールは、上空から俯瞰すると落花生のような形をしている。


 五階建ての複合型商業施設だが、中央部は吹き抜け構造で、吹き抜け部分にはエスカレーターが行き交っている。

 ブティックやらフードコートやらは各階の壁側に並んでいた。


 本日、ショッピングで訪れたのはA棟。

 落花生で言うなら下側の大きい方の棟だ。


 こちらは大きい分、吹き抜けのスペースも広いので、一階の真ん中は広場のようになっている。

 一際目立つニュースなどが流れる巨大スクリーンの前には、休憩用のテーブルもあった。


 そのうち一つを確保した所で、俺は言った。


「ヒナタちゃん、先に選んでおいでよ。──俺と雨剣(うつるぎ)さんはここで待ってるからさ」

「は?」


 間髪入れずにルイがドスの効いた疑問符を発してくるが、笑顔で受け流す。

 ヒナタちゃんは逡巡するように俺とルイを見比べた後、


「そう、ですね。わかりました」


 控えめに頷いた。それを受けて焦るのはルイだ。


「え、待ってヒナ。ワタシも一緒に──」


 ヒナタちゃんがこちらを見ていないのを確認して。

 俺はルイだけに見えるよう、なんかよく分かんないけど悪そうな笑いを浮かべてみる。


「───ッ」


 視界の端でそれを捉えたルイの変化は劇的だった。

 一度、目を見張り、


「……くっ、そうね。い、いってらっしゃい、ヒナ」


 悔しそうにヒナタちゃんから顔を背けた。


「? うん、わかったよ。……二人とも、仲良くね?」


 薄々、俺とルイの仲が良好とは言いがたいことを察しているようだ。

 ヒナタちゃんはそう言い残して歩いて行った。


「…………」

「…………」


 パーカーのフードを被ったまま黙りこくるルイと、俺との間に沈黙が横たわる。


 こうなると予想はできていた。

 それでも俺はルイを呼び止めた。

 言わば、これは先制攻撃だ。


 ルイだって今朝会ってから今まで、ただ買い物を楽しんでいたわけじゃないはずだ。

 微妙に俺を泳がせていたり、確実に何かを狙いがあったはず。


 その正体はわからないまでも、敵には容赦のないこの子のことだから、くらえば致命傷になる可能性は高い。


 ならば、その狙いが成る前にこちらから攻撃を仕掛ける。

 俺の正体をヒナタちゃんにバラされないために。


 あわよくば、ヒナタちゃんと仲の良い俺に手を出せないように持っていければ最高だ。


「さて」

「……っ」


 重々しく口を開いた俺に、ルイが表情を硬くする。


「まあ、そう身構えないでよ」

「そんな胡散臭い薄ら笑いを浮かべて、どの口が……っ」


 ……あっれー?

 今は落ち着いてもらうために、なるべく柔らかく微笑んだつもりだったんだけど……。


 いやまあ、元々の俺に対する心証が最悪だろうし、今更気にするだけ無駄か。

 しかし、心証は最悪でも、現状はどうにかしなくてはならない。


 ヒナタちゃんや【循守の白天秤(プリム・リーブラ)】に俺の正体をバラされると、それはもう困るなんてものじゃ済まないのだ。


 どうにかしてルイが俺の正体を他者に明かさないように仕向けることが必要だ。


 一番の理想は『ヒナタちゃんの敵ではない』と説得すること。

 が、もはやこれは不可能である。


「それで? ヒナを盾にワタシを脅すつもり? このクズが」


 ほらね……。

 自業自得感は否めないが、悪ぶった言動がなくても信用されなかっただろう。

 俺がヒナタちゃんに危害を加えない証拠なんてないのだから。


 ──だから発想を変えてみることにした。


 信用を得ずに、けれど手出しできないと思わせればいいのだ。

 悪いとは思うが、ヒナタちゃんとの関係を抑止力にさせてもらう。

 ヒナタちゃんとの関係を壊さずにルイを押さえ込むにはこの策しかない。


 そうして、この場を凌ぐ。

 その関係を長引かせれば長引かせるほど良い。


 いつか弁明をする際、「ほら、今まで危害を加えてないだろう? これからも君たちに危害は加えないよ」という説得に信憑性が増すからだ。


 だから俺は、


「脅すなんて人聞きの悪い。ちょっと頼みごとがあるだけさ」


 自分にできるだけの、柔らかい笑みを浮かべてみせた。




 ♦︎♢♦︎♢♦︎




 ──少しくらいは信用できる余地があるのではないか。


 そんな風に思っていた自分が馬鹿だったと、ルイは思い知っていた。


 そもそもルイはイブキがどんな人間なのかを知っている(・・・・・)

 いや、今となっては知っていたと言う方が適切だが。


 知っていたのも当然、幼少の頃からヒナタが彼についてよく話すからだった。


 ルイは親友としてヒナタをよく知っている。

 そのルイからしてみても、ヒナタは真っ直ぐな性格で天然なところがある。

 けれど、決して頭が悪いわけじゃない。


 それまでの生い立ち(・・・・・・・・・)もあって、人を見る目に関しては優れていると言っていいだろう。


 そのヒナタがイブキを、まるで少女漫画のヒーローのように語るのだ。

 そんな相手が本当に悪人なのだろうか、という気持ちが心の奥にあった。

 この場合、信じたかったのはイブキではなくヒナタの人を見る目であるが。


 だからこそ、本当に信用できるのかどうかを試すために、今日はイブキを泳がせていたのだ。


 ──しかし。


「脅すなんて人聞きの悪い。ちょっと頼みごとがあるだけさ」


 眼前の外道は、ひどく胡散臭い笑顔を浮かべた。

 その計算高げな薄ら笑いに、ルイは自身の懸念が的中していたことを確信する。


 ──このクズ、初めからヒナを利用するつもりでいたわけね……ッ。


 小さい頃からヒナタは【循守の白天秤(プリム・リーブラ)】に入りたいと公言していた。

 それをこの男が知らないわけがない。


「なに、簡単な頼みだよ。俺の正体を口外しないで欲しいだけさ」


 ヒナタが強力な天稟(ルクス)を授かってからは、彼女の夢は実現性の高いものとしてこの男の目にも映っていたはずだ。

 自身の正体を隠し、裏からそれを利用するのが狙いだったというならば、もはや見逃す余地ない。


「断るわ」

「困ったな。でも、君が仮にバラしたとして証拠はあるの? 果たしてそれでヒナタちゃんは君の言うことを信用するかな?」

「……チッ」


 ……悔しいが、目の前の外道の言う通りでもある。


 何の証拠もなしにヒナタにイブキの本性を伝えたとて、長年の信頼関係が簡単に崩れるとは思いがたい。

 それだけの関係を、この男は何年も前から構築していたのだ。


 なんという、布石。

 業腹極まりないが、その手腕と忍耐強さは認めざるを得ない。

 現状、自分にはこの男の謀略を破ることができない、ということも。


「…………」

「分かってくれたようだね。別に君達をどうこうしようなんて、俺も思ってないんだ」

「黙りなさい、ヒナに抱きついた変質者がっ」

「うぐっ」


 こちらの罵倒に胸を押さえるイブキ。

 あたかも心を痛めています、というような仕草でおちょくられ、また怒りが(つの)った。


 今や外道男の言葉は、ルイにとってゴミ虫以下の価値もない。


 自分たちをどうこうする気はない、と言うが、それには「現時点では」という修飾が抜けている。

 というより、意図的に覆い隠しているのだろう。


 これでも自分達は【循守の白天秤(プリム・リーブラ)】の次世代トップだ。

 これからの(・・・・・)利用価値なんていくらでもある。


 それをコイツの思うがままにはさせられない。

 なによりヒナタがこのクズに騙されたままでいいはずがない。


「……いいわ。アナタが大人しくしている間は黙っていてあげる」

「……! たすか──」

「──けれど」


 何か言いかけた相手を遮って、ルイは宣戦布告する。


「アナタが次に〈乖離(カイリ)〉になった時は地の底まで追いかけて、あの忌々しいフードを剥ぎ取ってヒナに突き出してやるわ」





 ♦︎♢♦︎♢♦︎





 ルイの戦意を真正面から叩きつけられた俺は、ニッコリ笑った。


 ──そうはならんやろ。




 ( ◜ᴗ◝)

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