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第14話 地雷原”と”タップダンス


 俺の脅迫(おねがい)を聞いて、ルイは動きを止めた。


「…………っ!」


 申し訳ないが、ヒナタちゃんには人質になってもらう。

 そうすればルイは絶対に動けない。


「む~! んー!」


 ヒナタちゃんはルイの胸元に掻き抱かれていた。

 小柄なヒナタちゃんと長身のルイなので、抱かれた方は顔を抑えつけられ、周りに注意を払う余裕なんてなさそうだ。


 瞬時にそれを確認した俺は、ヒナタちゃんには聞こえない声量で続けた。


「わかるだろ? 俺はヒナタと仲が良いんだ。真実を知ったら、彼女はどう感じるかなぁ?」


 自分史上最高に悪そうに見える薄ら笑いを浮かべる。


「~~~~っ、この……っ!」


 肩越しに敵を睨みつけるルイは悔しそうに歯噛みした。

 優しいヒナタちゃんがショックを受けることは容易に想像できる。


 一時の感情で俺を断罪する代償を悟ったのだろう。


「ね? 今は大人しくしておくのがお互いの(・・・・)ためじゃない? 友達想いの雨剣(うつるぎ)隊員?」

「くぅ……っ、下衆が……っ!」


 毒づきながらも、この場で俺の正体を明かすデメリットに(わずら)わされているのが見て取れる。

 腕の力が緩んだのか、ヒナタちゃんが拘束から抜け出した。


「もうっ、ルイちゃん! いきなり何なのっ?」

「…………ご、ごめんなさい。この男が不審者かと思って、つい……」


 一瞬の逡巡の後、言い訳する彼女の頬には引き攣った笑いが張り付いていた。

 ヒナタちゃんが離れた段階でルイの横に並んでいた俺も似たような笑みを浮かべる。


「もう解決したから大丈夫だよ、ヒナタちゃん」


 ヒナタちゃん、と呼んだ途端、横からの殺意が膨れ上がる。

 馴れ馴れしく呼ぶな犯罪者っ、という内心が聞こえてきそうである。


「そ、そうですか……?」


 ヒナタちゃんはやや困惑を残したまま。

 その目が俺たちの、肩が触れそうな距離へと向けられる。

 察した俺とルイが、弾かれたように同時に離れた。


「……。とりあえず、自己紹介からしますか?」

「そうだね」

「そうね」


 二人揃って同じような返事をしてしまい、ルイが俺のことを睨みつけてくる。


ヒナ(・・)唯一無二の親友(・・・・・・・)、雨剣ルイよ」


 特定の箇所を当てつけるような物言いをしてくるルイ。


 ……ほう。まあ? ルイだって推しなわけだし? 別に対抗心とか湧かないですけど?


ヒナタちゃん(・・・・・・)兄代わり(・・・・)の指宿イブキだよ」


 俺だって相当なオタクだし、なんならこれからのヒナタちゃんも多少知ってるし? 負けないが?


 こちらの対抗意識を感じ取ったルイの微笑みの美しさが増した。


「「よろしく」」

「ははは」

「ふふふ」


 ほの暗い笑顔を浮かべ合う。

 ヒナタちゃんが不安そうにこちらを見ていた。


「あの……ひょっとして、もう仲悪いんですか?」

「「すっごく良い」」


 俺とルイが笑顔のまま声を重ねた。




 ♦︎♢♦︎♢♦︎




「──ヒナ、これなんかどう?」


 ドヤァと音が聞こえてきそうなほど自信満々に、ルイは腕に抱えたものを見せびらかした。


 そこにあるのは彼女がヒナタちゃんのために見繕ってきた服。

 だぼっとしたブルゾンにデニムスカートというボーイッシュな組み合わせだった。

 キャップとスニーカーまでしっかり一セット持ってきているところに気合いを感じる。


「んー。ルイちゃんには似合うけど、わたしに似合うかなぁ」

「ヒナに似合わない服とか存在しないわ。あったとしても、似合わない服の方が悪いに決まっているでしょう?」

「ルイちゃんって、めちゃくちゃ言うよね……」


 天上天下ヒナタ独尊……。

 繰り返すが、最推しはヒナタちゃんだがルイも推しの一人である。


 自己紹介では対抗意識から刺々しい態度を取ってしまった(オタクは沸点が低い)が、冷静になれば推し二人の間に割り込むとかありえない。


 目の前には仲良く服選びを楽しむ推し二人。なにこの幸せ空間。

 オタクはただ壁の花と化して彼女たちの尊みを噛み締めるばかりである。


「──お兄さんはどう思いますか?」


 噛み締めるばかりになりたかった。

 はにかむヒナタちゃんの上目遣いに心臓を撃ち抜かれる。


「────ッ」


 その背後に佇むルイの殺意の波動に心臓を射抜かれる。


(似合わない訳がないわよね? 下手な事を口走ったらこの場でシマツシテヤル)


 ……聞こえる聞こえる。無言の脅迫がはっきり聞こえる。


 ──だが安心しろ。俺も、同意見だッ!


「すっごく似合うと思う。ヒナタちゃんは可愛いし小柄だからボーイッシュな服装は新鮮味とギャップがあってめちゃくちゃ良い」

「そ、そうですか? ……えへへ、ちょっと着てみようかな」


 俺の早口褒め言葉を聞いて照れ臭そうにする推し(ヒナタ)と、その後ろでご満悦そうに頷く推し(ルイ)

 後者はカゴの中に自分のコーディネートをキープして、すぐさま他の組み合わせを探しに行く。


『ヒナに何かしたら地獄送りだから』


 俺の横を通り過ぎる際に、小声でしっかりと釘を刺しながら。

 ……ちなみに本日のショッピング中だけで五回目の釘である。

 このままじゃ藁人形みたいになっちゃう……。


 だが逆に言えば、釘を刺すだけで済んでいるのだ。

 敵に対する容赦のないルイらしからぬ行動である。

 果たして、どういう思惑があるのか……。


「「ふう……」」


 残された俺とヒナタちゃんの吐息が重なった。

 ふいと顔を見合わせると、どちらともなく吹き出す。


「ふふっ……ちょっと、はしゃぎすぎちゃいましたね」

「もうすぐお昼だし、そろそろ一階で休もっか」

「ですね」


 いつの間にか、最近ヒナタちゃんと顔を合わせるたびに湧き上がってきていた、浮き足立つような心地はなくなっていた。


 というより、昔のように落ち着いてヒナタちゃんと接せるようになったと言うべきか。

 小学校の頃から今の面影はあったけれど、昔は本当の兄妹のように接していたのだ。


「…………」


 ふと、ヒナタちゃんの目が一所に留まる。

 それはわずかな間だったが、その視線は確かにショーウィンドウへと向いていた。


 視線の先には、一体のトルソーが立っていた。

 それはピンクのカーディガンと柔らかな黄色のフレアスカートを合わせた春らしいコーディネートを纏っている。

 天真爛漫な印象を受ける可愛らしい合わせだ。


 ふっと、微笑ましい気持ちが湧き上がった。


「──あ、店員さん。あれと同じ服ってどこにありますか?」

「お、お兄さんっ!?」


 突然店員さんに話しかける俺に驚くヒナタちゃん。

 ついでに男から話しかけられてぎょっとしている店員さん。

 店員(あなた)は慣れろ。


「わ、わたしは着たいなんて言ってませんよっ?」


 店員さんが探しに行っている間、ヒナタちゃんは俺に抗議する。

 その様子が、ちょっとだけ微笑ましい。


「ヒナタちゃんは昔と同じで意地っ張りだね」

「……お兄さんは、相変わらず強引です」


 ぷいっとそっぽを向く妹分は、推しとか関係なく可愛らしかった。


「そういえば」


 ふと頭をよぎる、今日のヒナタちゃんの服選びの様子。最後のは別にしても……。


「今日はずっと大人っぽいものばかり選んでたね」

「き、気付いて……」

「さっき気付いたばかりだけど。もしかして、大人っぽく見られたかったとか?」

「うぇあっ!?」

「あ、図星だ」

「や、その……~~~っ」


 徐々に耳まで真っ赤に染め上げていくヒナタちゃん。


「まあ、気持ちはわかるよ。だって──」


 ちょっと意地悪しすぎたかな、とフォローに動く。


 内心を言い当てられることを察した彼女がきゅうっと目を瞑った。


「──だって、待ちに待った高校生になったんだもんね!」


「…………はえ?」


 ぽかんとして妹分が俺を見上げる。


「でも大丈夫! 養成学校(スクール)で頑張ってきたヒナタちゃんなら、どんな格好でも天使……て、天才的に可愛いから!」

「…………」

「あれ? ヒナタちゃん?」


 彼女は複雑そうな表情でため息をついた。


「まあ、根本が間違っているという致命的事実を除けば、嬉しかったので許します」

「え、ありがとう……?」

「ふん、です。試着してきますから待っていてください」


 そう言い残してすたすたと歩いて行ってしまう。

 残されたのは困惑する俺独り。


 ──その場に、寒気がするほどの重圧が掛かった。


 ぎぎぎ、と首だけで後ろを見れば、


「ナニカ、下手な事を口走ったわね……?」


 それはそれは魅惑的な笑顔を浮かべる残酷な天使がいた。


 ──さようなら、全ての指宿イブキ。



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