第13話 ホリブル・ガール・シャンブルズ
「それで、今日買いたいのは私服ってことだったけど」
俺は今日のお出かけの理由に触れる。
ヒナタちゃんはこくりと恥ずかしそうに頷いた。
「はい。つい数週間前まで
「そう言う割には……」
ヒナタちゃんの服装に目を落とす。
今日の彼女は、桜色のリボンが垂れる白いブラウスに、若葉色のロングスカートを合わせた春らしい服装だった。
うちの推しは何を着ていようが最尊だが、今日は一段と尊い。
しかし、見覚えのあるその服装は……。
「ひょっとしてクシナの?」
ヒナタちゃんは、えへへと嬉しそうにはにかんだ。
「そうなんです」
「でも、それなら尚更クシナも来られる日の方がよかったんじゃ……」
そういえば、ヒナタちゃんと二人で出かけるって何気に初めてでは……?
昔からクシナも含めて三人でどこかに行ったりはしていたが、こうして改まって二人きりでお出かけする機会はなかったはずである。
……あ、ダメだヤバい『二人きり』とか思った瞬間急に緊張してきた。
今更な気付きを受け、急に挙動不審になる俺。
そんな不審者の横で天使が寂しそうに言う。
「わたしと二人は嫌ですか……?」
「いやいやいやいやいやいや、女の子の服を選んだことなんてないから心配で……っ!」
「それなら問題ないですよ。お兄さんが良いと思った服を教えて欲しいだけですから」
うっ、真っ直ぐに笑う推しが尊い……。
いや、身の回りに男がいないから貴重な男の意見枠ってことなんだろうけど、そんなにこにこしながら言われたらお兄さん勘違いしちゃう……!
まあ、推しはあくまで推しであって恋愛感情とかにはならないんですけどね(真顔)。
「がんばります」
「はい、がんばってください」
ヒナタちゃんのためなら服選びに人生を捧げても良い。
──と、いつもの俺なら言ったのだろうが、今日の俺は一味違う。
なぜならヒナタちゃんの服選びと並んで、もう一つの重大な目的があったからだ。
それは、先日の
言うまでもなく、俺にとって一番の推しはヒナタちゃんだ。
けれど『わたゆめ』キャラは基本的に箱推しなのでルイも推しの一人である。
作画担当の人が書き分けの上手な人だったので、ルイの容姿を見る度に「綺麗なキャラだなぁ」とため息を吐いていたものだが──本物は格が違った。
普通、画面を通した二次元の方が人は美人に見えるものだが、彼女に関しては例外と言わざるを得ない。
二次元を超える美人っているんだぁというのが、一介のオタクの素直な感想である。
その美しい容姿に匹敵するほど俺に衝撃を与えたのが彼女の交友関係。
つまりルイとヒナタちゃんの関係性だ。
あの時、ルイははっきりと『ワタシのヒナを辱めたゴミクズ』と俺を罵った。
彼女の怒りの原因には思い当たる節しかないが、思い当たらないのは彼女がヒナタちゃんを『ヒナ』と呼ぶ理由。
原作では、ヒナタちゃんが彼女と仲良くなるのは今よりももう少し後のことだ。
二人は
ここらへんは序盤でも印象深いイベントだったので、記憶違いはないだろう。
だというのに、ルイは現時点でヒナタちゃんを『ヒナ』と呼んでいる。
この件に関して俺は全く心当たりがない。ホントに。
そもそも
となると、俺以外の不確定要素がある、または
ふっふっふっ、オタクの灰色の脳細胞を舐めるなよ。
名探偵こと俺は、その真相を探るべく今日のヒナタちゃんとのお買い物に臨んでいるのだ……!
──と、調子に乗ったオタクの隣から、
「あっ、そうだ。お兄さんに伝えなきゃいけないことがあって……」
ヒナタちゃんが申し訳なさげな表情で、こちらを見上げる。
……下がり眉ズルくなーい? めっちゃかわいいんですけど。
そんな可愛い顔されるとお兄さん何でも許しちゃう。
「今朝、友達に服を買いに行くって話したら、どうしても来たいって言い始めちゃって」
「うんうん…………ん?」
……ふぅーん?
まあ、ヒナタちゃん友達多いしね? ……俺と違って。
「急な話で本当に申し訳ないんですけど、三人で回っても大丈夫ですか?」
「元々、クシナも呼ぶつもりだったみたいだし、俺は構わないんだけど……」
……別に「あ、デートじゃないですよね」とかガッカリしてるワケじゃないですよ?
それより……。
「えぇーっと、ヒナタちゃん? その子って、どういう……」
「──ヒナ」
歩いていた俺たちの後方から透き通った声が響いた。
俺が身体を
「へ? ──わぷっ」
声の主が、きょとんとするヒナタちゃんに──抱きついた。
俺とヒナタちゃんが別々の理由で動けない中、その人物だけが好き勝手に振る舞う。
「はあぁ、隊服じゃないヒナもかわいい。本当に天使。結婚しましょう?」
腕の中のヒナタちゃんをぎゅうっと抱き締めながら、欲望を垂れ流す。
白灰色のパーカーのフードを深く被っているため、俺の位置からはその顔が見えない。
しかし、その格好と言動の全てが不審者極まりない
具体的には怨嗟に満ちた声とか、最近たくさん聞いた気がする。
……いやいやいや、似た声の人とか沢山いるし気のせい気のせい。ほら、フード被ってるし(?)。ヒナタちゃんに対して「かわいい」とか「天使」とか言って崇めてるヤバい奴とか不審者以外の何者でもないでしょ、俺を筆頭に。はやく捕まえなー?
「あはは、外ではやめようねって言ってるのになぁ……」
しかし、捕まえる立場のヒナタちゃんは不審人物に抱きつかれているというのに、しょうがないなあというような苦笑を浮かべていた。
そして、まだ現実逃避している俺にとどめを刺す。
「ほら、一回離れよ? ──ルイちゃん」
あああああ、やっぱりルイだああああああああああああっ!?
今日の計画とか俺の人生とか終わったああああああああっ!!
「ん~、まだもうちょっと……」
「………ッ!」
──いやまだだ! まだ終わってない!
ぐりぐりとヒナタちゃんに頬擦りするルイの眼中にどうやら俺は微塵もない。
今のうちに何とか……。
「ほら、この人が前から話してる『お兄さん』だよ?」
「!?」
ああああああ待って待って推しに息の根を止められるぅっ!
それは幸せだけど今はちょっと待ってえええええ!!
親友の肩を揺するヒナタちゃんに、心の中で首をもげるほど振るが、虚しくも祈りは届かない。
「ルイちゃんだって会ってみたいって言ってたでしょ?」
「言ってない。会っても構わないって言っただけ」
構う! めっちゃ構う!
「もうっ、ほら」
「……しょうがないわね」
未練を隠す気もなく、緩慢に顔をあげるルイ。
そっと、伺うように向けられた目が、
「────あ?」
人を殺せる目つきに変わった。
ルイは素早く、俺からヒナタちゃんを隠すように抱きしめ直す。
「え? え? ルイちゃん?」
困惑する天使をおいて、彼女は辺りに視線を走らせる。
普段の長剣に代わる武器を探しているのだと気づいた瞬間、
「────」
俺はルイとの距離を詰める。
急迫する俺に対して容赦無く放たれた肘打ちを《分離》。
片手でそれを押さえつけたまま、彼女の耳に口を寄せ、囁く。
「静かにした方がいい」
こうなったら、やってやろうじゃないか。
「その子を、傷つけたくないだろう?」
──徹底的な悪役をなぁ……!