第12話 ナンパから救ってみた
あの後、戻ってきたユイカさんとミオンさんも合わせて四人で意見を交わした。
結果から言えば、『驚きはしたものの、問題はないだろう』とのこと。
あの場にいたのは俺とルイの二人だけであり、彼女にしか顔が割れていないからだ。
防犯カメラなどに写っていれば今頃とっくに指名手配が回っているはず。
それがないということは見えない場所だったのだろうと結論づけられた。
同時に、紙一重で運が良かっただけだと叱責もされた。主にクシナに。
ともかく、今回はギリギリセーフ。
問題といえば、長時間の正座により俺の膝が痛いことくらいだった。
───が、三人には話せていない根本的な大問題が残っている。
それは、俺とルイの現実での距離が実は近いことだ。
ヒナタちゃんという共通点があり、下手に気を抜けば顔を合わせる危険だってある。
こればかりは誰かに相談できない。
なぜ知っているのかという話になるのは分かりきっている。
遭遇しないよう、俺自身が細心の注意を払うしかないのだ。
「はあ、不安だ……いや、自分のせいだけど」
やや伏目がちに周囲を窺う。
雑踏を行き交う人々。ランドマークである像の前で待ちぼうける人々。ベンチに座ってスマホを弄っている人々。
どこを見ても人、人、人。
──東京屈指の繁華街である
繁華街というだけあって、その駅にはいくつもの出入り口がある。
この出入り口ごとに駅前広場があり、別に明言されているわけでもなかったが、それらは自然と用途によって使い分けられるようになっていた。
暗黙の了解というやつである。
そうした駅前広場の中で、この『女神像前広場』は若者の待ち合わせによく使われていた。
主な理由としては、遊び場が近いから。
他にも【
特に、最近の若者は彼女に憧れていることもあって、なんとなくここが選ばれがちだった。
で、なぜそんなところに俺がいるかと言うと。
──ずばり、ヒナタちゃんから買い物にお誘いいただいたからである……!
すごくない? 推しから買い物に誘われる世界。
正確には誘われたのは俺だけじゃなく、クシナもだったが。
しかし彼女は「そういえばその辺りは用事が入りまくってたわね」と何故かにっこり笑って断ったので、俺とヒナタちゃんでのショッピングとなった経緯がある。
内心ウッキウキではあるのだが、こう人が多いと本当に落ち着かない。
直近でルイのこともあるので──こんなところで会うわけないから気にするだけ無駄なのだが──自然と顔を伏せてしまう。
と、そんな俺の目の前に人影が立った。
「ねえねえお兄さん、ひょっとして今一人かしらぁ?」
「私たちと遊びに行かな~い?」
視線を上げた先に立っていたのは見知らぬ二人の女性だった。
年齢はいくつか上だろうか。
俺はなるべく人当たりの良さそうな笑顔を浮かべる。
「ごめんなさい。いまは人を待っているので……」
「それって女~?」
「そうなんですよー」
「え~、君を待たせるような女、ほっとこうよ~」
男女の力関係が崩壊したこの世界において、基本的に女性は男性を「使えない奴ら」と認識している。
それは「
ゆえに、この世界の女性は総じて気位が高い傾向にあった。
実際、現代の社会構造的に商工業の発展に貢献しているのは女性の
今の時代、あまねく女性は男性にとって文字通り高嶺の花なのだ。
──ひと握りの男性を除いて。
そう、
「使えない奴ら」から「対等の異性」として格上げされるのである。
世知辛い世の中です……。
その点、俺は特段何かに秀でているわけではない。
ないのだが、
ちなみにクシナが横にいる時はそういうのは絶無である。
あの子は幼馴染の俺ですら信じがたい美人だから気持ちはわかる。
俺たちが普段から一緒にいる理由の一つでもあった。
それにしても……おかしいな。
今日は一人になるって分かってたから、あらかじめ対策してきたんだけど……。
と、あまり強く跳ね除けることもできずに困っていた、その時。
「──すみません」
天使の声音が響いた。
「なに? いま私らが……」
横槍を入れられ不機嫌そうに振り向いた女性たちが言葉に詰まらせる。
それはそうだろう。
顔を向けた先にはこの世で最も尊い生物(当社比)がいるのだから。
「彼の待ち人は、わたしなんです」
お姉さんたちが美人でないわけではないのだが、ヒナタちゃんはちょっとレベルが違う。
クシナが『美しさ』の極地だとしたら、ヒナタちゃんは『可愛さ』の極地と言えるだろう。
カフェラテを溶かし込んだような茶髪に、
にこにことはにかむウチの推しマジ天使。
「……行こ」
「……そだね」
可愛らしさの暴力に滅多打ちにされ、二人はすごすごと去っていった。
………これ冷静に考えたら普通逆では? 俺がヒナタちゃんを助ける場面では?
「おまたせしちゃってごめんなさい、お兄さん」
釈然としないが、それを成したヒナタちゃんは満面の笑みを浮かべた。
俺も素直に笑いかける。
「ううん、さっき来たばかりだよ」
「……えへへ、こういうの、憧れてたんです」
「────」
かっこいい上にかわいいとか天使ですか? 天使でした。
「お兄さん?」
「気にしないで。俗世における天使の実在を知って歓喜の念を禁じ得なかっただけだから」
「? はあ……」
俺(18)の訳のわからない供述に首を傾げていたヒナタちゃんだったが、ふと頬を膨らませた。
あっ、可愛────、
「でも、お兄さんもちょっとは気をつけなきゃダメですよ?」
「……え、俺?」
「そうです」
ちょっと考えてから、ああ、と思い当たる。
それからヒナタちゃんに左手の甲を見せつけた。
「いや、ほら、見てよヒナタちゃん。手の甲はテーピングして隠してきたんだよ。なのに、なんでかバレちゃって……」
この世界の常識として、
人によって形はそれぞれだが、紋様があればそれだけで
だからこそ、一人になることがあるだろう今日は隠してきたのに……。
「そ、そうじゃなくて……」
「ん?」
「いや、それもなんですけど、マスクとか、えぇっと……」
ヒナタちゃんの歯切れが急に悪くなる。
その様子から察するに、彼女もどうしてバレたのか分からないのだろう。
なにせ当人である俺が見当もつかないのだからね……!
「……まったく、もう」
うっすらと頬が色づき始めた彼女はぷいと横を向いた。
「クシナちゃんはお兄さんを甘やかしすぎです」
「アマヤカシスギ……? 新種の植物……?」
昔はさておき、今のクシナのどこに甘やかし要素があるのかまるで不明です。
そもそも、なぜ俺が甘やかされているだなどという話に……?
「知りません! ほら、行きますよ」
「ん、そうだね」
頷いて、俺はショッピングモールへの目抜き通りを歩き始めたヒナタちゃんの横に並んだ。
ナンパから救ってみた(ヒロイン視点)