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俺が耳を隠す訳

本編156話『モテる男は辛いのだ』の後頃のお話です。

「ヴァンちゃんて、いつも頭に何か被っているよね。帽子とかが好きなの?」


 シン様が俺の頭をまじまじと見て質問してくる。


「俺は耳を触られるのが大嫌い。だから、いつも被る」


「ああ、成程。あれ? でも、僕は散々触って……。ごめんね、今度から気を付けるからね」


「シン様は平気。絶対に痛くしないって知っている」

「そっかぁ。はぁ、良かった……。知らず知らずに嫌な事をしていたのかと思ったよ」


 首を横に振ると安心した様に優しく頭を撫でてくれた。でも、やはりカハルちゃんのナデナデが一番だ。耳を撫でて貰いたいと思った初めての人である。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 耳を触られるのが嫌いになった発端は、働き始めて間もない十一歳の時の事だ。


「お疲れ。休憩に入っていいよ」

「はーい。ヴァンちゃん、行こう」

「うむ」


 お店の裏に積んである樽の上に座り、村のおばちゃん達がおやつにと持たせてくれた芋干しをモグモグと食べる。


「うまい」

「村のが一番おいしいよね」


 大事に食べていると、ご店主の息子さんがお茶を持って来てくれた。


「これ、飲んで。蜂蜜が入っていておいしいよ」

「わぁ、ありがとうございます」

「ありがとうございます」


 立ち去らないので不思議に思っていると、モジモジしながら俺達を見る。


「あの、僕と遊んで貰えませんか? 同い年だって聞いて……」


 ああ、一緒に遊びたかったのか。


「いいですよ。何をして遊びますか?」

「えーと、ボール遊び――」

「あーっ、ここに居た! 誘いに来てやったから一緒に遊ぼうぜ」

「えっ」


 明らかに戸惑って嫌そうなのに、新たにやって来た少年達はニヤニヤとしている。こいつらいじめっ子か。


「この子は俺達と遊ぶ約束」

「じゃあ、俺達も混ぜろよ。なっ、いいだろ。良いに決まっているよな」


 断っても気にすることなく、息子さんの肩を抱く。


「止める。嫌がっている」


「はぁー? 初めて会ったお前なんかより、俺達の方が詳しいんだから口を挟むなよ。一緒に遊びたいよな? お前は俺達以外に友達が居ないもんな」


 いじめっ子全員が「ぎゃははは」と耳障りな声で笑う。こいつらは唇を噛み締めて下を向いている子の気持ちなんて考えた事もないのだろう。


「とにかく、僕達が来ている間は、僕達と遊ぶ約束になっているんです。お帰り下さい」


「はぁっ⁉ ふざけんなっ」


 リーダーらしき奴がニコの胸倉を掴もうとするが、ひょいっと避けている。そんな大振りの腕に捕まるものか。だが、これで正当防衛が成り立つ。側に立っていた残りの仲間を次々と気絶させる。あと二人だな。


「くっそ! ――おい、これでも抵抗するのか?」


 ニヤニヤしながら余裕さを取り戻した奴を見ると、ナイフを取り出して息子さんの首筋に突きつけている。


 その年で簡単にナイフに手を出すとは……。訓練を積んでいない者が扱えるような物ではないのだ。未熟さは他人と自身をも傷付ける。


「下ろせ。傷付けてからでは遅い」

「生意気な口を利きやがって。動くと許さないからな!」


 真っ青な顔でガタガタ震えている息子さんを早く助けなければ。ニコに口パクで「大人」と伝えると微かに頷き走り去って行く。


「ぎゃはは、逃げてやんの。お前、偉そうにしているくせに置いてかれてるじゃん。だっせー」


 何とでも言え。武器を使うか? ――いや、あいつの手元が狂う可能性が高いな。この場を収められる人物が来るまで何とか引き延ばすか。


「先程も言ったが傷付けてからでは遅い。今なら、まだ許される。ナイフを下ろせ」


「へっ、うるせえよ。お前みたいな奴にはお仕置きが必要だな。おい、お前が動いたらこいつがどうなるか分からないぞ」


 より強くナイフが首筋に当てられ皮膚が凹む。まずいな……。ニコが連れて来てくれるまであと少しの筈なのに。


 そろそろ息子さんの精神が持たない。気絶したら、あいつでは支えきれずに最悪の事態が訪れるかもしれない……。諦めて動きを止める。


「おい、ナイフを突きつけるのを替わってくれ。しっかり捕まえておけよ」


 もう一人の奴と交替して俺の前にやってくる。殴る気なのだろうか? そうだとしても屈する気は更々ないが。


「やっと理解したみたいだな。なぁっ!」


 両耳をわし掴まれた。


「――っ!」

「まだまだ、気が済まねぇな!」


 グイグイと引っ張られて、激痛で目の前が真っ白になる。だが、こいつを喜ばせる悲鳴だけは上げまい。必死で歯を喰いしばって耐える。


「や、止めて……お願い!」

「お前は黙ってろよ。切られたいのか」

「ひっ!」


 顔を向けたいが、それも叶わない。俺は大丈夫だと心の中で言う。あの子に少しは伝わるだろうか?


 飽きもせず、引っこ抜く気なのかと思うほど引っ張られる。まずいな……意識が遠のきそうだ。ニコ……。


「――ヴァンちゃん!」


 ニコの声と共に人が倒れる音が立て続けに聞こえた。何とか視線を上げると魔法使いの人が居た。そういえば、お店で働いていたな。水の縄で拘束された奴らが連れて行かれる。


「……あの子は……無事か?」

「うんっ、無事だよ! ヴァンちゃん、すぐにお医者さんに連れて行くからね」


 その声に応えようとしたが意識は闇に閉ざされた。



 目覚めると自室だった。酷く耳が痛む。そっと触れてみると痛みで体が跳ねた。これは治るのだろうか?


「――あ、起きた! ヴァンちゃん、お耳はどう? 凄く痛む?」

「うむ。ちょっと触れただけで意識が飛びそう」

「うっ、そうだよね……。あ、そうだ。痛み止め貰ったんだよ。飲んでみて」


 錠剤を水で流し込んでからニコにお願いする。


「鏡を貸して欲しい」

「うん、すぐ持ってくるね。――はい、どうぞ」

「ありがとう」


 手鏡で見てみると、耳が二倍くらいに腫れあがっていた。そりゃ痛い筈だと納得する。


「あのね、熱も出るだろうからってお医者さんが言っていたよ。お仕事は心配しないでゆっくり休んでね。それと、息子さんはちょぴっと首から血が出ていたけど、すぐに治るから平気だよ。後、あのいじめっ子達は兵士さんに引き渡されて、法律に従って罰せられる事になったから」


 この世界では幼さは理由にならない。悪い事をしたら子供でも法律通りに罪を償うのだ。


「報復は大丈夫か?」


「うん。僕達の雇い主さんが凄い剣幕で、いじめっ子達の親に抗議しに行ったんだよ。でね、今度何かやったら町から追い出してやるって言ったんだって」


「ふむ。あの人ならそれくらい出来る力はあるな」


「そうなんだよ。経済的にも立場的にも追い込まれると知って、みんな青くなっていたらしいよ。いじめっ子の親も町では嫌われているから、庇う人は居ないだろうって言っていたよ」


 生活できなくなったら威張ってる場合じゃないからな。更に駄々をこねた所で、ツキもお金も人望も全てが離れて行くだけだ。


「それを聞いて安心した。熱が上がってきたようだから寝る」

「わっ、大丈夫⁉ 氷枕を用意してくるね」

「うむ、助かる。……おやすみ」


 薬を飲んだ所為か一気に眠気が襲ってくる。ニコが優しく布団を整えてくれるのを感じながら、すぐに眠りに引き込まれていった。


 しばらくの間、耳の痛みは消えず、時々病院に行って痛み止めを貰う生活が続く。ようやく腫れも引いた頃、息子さんの様子を見にお店に行ってみた。


「こんにちは」

「あっ、君は! この前は本当に済まなかったね。耳はまだ痛むかい?」


 店主さんが心配そうに俺の顔を覗き込む。随分と心配を掛けてしまったようだ。


「もう大丈夫です。息子さんはお元気ですか?」

「ああ、元気に店の手伝いをしてくれているよ。いま呼んで来るから、ちょっと待っていてね」


 倉庫に荷物を運んでいる人達を見て待っていると、すぐに来てくれた。だが、その姿を見た途端、体が戦闘態勢に入る。何だ? これは……。


「ヴァンちゃん! 大丈夫だった? ごめんね、僕のせいで……」

「……大丈夫。悪いのはあいつら。首の傷は平気?」


「うん。もうとっくに治っているよ。あのね、僕もいま護身術を教えて貰っているの。今度はちゃんと自分で自分を守れるようになるんだ!」


 随分と勇ましい顔をしている。あの事件のお蔭でこの子は良い方向に向かっているようだ。


「それは頼もしい。君ならきっと出来るようになる」


「うんっ。――あ、馬車が来ちゃった。あのね、体力を付ける為に荷物を運ぶのを手伝っているんだよ。今度一緒に遊んでね。またね!」


 元気に走り去る姿にホッする。町を散策して帰ろうかとプラプラしていると、子供に会うたびに体が戦闘態勢になる事に気付いた。これは、トラウマのようなものだろうか?


 困ったなと思いながら村に帰り、小さい子に近付いてみる。


「あ、ヴァンちゃん、お帰りなさい」

「ただいま」


 何とも無かった。どうやら、人間の子供限定でなるようだ。ミルンさんに相談しに行ってみよう。


「ミルンさん、少し時間ありますか?」


「はい、大丈夫ですよ。今日はお医者さんに行く日でしたね。何かありましたか?」


「順調に回復しているそうです。でも、一つ困った事が起きていて、人間の子供を見ると自然と戦闘態勢になってしまいます」


 ミルンさんは痛ましいという感じで俺を見てから考え込んでいる。


「――うん、分かりました。ヴァンは今後一切、小さな人間の子が居る依頼主の所には派遣しません。町中に居る子はどうにも出来ないのですが、この条件で働いて貰えますか? あまりにも苦痛だったら、村の中で働いて貰ってもいいですからね」


「はい、ありがとうございます」


 それなら何とかなるだろうと頷く。もしも、近付いて来た子を振り払ってしまうほど悪化してしまったら、外での仕事は止めようと思う。




 後日、村のおばちゃん達に教わって編んだ毛糸の帽子をニコがプレゼントしてくれた。子供を見ると無意識に身構えてしまう俺をかなり心配してくれていたようだ。


「ヴァンちゃん、じっと見ちゃ駄目だよ。編目がね、ちょーっと……いえ、嘘です、物凄く下手だから――って言ってる側から、ちょっと、ヴァンちゃん!」


 ニコをひょいひょいとかわしながら自然と笑みがこぼれる。編目がガタガタだろうが世界に一つだけの俺の宝物だ。ニコの優しい気持ちが俺を守ってくれる。そう思ったらストンと心が楽になった。


 それからは、子供が近寄って来ても戦闘態勢になる事は無くなった。自分から近付こうとは、まだ思えないが。


 ニコにはいつも助けて貰ってばかりだ。俺もニコが辛い時は心から寄り添えるようになろうと決意を新たにした。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ヴァンちゃん、この布をあげる。頭に巻くのに使って」

「ありがとうございます」


 理由を知ってからというもの、洋服を作る時に余った端切れや町で見付けて来てくれた可愛い柄物などをシン様がくれる。


 今日貰ったのは黄色の生地にドングリ柄だ。俺よりもニコが喜びそう。


「あーっ、ドングリだ! ヴァンちゃん、被ってみて。その後、僕にも被らせて」


 早速、頭に巻いてみる。


「可愛いね。白族らしいよ」


 喜ぶニコを見ながら布を外し、被せてやる。


「どう? 似合ってる?」

「うむ。ニコの方が似合うかも」

「確かにニコちゃんの方が似合っているかも」


 シン様の言葉に頷き提案してみる。


「ニコにあげる」

「えっ、いいの⁉ ヴァンちゃんが貰ったやつでしょ?」

「俺いっぱい持ってる。より似合う人が使えばいい。シン様、いい?」

「勿論。ニコちゃんが使っていいよ」

「わーい、わーい! 森の皆に見せて来ます!」


 脱兎のごとく駆け出していく。転ばないといいが。


「ヴァンちゃんには格好良いものの方が似合うかな。ぴったりの物を探してくるから期待して待っていてね」


 シン様のやる気に火が付いた。センスが良い人だから期待して待っていよう。――さて、今日はどれにするかな。


ニコちゃんの優しさでヴァンちゃんが救われました。傷付けるのも人ですが、救うのも人ですね。

ニコちゃんは獣族ですけど(笑)。

シンのお蔭でヴァンちゃんのコレクションが充実していきます。毎日悩んじゃいますね~。



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