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マシュマロキャッチ

お読み頂きありがとうございます。

鏡の魔物と再戦するまでの3週間内で起きた出来事となります。

 一仕事終え、おやつタイムだ。本日のお菓子はマシュマロのようだ。俺も貰いに行こう。


「ヴァンちゃん、一緒に貰ってきたよ。はい、どーっ⁉」

 

 言いかけている途中でニコが躓きつんのめる。このおっちょこちょい大魔王めと思っていると、ニコの手からマシュマロが空に大ジャンプしている。俺のマシュマロ! と慌てて走って跳び上がり、見事に口でキャッチする事に成功した。うまいうまい。もぐもぐ……。


「ヴァンちゃん、ごめんね。でも、今の凄かったねぇ。恰好良かったよ。ヴァンちゃん、僕のマシュマロも投げて」

「落ちたら食べられなくなるぞ」

「うっ、そうだよね。諦める……」

「私が地面に落ちないようにしてあげようか? そしたら投げて落としても食べられるよ」

 

 その言葉に全員が反応し、一斉に頭を下げる。『よろしくお願いします‼』という大音声にカハルちゃんがビクッとする。皆、マシュマロキャッチがしたかったんだな。


「え、えーと、じゃあ床と壁に風の魔法を施すね。いくよ?」

 

 カハルちゃんが床に手を付くと、一陣の風が足元をくすぐって行った。もう出来たのか?


「マシュマロ貸してくれる?」

「はい、どうぞ」

「ありがとう、ニコちゃん。――えいっ」

 

 ニコが「あーっ」とマシュマロに手を伸ばすが届かない。そのまま床に落ちると思われたが、ポーンと軽快に空に跳ねた。何だか生き物みたいだ。


「どうなっているんですか⁉」

 

 ニコが興奮して詰め寄る。近すぎるので、よいしょと持ち上げて少し距離を開けて置く。うむ、これでよし。


「え、えっとね、五センチ位に来たものに反応して風の魔法が発動するようにしたんだよ。ほら、今も床が近くなると空に打ち上げられているでしょう」

「ほぉ、凄いです。これでやりたい放題ですね!」

「うん。楽しんでおいで」

「うわーい! 皆、やろう!」

 

 マシュマロを手に二人一組になり散らばって行く。良い連携が取れているようだ。


「カハルちゃん、俺がジャンプして落下したら跳ねる?」

「ううん。マシュマロ位の軽い物だけだよ。跳ねたいなら足に魔法を掛けてあげようか?」

「また今度やって欲しい。今はマシュマロキャッチする」

「うん。じゃあ、私が投げるね。マシュマロ残っているかな?」

 

 机の上を見ると一個も残っていなかった。残念だ。


「どうしたんだ? 二人でしょんぼりして」

「ダーク様」

 

 この方はどこから嗅ぎつけるのか、楽しそうな事を絶対に逃さない。全く見事な嗅覚だ。


「ふむ、原因はあれか。俺が売店で沢山買って来てやろう。少し待っていろ」

 

 言うなり移動の魔法で消えてしまった。行動が速いな。待っている間、仲間達の様子を眺める。ニコは惜しい所で逃すな。おっ、また失敗。ガンバレ~。


「皆、結構失敗するね。マシュマロが大き過ぎるのかな?」

「確かに。俺はさっき牙で噛み付いたから成功したのかも」

「そうなんだ~。ダークが小さめなのを買ってきてくれるといいねぇ」

「――戻ったぞ。他にもやりたいという奴が居たから連れて来た」

「邪魔するぞ。儂も混ぜてくれ」

「私もお願いします」

 

 将軍さんと部下の人。違った、料理長さんだった。ムキムキ過ぎて料理人には見えない。


「お前達の口に合わせて小さめのマシュマロを買ってきた。心ゆくまでやれ」

 

 三袋もくれた。チョコレート入りとイチゴ味と普通のだ。全部食べたい。どれからにしよう? イチゴがいいな。


「カハルちゃん、これを投げて欲しい」

「うん、了解」

 

 少し後ろまで下がり手を振ると、カハルちゃんがポーンと投げてくれた。


「とうっ、はむっ。――イチゴ味うまい」

「ナイスキャッチ、ヴァンちゃん。次はチョコにする?」

「お願いする。――カハルちゃん」

「はーい。えいっ」

「――――はむっ。成功」

 

 順調だなとカハルちゃんの側に戻る。ニコはダーク様に投げて貰って見事にキャッチしている。やはり、先程はマシュマロが大き過ぎたようだ。


「ヴァンちゃん、あそこ見て。剛速球だよ」

「ん? おっ、噛んで止めた」

 

 喉に詰まりそうな剛速球を料理長が投げ、将軍がワイルドに歯でキャッチ。俺達とあの人達では次元が違うようだ。誘われないようにカハルちゃんを連れて離れておこう。


「ふむ。今度は白族の子達とやるか。料理長、一旦解散しよう」

「そうですね。じゃあ、私はあの子に頼もうかな」

 

 いそいそと離れていると早速、犠牲者が。料理長の剛速球を仲間が慌てて避けている。だが、それで終わりでは無かった。壁に当たった途端、凄い勢いで跳ね返って来た。


「わぁ~、逃げろ、逃げろ!」

 

 近くに居た者が左右に分かれて飛び退く。ほっとしたのも束の間、別の壁に当たって段々と速度を上げながら、部屋の中をビュンビュンと飛び始める。こちらにも向かってきたので、慌ててカハルちゃんを抱えて走る。


「カハルちゃん、あんなになる物?」

「私もびっくりだよ。だって、あんなに速くマシュマロを投げる人が居るとは思わないもん」

「無事か?」

 

 ニコを小脇に抱えたダーク様が近付いて来た。ニコの目がマシュマロを追って忙しく動いている。


「あれ、止められますか?」

「大丈夫だぞ、ヴァン。将軍が居るからな」

 

 将軍はじっと佇み、マシュマロの軌道を追っている。そして、足の位置を少し変えた後、カッと目を見開き、目の前に来たマシュマロを歯でキャッチした。

 

 場が静まり返る。そして、熱狂的な拍手が起こった。そこら中で仲間達が飛び跳ねたりハイタッチをしている。今日、この瞬間から将軍は俺達の英雄となった。

 

 将軍は片手を挙げ皆に目礼している。恰好良い。その後もどれだけ離れてキャッチできるかをしたりして楽しく過ごした。

 

 最後にもう一度、剛速球キャッチを見たいと皆でねだり、快く了承して貰う。段々と加速する様子をワクワクと見守っていると扉が開かれた。


「こんな所に居――――っ、痛った!」

「あっ」

 

 怒りながら入って来た宰相様のおでこに直撃した。宰相様はおでこを抑え蹲っている。


「ルキア、ベチッと良い音がしたが大丈夫か?」

 

 ダーク様の言葉に宰相様がおでこを抑えたまま、ゆっくりと顔を上げる。怒りに染まった目を見て、ニコが「ひぃっ」と悲鳴を上げている。


「ダーク様、これは何事でしょうか? 将軍と料理長までご一緒とは。皆が必死に探しております」

「あぁ、すまないな。楽しくて時間を忘れておった。今すぐ戻るとしよう」

「わ、私もすぐに戻りますので、どうかご勘弁を」

「どうぞ、お戻り下さい。料理長は夕飯の準備をよろしくお願いしますね」

「は、はいっ。将軍、行きましょう!」

「そうだな。皆、楽しかったぞ。また、儂と遊んでおくれ」

 

 料理長は真っ青になりながら、将軍は余裕たっぷりで帰って行った。残るは俺達か……。逃げ場がないな。


「さぁ、ご説明頂けますか? ダーク様」

「うん? マシュマロを食べていただけだぞ」

「だけ? では、何故、私のおでこが痛むのでしょうね?」

「くくくっ、赤くなっているな。楽しい顔になって良かったな」

 

 あー、血管が切れそう。手の中のマシュマロが握り潰された。


「――っ‼ もう結構ですっ! いいですか? 皆さんはダーク様のような大人になってはいけません。甘い誘惑にも負けてはいけません。マシュマロは投げずに口に入れなさい。分かりましたか?」

 

 俺は少し残念に思いながらも頷き、他の仲間達は壊れたようにガクガクと頷いている。青筋が怖すぎるもんな。

 ダーク様と残念だと視線を交わしていると、カハルちゃんが宰相様のズボンの裾を引っ張る。


「どうされましたか?」

「しゃがんで貰えますか?」

「はい、何か?」

 

 不思議そうにしながら片膝を付いてくれた宰相様のおでこをカハルちゃんがナデナデすると、あっという間に赤みが引いていく。


「ごめんなさい」

「治してくれたのですか? ありがとうございます」

「はい。あの、マシュマロが可哀想です……」

「えっ? これは失礼しました。握り潰してしまいましたね。私が食べてしまっても?」

 

 カハルちゃんがコクッと頷くと宰相様が一口で食べてしまった。


「おいしいですね。今度、私もおやつの時間をご一緒させて下さい」

「はいっ」

 

 キラキラな瞳で見つめられて、照れたように宰相様が立ち上がる。カハルちゃんのお蔭で怒りが和らいだ気がする。


「今後は気を付けて下さいね。ダーク様は私に反省文のご提出をお願いします」

「面倒だが致し方あるまい。後で渡す」

「はい、大変結構です。では、仕事に戻りましょう。ダーク様、行きますよ」

「ああ。それじゃあな」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 後日、ダーク様が反省文を見せてくれた。読み終わった宰相様に破かれる前に奪ってきたらしい。


『マシュマロキャッチは実に楽しかった。今後、我が城の定期的な催しとしたい。

 

 まず、カハルに床と天井と壁に魔法を施して貰う。これで、落下して食べられなくなるという事はない。今回の失敗要因は投げる速さを考慮していない事だろう。よって、調節して貰えば安全に楽しめる。これで全ての問題はクリアだ。次にどの様な競技にするかだな。


 一つ目、どれだけ連続でキャッチできるか。

 二つ目、どれだけ遠くでキャッチできるか。


 まぁ、最初だから、こんな物か? 後は注意点だな。口が小さい者もいるから、小さめのマシュマロがいいだろう。後は、料理長や兵士たちは放物線を描くように投げさせるか。

 各部署と検討して日取りを決めよう。場所は、適当に決めてくれ。


 以上だ。 ダーク』


 反省文というより提案書だろうか? カハルちゃんも首を傾げている。


「良く書けているだろう? 俺の自信作だ。将軍も乗り気だから近い内に決行するぞ」

「ダーク、反省は?」

「うん? 俺の辞書に反省という言葉はない。突き進むのみだ」

 

 思わず恰好良いと思ってしまった。こんな風に思ってしまう俺も宰相様も、一生ダーク様には勝てない気がする。


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