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昔語り1

お読み頂きありがとうございます。

鏡の魔物と再戦するまでの3週間内で起きた出来事となります。

明日も、ヴァン視点を更新する予定です。



「ニコちゃんとヴァンちゃんて小さい頃から仲良しなの?」

 

 休憩時間にカハルちゃんとまったりお話をしていたら質問される。


「ニコと俺は同じ日に生まれて、一緒に育った」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 俺とニコは村の子ではない。


 この世界の生き物は、『デラボニア』――通称、命の木より産まれる。

 

 デラボニアは、通常は村の中心や教会にある。この木を中心として村などは造られ、発展していくからだ。

 そして、種族の数だけ存在している。見分け方は至極簡単。自分の種族のものだと金色に淡く輝いて見える。そうでないものは、葉も幹も全てが白銀色の木だ。

 

 命を宿す方法としては、両親が一滴ずつ血を垂らした染料によって、赤子をイメージしながら父親が二色の糸を染め上げる。そして、その二色の糸を母親が編み紐を作る。それを命の木の枝に両親揃って新月の日に結ぶ。願いが通じれば、枝の下の地面から紐と同じ色の組み合わせの水晶が満月の日に生えてくる。簡単にいうと、筍みたいなものだ。

 

 徐々に大きくなり、一メートル程に成長する。満月の日に水晶がランプのように光り輝いていれば赤子の誕生の時だ。両親が揃って手を振れると、蕾が花開くように水晶が開き対面となる。不思議なのは、両親以外では全く反応しない事だ。まぁ、そのお蔭で取違いがないのだが。

 水晶はその後、細かな光の粒子となって赤子に吸い込まれて行く。これが、その子の魔力となるらしい。

 

 属性は親が二つ決めるか、子供の可能性を考えて一色は選び、もう一色は無属性の象徴である紫を編みこむかを選べる。だが、問題もある。成長してから属性を得るのは難しく、一つしか属性を得られない可能性が高いのだ。


 例外も存在している。一つは動物さんやお魚さん達の様に人語を話せない者だ。何もせずとも水晶が生える。誕生すると、一人で生きられる様になるまで、デラボニアの側で暮らす。結界が身を守り、デラボニアの果実が喉と腹を満たしてくれるらしい。

 

 二つ目は野生と言えばいいのだろうか? 山奥や立ち入れないような危険地帯にも、デラボニアが存在している事がある。そこには両親の祈りがない状態で長い年月を掛けて水晶が育っていく。一説には、高濃度の魔力が原因ではないかと言われている。だが、誰も詳しい事など分からない。だから、俺はこう思っている。会いたいと願ってくれる未来の存在が祈ってくれたのだと。

 

 

 

 ニコと俺は、そんな野生のデラボニアから産まれた。見付けてくれたのは、白族の村の門番をしていたおじさんだ。近くの森では、あまり木の実が取れなかった年だったらしい。かなり山の深くまで入り、偶然に見付けたそうだ。

 既に水晶が二本、八十センチ位まで育った状態だったので村に報告し、満月の度に様子を見に行っていたそうだ。そして、赤い満月の日に二本の水晶が同時に光り輝いたので、慌てて村から奥さんを連れて来て一緒に触ったそうだ。産まれた俺達を二人で抱えて帰るのだけれど、通常の赤子よりも大分小さくて酷く心配したらしい。

 

 野生のデラボニアから産まれた者には一つの特徴がある。身体能力が異常に高いのだ。俺達も例外ではなかった。赤子にも関わらず、早々に立ち上がって歩いたり、言葉を喋れるようになった。村の皆や大抵の人間はすんなりと受け入れてくれたが、中には酷く疎ましそうに見る者も居た。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 少々大きくなり、言葉や表情などの理解できる範囲が広がった頃に、それは起きた。


「何だよ、気持ち悪い餓鬼だな。ニコリともしないでただ見上げて来やがって。あっちに行けよ、ほらっ」

 

 どんっと押されて、堪えきれずに尻餅をつく。手を繋いでいたニコも一緒に転んでしまった。村に来ていた行商人の男はフンと鼻を鳴らすと、苛立たしそうに歩き去って行く。


「ニコ、ごめん」

「何で、ヴァンちゃんが謝るの?」

「俺の所為で転んだ」


「悪いのはあいつでしょ? 飛んでいる鳥さんを見ていたのをあいつが遮ったから見上げていただけでしょ。ヴァンちゃんは悪くないよ。それよりも、手を怪我しているから手当しないと。行こう?」


「うん」

 

 ニコが俺の服の汚れをパンパンと叩いてくれる。手を引かれるまま、俺達の親代わりをしてくれている村長の家に向かう。


「あら、どうしたの? 二人共、土が付いているわよ? 大変、怪我しているじゃない! ここに座って。消毒薬持ってくるから待っててね」

 

 村長の奥さんが慌てて救急箱を持って来て手当てしてくれた。


「二人共、何があったのか教えておくれ」

 

 村長が治療の終わった俺達に聞いてくる。あらましをニコが答えると溜息を吐く。


「はぁ……。そうか、そのような事があったか。これからは村に入れる人間を厳選しよう。こんな幼子に手を上げるとは、けしからん」

「本当に。二人共、怖かったでしょう。今、美味しいお茶とお菓子を用意してあげますからね」

 

 奥さんは俺達の頭を撫でると台所に向かう。村長はこの事を村の皆に話す為に、外へ行ってしまった。


「……ニコ、俺は気持ち悪いのか?」


「違うよ、ヴァンちゃん。ああいう事する奴は、異質だとか理解出来ないとか決めつけて、勝手に怖れを抱いているだけだよ。僕は知っているよ。困っている人がいると見過ごせないのも、細かな気遣いが出来るのも、ヴァンちゃんが優しくて温かな心を持っているのも。そういう事を見ようともしない、あんな奴の言葉よりも僕を信じて。ね?」

 

 ニコの言葉でようやく強張った体から、少しずつ力が抜けていく。そんな俺を見ながらニコが決意を固めた事に、俺は気付いていなかった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 寡黙で冷めた様な所があり、警戒心も強いニコが別人のようになったのは次の日からだった。


「おっはようございまーす。今日もいい天気ですね~」

 

 井戸の周りに居たおばちゃん達もギョッとしていたが、それ以上に俺も驚いた。


「ニコちゃん、どうしたの?」

「そうだよ、ニコちゃん。変な物でも食べたのかい?」

 

 皆がぞろぞろとニコを囲む。


「食べてないですよ? これからお外で働く事になるし、真面目すぎるのもしんどいなぁと思ったんです。それに、今のままだとヴァンちゃんとキャラが丸かぶりだから、こんな感じにしてみました。大丈夫ですよ~、直ぐに慣れますって」

 

 笑ってパタパタと手を振るニコの返答に皆が頷く。


「確かに、性格はかぶっていない方が依頼の幅が広がるわね」

「まぁ、明るくなるのは悪い事じゃないしね」

「でも、無理はしちゃ駄目だよ?」

「はーい。受け入れて下さって、ありがとうございます。頑張りますよぉ」

 

 そう言って、天に拳を突き上げるニコとおばちゃん達が笑い合う。にこやかに手を振り、ニコが森に向かって行くのを慌てて追いかける。

 おばちゃん達は結構あっさりと受け入れていたが、俺は理解が全く追い付かない。


「ニコ、どうした? 何で急にそうなる?」

「うん? さっき説明した通りだよ」

 

 信じられなくて、ニコの目をじーーーっと見つめる。最初は、堂々と見返してきたが、徐々に目が動き始める。その様子に何かがあると確信して、ニコの両肩を掴み、更に間近で目を覗き込む。


「あーっ、分かった、分かったよ! 説明するから」

「正直にだぞ? 嘘を吐いたら絶交だからな」

「……絶交……。はぁ、正直に言うよ」

 

 切り株に腰を下ろすとニコが淡々と喋り始める。


「僕達は他の子達とは成長速度とかが違うでしょう。自分自身では個性みたいなものだと思っているよ。村の皆も受け入れてくれる。でも、外の人間にとっては只々、異質なんだよ。じゃあ、どうするかって考えた結果、人間が良く思う行動をすればいいって思ったんだ。ニコニコ笑って明るく元気に、少し抜けている感じも入れて警戒心を奪えばいい。これはね、僕の鎧なんだよ。これから先を少しでも楽に生きる為の。分かって貰えた?」

 

 嘘を言っていないのは分かるが、まだ何かが引っ掛かり掴む事が出来ない。今、言えるのはこれだけだ。


「ニコが無理し過ぎない様に俺が見ている。本音は俺が聞く」

 

 ニコが絶句し、暫くしてから苦笑し呟く。


「……なぁんだ、心配要らないのかも。芯は強いもんね」

「ニコ?」

「ううん、何でもない。新しい僕もよろしくね」


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