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桃の国の王族

本編『クマの花屋、オープンです!』の頃のお話になります。

 今日は珍しく桃の国への配達が入っていた。届け先は全てモモ様なのでラクチンだ。


「執務室まで俺だけで行っていいのですか?」

「うん。ヴァンちゃんとニコちゃんは、城内を自由にどこでもとモモ様に言われているから」


 ふむ。では探検しながら行ってみるか。お辞儀をしてトコトコ歩き出し、止まる――。ん? どっちだっけ?


「すみません、執務室はこちらですか?」

「うん、そっちそっち。やっぱり案内してあげようか?」

「――私にお任せ下さい」


 男装? 美人がニッコリと俺に微笑み掛ける。


「ひ、姫様⁉」

「あー、もう、駄目でしょ、姫様って言っちゃ。すぐにばれてしまったわ……」


 やっぱり女性だった。黒髪を高い位置で縛り、切れ長な目をしていてカッコイイ。桃の国では珍しく黒一色の服だ。


「こんにちは、可愛い子。私はランというの。あなたのお名前は?」

「俺は白族のヴァンです。姫様、よろしくお願い致します」

「まぁ、姫様だなんて。ランちゃんと呼んでね」


 思わず周りの人を見る。「いいんですか?」と目で聞くと、皆が諦めたように、「そうしてくれ」と頷いている。言う通りにしないと拗ねちゃうタイプなのかもしれない。そんな中、一人抗議する女性が。


「姫様、もう少し王族としての振舞いを――」

「いいじゃない、女官長。貴重なお友達になってくれるかもしれないのよ。さぁ、ヴァンちゃん行きましょう。私が案内してあげるわ」


 手を掴まれてしまった。振り解くか悩みつつ、女官長さんを見上げる。


「ご迷惑でなければ、ご一緒にお願い出来ますか?」


 困ったように微笑んだ女官長さんを見て決心する。


「姫様、女官長さんを困らせるのはいけないと思う。俺はそんな事をする人とは友達になれない」


 周りの人が一斉に目を剥く。でも、我が侭放題で女官長さんを普段から困らせているのは目に見えている。いくら王族で人を使う立場の人だとしても、何でもしていい訳ではないと思う。我に返った姫様が、俺を睨みながら口を開こうとした所で――。


「ふふふ。言われてしまったね、お転婆さん」


「モモ! 失礼な事を言わないで頂戴。それよりも、何なのっ⁉ この生意気な子は! 聞いていたのと全然違うじゃない!」


「どこが失礼なの? 有り難い忠告だったでしょう。流石、ヴァンちゃんだね」


 モモ様が姫様の手をペイッと俺から剥がして抱っこしてくれる。


「なっ⁉ あなた、自分の身分を分かっているの⁉ 偉そうに言うなら出て行って頂戴!」


「いいの? ありがとう。これで、やっと面倒臭い仕事から解放されるよ。さぁ、ヴァンちゃん行こうか」


 ウキウキとモモ様が歩き出す。だとすると、俺は誰に書類を渡せばいいのだろう?


「モモ様、書類が困る」

「ああ、そうだったね。王に解雇されたよと伝えにいくから、ついでに置いて来よう」


 ウンウンと頷いて大人しく運ばれていると、新たな人影が。


「モモ殿、困りますわ。どうかお考え直し下さい。そんな頭に花が咲いたような方、相手にする事はございませんわ」


 黒髪ツインテールで目が大きく、背は低めの女性が前に立ちはだかる。この人は姫様とは違う可愛らしい感じの人だ。


「なんですって⁉ 姉に向かってそんな口を利いていいと思っているの!」

「勿論ですわ。仕事もせずに毎日遊び歩いている方には、十分過ぎるのではなくて?」


 毒舌キター! と小さな声で言いつつ、握りこぶしを二センチ程、天に突き上げてみる。モモ様が咄嗟に腹筋に力を入れているので、どうやらばれてしまったようだ。


「お二方、廊下での言い争いは控えて下さいませ」


 女官長さんが宥めている。確かに魔法道のすぐ側でやる事ではないな。


「じゃあ、皆で執務室に行こうか。女官長もおいで」

「は、はい」

「何で私があなたの言う事を聞かなくちゃならないのよ!」

「その恰好という事は、また町に遊びに行くつもりだったのでしょう? 暇ならいいではないですか」


 ギリッと睨んだ姫様にモモ様が冷たく笑う。


「――それとも、手荒く運んで欲しいのですか?」


 ゾクッとしたのは俺だけではないだろう。一瞬で全員の顔が強張る。


「い、行けばいいのでしょう!」

「はい、お願いしますね」


 さっきの雰囲気が嘘のように、和やかなモモ様に戻る。ふむ、素晴らしい。振り向いてサムズアップする。


「モモ様、グッジョブ」


「ふふふ。ありがとう、ヴァンちゃん。そうだ、私は解雇して貰えたから、ヴァンちゃんの仕事が終わったら遊びに行ってもいい?」


「その前に、シン様の許可が必要」

「そうだったね。この前のお茶を持って行ったら許可が貰えるかな?」

「おー、いいかも。クマちゃん喜ぶ」


「……モモ殿、ご歓談中申し訳ありません。解雇などさせませんわ。モモ殿が居なくなってしまったら、この国は終わってしまいます」


「大袈裟だよ、二ノ姫。貴女がしっかり王をお支えしているから、私も安心して退けるよ」


「いいえ、私などモモ殿の足元にも及びませんわ。どうかお考え直しになって下さい」


 モモ様がのらりくらりと躱している。よっぽどお仕事に嫌気がさしているのかも? そんな会話をしている内に執務室に到着だ。


「入るよ」

「んぁー? モモか? 入れ」


 じゃらじゃらと装飾品を付けた目つきの悪い人が立派な椅子に座っている。悪者の親分にしか見えないこの人こそが、この国の王様である。


「なんだよ、お前等ゾロゾロと。今日、何かあったか?」


 下から上にじろじろと目線を送って来る王様は、今日も良い具合の悪役顔だ。


「私が一ノ姫に解雇されたから、そのお知らせ。あと、ヴァンちゃんの書類にサインしてあげてね。姫様達は喧嘩して往来の邪魔だったから、一緒に連れて来ただけだよ」


「まぁっ、このお馬鹿さんと一緒にしないで下さいませ!」

「それは、こっちの台詞よ。ほんっとに生意気ね!」

「ほら、こんな感じで」


 王様が額を押さえて溜息を吐いてから、ギンッと目線を姫様達に向ける。よっ、悪役顔!


「ぶふっ!」


 まずい、モモ様に聞こえていた。相当小さな声で言ったのに。


 おっと、女官長さんもだった。この人もただの人じゃないな。動きなどから見ても、色々と訓練を受けているに違いない。


「おい、モモ、なに笑ってんだよ?」

「こちらの事だから気にしないで。ね、女官長」

「は、はい。~~~っ。お気に、なさらず……」


 女官長さんが王様と目を合わせないようにして必死に喋っている。顔を見たら噴き出すこと間違いなしだ。


「? まぁ、いいか……。おいっ、馬鹿二人、いい加減そのうるさい口を閉じろ!」


「なっ、酷いですわ、兄様! 私まで馬鹿だなんて!」

「お前はなぁ、頭は良いけど固すぎんだよ。もっと柔軟にいけ」

「……はい」

「ふふふっ、ざまぁみなさい」


「おいっ、お前に人の事を馬鹿に出来る資格があると思ってんのか? この、ドアホ! その恰好って事はまたフラフラ出歩く気だったんだろう? レンレンは一生懸命に政務を手伝ってくれているっていうのに、年上のお前は何してんだっ。しかも、また女官長に迷惑かけたのか? 辞めるって言ったらどうしてくれるんだ? あぁっ⁉ お前より、よっぽど大事な人材なんだぞ!」


 親分……もしや、女官長さんに惚れていらっしゃる? 気になる事はモモ様に確認だ。ちょいちょいとモモ様の腕を突いて気を引き、まず王様をそっと指さし、次に女官長さんをばれないように見る。そして、両手でハートの形を作ってみる。さぁ、どうでしょう?


「ふふふっ、ヴァンちゃん、鋭いね。というか、バレバレ?」


 二人で頷いて微笑み合っていると、女官長さんが不思議そうに寄って来た。


「あの、何か面白い事が?」

「ヴァンちゃんと内緒話をしていてね」

「そう。微笑ましい話」

「あら、私にも教えて下さいませ」


 あちらでは、延々とお兄様による妹たちへの大説教大会が繰り広げられている。いつまで続くのか分からないので、こちらは優雅にお茶を入れて席に着く。


「男同士の話だから内緒にさせてね。教えてしまったら、誰かさんが明日から部屋から出て来なくなっちゃうから」


「あら、残念です。でしたら、確かお名前は……ヴァンちゃんとお呼びしても?」

「はい、女官長殿!」

「ふふふ、お願いしますね。お菓子はどれがいいですか?」


 んー、目移りする。ねじねじの揚げ菓子にするか? それとも食べた事のない物に挑戦するか?


「ここには気に入った物はありませんか? 果物もありますよ」

「迷い中です。一番好きなのはゴマ団子」

「でしたら、すぐにお持ちしますね」

「そこまでして頂かなくても――」

「いいえ。ご迷惑をお掛けしましたし、それに私を庇って下さいました。せめて、これくらいはさせて下さい」


 そう言って、すっと部屋を出て行く。


「モモ様、女官長さん、凄く良い人」


「でしょう。私も女官長にはいつも感謝しっぱなしだよ。だから、私がここを出て行く時には、引き抜いて行こうかと思っていてね」


「いいと思う。賛成」


「ったくよー、お前らの所為で喉が痛ぇよ。女官長、茶を――。あれ? どこに行った? ま、まさか、出て行ったのか⁉」


 お説教がようやく終わったのか、姫様二人はショボンと俯いている。だが、王様は酷く慌てだした。


「――お待たせ致しました。――きゃっ!」


 王様がゴマ団子を持って来てくれた女官長さんの肩をガシッと掴む。あ~、ゴマ団子がお皿の際で落ちまいと必死に耐えている。頑張れ、ゴマ団子! いや、ここは王様を応援する所か。


「や、辞めるなんて言わないよな⁉ なっ⁉」

「え? は、はい。辞めません」

「ほら、コウは力が強いのだから離してあげて。女官長の肩に痣が付いちゃうよ」

「あっ、わ、わりぃ。痛かったか?」

「大丈夫です。御心配頂きありがとうございます。本当に辞めませんから、ご安心を」


 体中の空気を全部吐き出すように長い溜息を吐いて、どっかりと椅子に座り込む。


「あー、焦った……。モモも女官長も俺には、あっ、いや、国には必要だからな。不満があったら対処するから、遠慮せず言ってくれ」


「じゃあ、辞めさせ――」

「それは却下に決まってんだろう。女官長は何かあるか?」

「私は皆様が仲良く楽しく健やかにお過ごし頂ければ、十分に満足でございます」

「あー、本当に悪かった……。お前達も謝れ」

「ごめんなさい、女官長……」

「…………っ! ……悪かったわ」


 ん? 結構、素直かも。一ノ姫は謝らないかと思った。――ああ、モモ様が冷たい目で見ているからか。じゃあ、本当に反省はしていないのかも。


「ねぇ、一ノ姫は本当に反省したの? ほとぼりが冷めたら、また同じ事をするつもり?」


 肩が跳ねた。図星か……。


「~~~っ、お前という奴はーーー! モモ、朱の一族の鍛錬に放り込め!」

「了解。――連れて行け」

「はっ」

「ちょっ、それだけは止めて! いやーーーっ!」


 どこからともなく現れたお兄さん二人が、一ノ姫の腕に自分の腕を絡ませてズルズルと引き摺って行く。そんなに辛い鍛錬なのか……。さらば、姫様。健闘を祈ります。


「ったく、これで駄目だったら鉱山に放り込んでやる! 今度から、あいつの世話は朱の一族だけでやってくれ。これ以上、女官に迷惑は掛けられない」


「え~、うちの子達が可哀想だよ。自分の世話は自分でして貰わないと」


「髪の毛ひとつ自分で結べないのですわ。モモ殿の仰る通り、一度自分でやらせないと、いつまでも出来ませんわ。兄様は何だかんだ言いつつ、姉様に甘過ぎです」


「ぐっ……よし、分かった。俺も厳しくいく。ただ、抜け出したり、さぼらないように見張りだけは朱の一族でやってくれ」


「それならいいよ。ご飯はどうするの?」


 自分でと言いそうな王様を二ノ姫が遮る。


「それは厨房の皆様が可哀想過ぎますわ。惨状が目に浮かびますもの」

「そ、そうだな。じゃあ、あいつが好きな高級食材は食わせないようにしよう」

「それがいいですわ。さぁ、兄様、そろそろ政務に戻りませんと。官吏の方がいらしています」


 そうだ、俺も書類を渡さねば。


「ヴァンちゃん、解雇は無しになっちゃったよ。書類を頂戴ね」

「お願いします」


 待っている間にゴマ団子を貰う。――はぐはぐ、うまいうまい。


「ふふふ、おいしいですか? お茶もどうぞ」

「ありがふぉございまふ」


 王宮で食べるゴマ団子は、いつものよりおいしく感じる。高級なゴマだろうか? まぁ、いいか。おいしければ全て良し。


「可愛い……」


 女官長さんが思わずという様に撫でてくれる。うむ、優しい手だ。


「あー、ごほん。女官長は動物が好きなのか?」

「はい。モフモフしていて可愛いですね。コウ様もお好きですか?」

「えっ、俺⁉ あー、えーと、そ、そうだな。可愛いと思わなくもなく……」


 ん? おかしいな……。ニコに聞いた話では、それ程好きだとは思えなかったが……。モモ様が笑いを堪えている姿を見て気づく。あ~、気に入られたいのか。納得納得。


「ふふふ、嬉しいです。では、今度、王宮の猫さん達に一緒にご飯をあげませんか?」


「えっ、まじで⁉ ぜってぇ、行く!」


 全員が生温い目で見守る。女官長さんは鈍いのか、分かっていてスルーなのかが全く分からん。王様はただただ嬉しそうだけど。いつか伝わる日が来る? かもしれない。頑張れ、親分!


桃の国の王族大集合です。桃の国の偉い人達は気ままに町に行くことがお好きなようです(笑)。

喧嘩しつつも仲が良い兄妹です。本編でちょこっと触れていますが、もう一人の兄は跡目争いがあったので出て来ません。

王様、恋心がバレバレです。今後はヴァンちゃんがお城の人達と共に、影からこっそり見守ってくれるでしょう。ヴァンちゃんの報告を受けて、ニコちゃんとカハルも嬉々として仲間に加わりそうですね~。


次は、太古の歴史のお話1~3を投稿します。お楽しみに~。

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