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7話 ボッチ 観察される

 私は情報ギルドに所属している。

 そのギルドから依頼された情報の真偽を確認してくれと頼まれて『はじまりの草原』に来ていた。


 私の職業は盗賊シーフで偵察や隠密行動、探索や地形情報の把握、罠の解除と色々できる。

 別に偵察や隠密行動だけではなく、速さのステータスが職業上高いからそれを上手く使って戦闘だってこなすことも可能だ。

 

 なぜ高レベルの私が適性レベル1~10の旨味がない『はじまりの草原』に来ているのか説明する。

 さっきの話に戻るのだけど、情報ギルドからある仕事が回ってきたの。

 その内容はレッドネーム持ちのプレイヤーが初心者プレイヤーをPKプレイヤーキラーしているという情報の真偽を確認してくれというものだ。


 PKプレイヤーキラーとは、他プレイヤーを意図的に狙って殺害キルすることだ。

 レッドネームとは他のプレイヤーをキルしたときに、プレイヤーネームが赤く染まることからその名称で呼ばれている。


 PKのメリットは相手が持っているアイテムを奪えたり、経験値をモンスターを倒して得るよりも効率的に入手できたりすることね。

 逆にデメリットはPKをする人間はレッドネームが表示されて、それを見た他プレイヤーや、NPCノンプレイヤーキャラからも忌避されてしまうことかな。


 いつ背後から襲われるかもしれない人間とパーティーを組んだり、会話なんてしたくないでしょ?

 だから、レッドネーム持ちの人間はPKギルドを作って同じような人間と徒党を組んだりしている。


 後は信用値と好感度というものがあって、レッドネーム持ちのプレイヤーは、それらの数値が極端に低くなってしまう。

 数値が低いとNPCからの反応がすこぶる悪くなって、ショップでアイテムや武具を買うときや宿屋に泊まろうとしても拒否されてしまう。

 だからレッドネーム持ちのプレイヤーはアイテムやお金を手に入れるため更にPK行為に染まってしまう悪循環にもなっているの。


 でも今回の内容は話がまた違ってくるわ。

 まだ、駆け出しの初心者が持っているアイテムなんて奪ってもメリットなんてあんまりないし、手に入る経験値だって少ない。


 じゃあ、なぜPKを行うかというと……PKされる人間の反応を見てたのしんでいるの。

 初心者のレベルだとステータスの差もあり、何の抵抗も出来ずに一方的になぶられてしまうのが現実。

 嬲られて泣いたり、怒ったりしているプレイヤーをあおり、その反応を見て嘲笑う愉快犯がこの『はじまりの草原』にいるっていうことね。


 そういった悪質なPK達を逆に狙って敵対しているプレイヤー達もいる。

 その名はPKKプレイヤーキラーキラーギルドのメンバー達だ。

 PKKとはPKをする人達を逆にPKするというプレイヤーの名称でもある。


 PKをしているプレイヤーをPKしても、レッドネーム持ちになることはないの。

 PKプレイヤーと戦うためPKKギルドに所属している人たちは対人戦に強い人達が集まっているわ。

 

 今回はそのPKKギルドから私の所属している情報ギルドへ噂の真偽を確かめてほしいと依頼がきたらしい。

 高レベルで且つ隠密や偵察に秀でて、戦闘もこなせる人材。最悪の場合、複数人に襲われたとしても、持ち前の速さのステータスを生かして逃げるのが容易な私に依頼が回ってきたってわけ。


 正直、今回の依頼はあまり気が乗らない。

 私が自身の実力を買われ、情報ギルドに勧誘を受けて所属しているのには理由がある。 


 ――それは、面白いこと! 面白いもの! 面白い現象! それらを観察するのが大好きだから!


 私が小学生の子供の頃なんかは夏休みの自由研究で虫籠むしかごにアリの巣を作らせて、その生態を観察したこともあったね。


 8割のアリは一生懸命働いているのに、2割のアリは必ず仕事をさぼっているの。

 テレビで見たことがあるのだけど、その2割のさぼっているアリを取り除いても、また働いているアリから、さぼっている2割のアリがでてしまうらしい。


 ね? 人間の社会みたいで面白いでしょ?

 私はそのサボっているアリを一日中観察して数分ごとに詳細を記録、それを一週間同じことを繰り返して自由研究にまとめてレポート提出したら学校の先生に引かれたことがあったね……。

 

 私は一度、観察対象に決めたものに関しては執念深い。

 自身が満足するまで観察することをやめないし、その過程を苦痛とはまったく思わない。


 周りからは美人だけど少し変わっている子だねってよく言われる。

 私って美人なのだろうか? 正直興味ないから意識したこともない、面白いことを観察している方が何十倍も楽しいからね。


 だから、私が情報ギルドに所属しているのは面白い情報が手に入りやすいと思ってからの打算だ。

 なのに、今回の依頼といったら弱いものいじめをするPKプレイヤーの確認。

 そんなものを観察して何が面白いのって正直思う。


「あーあ、早くこんなつまらない仕事終わらせて次の面白い観察対象を探したいなー」


 思わず口から本音が漏れてしまっていた。

 面倒臭いけど、気持ちを切り替えて……さっさと終わらせてしまおうか。


「【探知】」


 この【探知】というスキルは、私を中心として見えないレーダーが飛んでいき辺りにいる生命の反応や地形情報など対象物までの距離や方向を測ることができる。


 うん? あそこに誰かいるみたいだね。


「【たかの目】」


 このスキルは使用者の瞳を赤く輝かせると不思議な力が宿り、遠方まで視界を飛ばすことができる。

 対象者を補足し、視界の距離間を調整してピントを合わせた。

 

 そこには初心者のローブを目元が隠れるように深く被っている男がいた。

 男の頭上には職業とPNプレイヤーネームがある。

 

 職業<影法師ドッペルゲンガー> LV0

 PN:ボッチ


 どうやら、初心者さんが草原に来ているみたい。

 それに、職業<影法師ドッペルゲンガー>ってまた変わった職業を選んでいるのね。

 これでも情報ギルドに所属しているのだ、全ての職業情報は頭の中に入っている。

 あの不遇職業を選んでいるってことは、スキルや武器の制限がないという誘惑の文に騙されたのかしら?

 デメリットをちゃんと読んでいれば選ばないと思うのだけど?


 今はレッドネーム持ちのプレイヤーがいるから危ないわね。

 とりあえずは初心者である彼を囮にして、レッドネームが出てくるまでは待ちましょう。

 もちろん、危なくなったら助けてあげるつもりだ。


 そう思って彼を観察し始めたのだけど、この出会いは私にとって大きな転機となる。

 今振り返れば、この出会いこそが――運命だったのかもしれない。

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