42話 ボッチ 友達と戯れる2
あの異様な雰囲気の中を、どうやって抜けだそうかと悩んでいたけど、俺が前にでるとモーゼのように人波が割れて簡単に道ができてしまった。
俺の背に、こはるちゃんを隠すようにしながらその中を進む。
その道中に不届きものがいた。
あろうことか、そいつは俺の大切な友達に手を出そうとしたのだ。
悪意を感じ取った俺は、こはるちゃんに触れようとしたその手を掴むと捻り上げる。そのまま相手の重心を操りながら足払いを掛けて仰向けに倒す。
その上に片足を乗せて踏みつけ動きを固定すると、首元に大鎌を添えてやる。
何が起きたか分からない、とでもいうような男の顔を上から覗き込んで殺気を込めて睨み付ける。周りからは俺の顔は見れないだろうが、仰向けに倒れているこいつにはしっかりと見えているはずだ。
人間には退化はしているが、殺気を読み取る力が元来備わっている。達人同士なんかでは、この殺気を利用して相手の動きを牽制したりと色々使いようがあるのだ。
さらには殺気を上手くコントロールすることで相手に触れずに投げ飛ばす柔術の使い手だっている。主に俺の家族とか……。
やがて目の前の男は現状をやっと理解できたのか、顔面を蒼白にさせて息の仕方を忘れたかのように、ひゅー、ひゅー、と掠れた声で喘ぎだす。
俺の数少ないたった1人の大切な友達に手を出すなんて、覚悟はできているんだろうな?
「……お兄ちゃん、怖いよ? こはるは、笑っているお兄ちゃんの方が大好きだよ。だからね、こうやって笑ってくれると嬉しいな!」
どんな罰を与えてやろうかと考えていると、こはるちゃんが満面の笑顔と優しい声色で、そんなことを言ってきた。
瞬時に怒りで身体中を煮えたぎっていた熱が引いていくのを感じた。一度、深呼吸をして息をゆっくり吐出し、気持を落ち着かせる。
「……ごめんな、怖い思いさせて。そうだよな、楽しいことを考えよう。次はどこに行こうか?」
俺は姿勢を低くし、こはるちゃんの目線に合わせて頭を優しく撫でる。
倒れている男などもはや微塵も興味がなくなり、その場に放置して、こはるちゃんの手を引いて歩き始めた。
さすがにこれだけの見せしめを行なえば、他に手をだしてくる馬鹿はいないだろう。
それから少し歩き出して、後ろの方から何やら他のプレイヤー達の声が聞こえた。
「俺達の天使に手を出すとかふざけてんのか? ああッ? てめぇーは、いっぺん地獄を見てみたいようだなッ!」
「Yesロリータ! Noタッチ! を守れないなんて、恥ずべき行為だぞ。紳士としての心構えを教授してやろう。安心しろ、これから立派な紳士として育ててやるッ!」
「私のマイエンジェルに悲しい思いをさせるなんて、死ぬほど後悔させてやるわ! 覚悟はできているんでしょうねッ!」
「貴様は重大な罪を犯した。例え神が許そうとも、この私が許さない。この拳が砕けるまで貴様を殴りつづけることを辞さない覚悟だッ!」
思わず後ろを振り返りそうになったけど、気づかない振りをする。俺が足を止めれば、こはるちゃんが気がついてしまって、あの凄惨な現場を目撃してしまうからだ。
後方から何かを蹴り上げたり、殴ったりする鈍い音を聞かなかったことにして、その場を後にした。
◆
こはるちゃんと一緒に他愛もない話をしながら道なりを歩くこと数十分。美味しそうな甘味処の店を見つけたので寄り道をした。
そういえば、このゲームに空腹システムとかないから今までVR内で食べ物を食べたことなかったな。
空腹がないということは、いくら食べてもお腹いっぱいにならずに好きなだけ食べれるし、食べすぎても現実の肉体が太ることはない。
なので甘い物が大好きな女性達で、それを目的にVRゲームを始めた人も多いそうだ。
こういうVR内の食べ物とかは現実に存在している店の味を再現しているとか。VR内で味を気にいってくれた客が、現実でも食べたくなって足を運ぶようにするのが目的らしい。
お店がスポンサーとなり、ゲーム側は宣伝と娯楽をプレイヤーに提供してお互いに利益を得ているのだ。
ちょっとした広場に木製のテーブルと椅子が置かれた場所に、こはるちゃんと向かい合わせに座る。
客層はやはりというべきか、女性が多い。中には男女のカップルとかも居たりして、甘い雰囲気が漂っていた。
だがそこに登場するのは、全身から髑髏の形をしたドス黒い瘴気のようなものを漏れ出している異様な存在感を放つ俺だ。
甘い雰囲気など一瞬で霧散し、全員の視線がこちらに集まってくるのが感じられた。
そんな奇異なものを見る視線を無視して、こはるちゃんとの話しに集中することで胃が痛くなるのを堪える。
こはるちゃんは、和やかな顔に真剣な雰囲気を纏わせてメニュー欄を見つめていた。美味しそうなものが多すぎて、どれにするのか悩んでいるようだ。
よほど甘い物が好きなのか、ときおり口元も緩ませてキラキラした瞳で選んでいた。
しばらくして、お互いに食べるものが決まったので注文をする。
店員さんの引き攣ったスマイル0円を頂いて、こはるちゃんがソフトクリームを、俺はストロベリーチョコレートパフェを頼んだ。
それから少ししてすぐに届けられた。
こはるちゃんは、バニラアイスをメインにキャラメルソースが絡められたソフトクリーム。
俺のは、イチゴ、チョコレート、バニラアイス、生クリーム、コーンフレークを上手く組み合わせて階層ごとに丁寧につくられていた。
「お兄ちゃん、これすっごく美味しいよ!」
こはるちゃんの歓喜の声を聞きながら、俺もスプーンで掬って口に運ぶ。
ほのかな苦みがあるチョコレート、イチゴの甘酸っぱい味、甘くて柔らかな生クリーム、冷たくて甘いアイスクリームを舌で転がしながら、最後にコーンフレークのサクサク食感を存分に味わう。
美味い!
これは是非とも、現実世界でも足を運びたくなるほどの味だ。
まあ、人見知りの俺は行けないんですけどね!
こはるちゃんは、頬を緩ませながら小さな唇を開いて一生懸命にソフトクリームを舐めていた。幸せな笑顔で美味しそうに食べるその姿に癒やされながら、俺も口を動かす。
「あ、こはるちゃん、口の周りについているよ」
「えっ?」
「動かないでくれ、拭いてあげるから」
俺はアイテムボックスから清潔な小さい布を取り出して口元を優しく拭ってやる。
「えへへー。お兄ちゃんありがとう!」
「どういたしまして」
こはるちゃんが満面の笑顔でお礼を言うので答える。
「あれ? お兄ちゃんも口のまわりについてるよ。こはるがとってあげるね!」
すると、こはるちゃんは椅子から立ち上がると腕を伸ばし、俺の口付近に小さな人差し指を這わせて撫でとる。そのまま人差し指は、こはるちゃんの小さな口に運ばれて舐めとられた。
「あ、これもおいしいね! またきたときに食べてみようかな?」
「ありがとう、こはるちゃん。……そうだな。また遊ぶときがあったら、ここに来ようか」
「うん!」
こはるちゃんが元気一杯の返事で頷き、それからまた他愛もない話を続けていく。
「そう言えば、こはるちゃんは魔物使いだったよね?」
「うん、そうだよ! まだ……もんすたぁーさん、いっぴきもいないけどね」
あれ? まだ一匹も捕まえてないのか。魔物使いがモンスターを使役していないのは剣士が武器を装備してないのと同じようなものだ。
PK達や、さっきの件もあったし、なるべく安全のために戦力を整えて自衛手段を身につけておいて欲しいな。
「ああー、だったら捕まえるの手伝おうか?」
「え? てつだってくれるの! でも、めいわくにならないかな?」
嬉しそうな表情から、どこか不安そうにこちらを見つめてくる。
「そんなことないって! それに、俺も捕まえたいモンスターがいるから丁度良かったよ」
「そうなんだ! お兄ちゃんは、どんなもんすたぁーをなかまにしたいの?」
「俺? それは――――」