40話 ボッチ 誤解される
PK達と戦って色々な出来事があった次の日の朝。身体が鈍らないように日課の武術鍛錬を行なって、シャワーで軽く汗を流す。
ベットに寝っ転がり、楽な姿勢になるとVR器具を装着して仮想世界にダイブする。
目を開くと、いつもの見慣れた風景が映り込む。
中世をイメージしたレンガつくりの町並みを人々が行き交っている。が、俺がゲートから現われると同時に平穏が崩れさる。
目を見開きながら口をパクパクと開閉させて、こちらに指をさす人々。
もう何度もゲートを通るたびに、こういった反応を受けるのだが、いい加減慣れてくれてもいいんじゃないですかねッ!
まあ、初のVRゲーム化ということもあって新規プレイヤーが大量に増えているのも要因かもしれない。
この死神もどきの姿に見慣れた人間は、とっくのとうに第二拠点『精霊と大樹の町』へと移っているだろうしな。
いつもの人見知りの俺ならば、この緊迫した雰囲気に呑まれて外へと逃げていただろう。だが、今日の俺は一味違うぞ!
今日は約束があるのだ。とても、とても大事な。
――「友達と遊ぶ」という大事な約束が!
あの後、お互いにフレンド登録してメールで待ち合わせしたのだ。
これが現実のこととは今でも到底思えない。なんたって生まれてきてから、これまでの人生で一番欲して焦がれてきたものだから。
この俺が「友達」という最高の宝物に出遭えるなんて、一生分の運を使い果たしたのかもしれない。
いつもと同じ風景が、綺麗に光り輝いて見えるほどに明るく感じる。
だが、嬉しいという気持とは反面に不安もある。
なんせ初めて友達と遊ぶのだ。何をしてあげたら喜んで貰えるのか分からない。
もし嫌われでもしたら、また友達0という奈落の底に突き落とされると考えると恐怖が湧いてくる。
だからこそ、今日という一日を全力で楽しいものにして見せる。
でも対人経験がない自分が無理に背伸びしてもろくなことにならないだろう。素の自分のままを好ましく思ってくれる、そんな信頼関係を築いていきたい。
溢れる希望を力に変えて、目的の場所である『はじまりの町』の中央広場に向かって歩を進める。
たどり着いたそこは、緑が生い茂った自然豊かな憩いの場所。
整然と立ち並ぶ木々、地面は芝生が綺麗に切り揃えられていて、緑の絨毯でも敷かれているように見える。
たしか……待ち合わせの目印は女神像があるとこだったよな。
お、あれか。
それは2メートルくらいの大きさで、気品のある顔立ちをした綺麗な女性が、母性豊かに優しく微笑んでいる姿。
足下まである長い髪の毛を一本、一本、丁寧に彫刻してあり、風が吹いたら今にも揺れてしまいそうなほどの躍動感あるつくりだ。
この世界には『はじまりの神』と呼ばれている悪神と善神の2人が存在している。
目の前にある女神の像が善神の役を担っている。人類の平和の象徴であり、希望をもたらす存在。もう片方の悪神は死神の姿をしており、人類全体の進化を促すために厄災をもたらす存在であるといわれている。
善神は人々に愛され親しまれている。そして『白の教会』という宗教団体が日々熱心に人類の安寧を願って善神に祈りを捧げているらしい。
その逆で厄災をもたらす悪神は、やはりというべきか嫌われている。ここに女神の像しかないのもそのためだ。だが、この神を崇拝している信者も実は居るのだ。
その者たちは『黒の教会』と呼ばれ、世間は信者達のことを邪神教団などと揶揄している。
悪神は人々から悪く言われているが必要悪でもあるのだ。争いがなくなれば増えすぎた人類による資源の枯渇。そして長く続く平穏は、人々の精神を腐らせて努力を怠り、退化していく。
そうならないために、悪神は人類に適度な刺激を与えてバランスをとっているのだ。
女神像を見つけた俺は、その横に並んで友達の到着を待つ。
約束の時間よりも30分早いが、こうして友達とどうやって遊ぼうかなと考えて待っている時間も楽しいものだ。
だが、ここで問題が発生した。
善神と呼ばれる女神の像と一緒に並んでいるのは悪神シリーズで全身を固め、死神みたいな姿をした俺である。
だが、そこにタイミング悪く、祈りを捧げに『白の教会』の信者達が巡礼に来てしまったのだ。
信者達は信じられないものを見たという驚愕の表情を浮かべて戦慄している。中には、こちらを射殺さんとばかりに睨む信者も居た。
どうやら女神像の隣で、この恰好は侮辱行為に捉えられたのかもしれない。
ぷるぷるボク悪い死神じゃないよ……。
それにしても、このNPC達のAI凄いな。本当に生きているような感情豊かな表情は真に迫るものがある。おかげで、その視線に晒されている俺は生きた心地がしないよ。
もう、逃げたい、助けて!
そうこうしている間に、プレイヤー達も集まってきた。
「おいおい、アレ何かのイベントか?」
「うおッ!? え? なんで悪神が降臨してんの? 信者達、激おこぷんぷん丸じゃん!」
「面白そうじゃん! ちょっと見ていこうぜ!」
「ねぇ、やめておきましょうよ。面倒事に巻き込まれたくないわ!」
わらわらと集まる野次馬に人見知りの繊細な心が折れそうになる。
俺は心を落ち着けるためにシステム画面を開いて、フレンドの欄を確認。
――友達の名前がある。
ただそれだけのことで、心が安らぐのを感じられた。
俺は1人じゃない! なんたって友達がいるんだからな!
ああ、友達とは素晴らしいものだ。こんな絶望的な状況でも元気が湧いてくる。歓喜のあまりニヤリと口元を緩めてしまった。
少し恥ずかしく感じながら周りの反応を窺うと、俺の予想していた反応と違っていた。
「おい、あいつこの状況で大胆不敵にも笑いやがったぞッ!」
「やべぇー、何か仕出かすつもりかもしれねぇー」
「危ないわ、逃げた方がいいわよ!」
とプレイヤーの反応。
「ああー、善神様善神様善神様善神様善神様善神様善神様――どうかお救い下さいませッ! 悪しき者に鉄槌をッ!」
信者達に至っては阿鼻叫喚の酷い有り様となっていた。もうこれ……どうやって収拾をつければいいのだろうか。ストレスで胃が痛い。
そんな途方に暮れていたとき、元気で明るい救いの声が耳元に聞こえてきた。
「お兄ーちゃん!」
声の主は満面の笑顔で手を振って、金色の二つ結びにした髪の毛を元気一杯、左右に揺らして駆け寄ってきた。肩甲骨辺りに生えた小さな白い羽根が嬉しそうに、ぴょこぴょこ羽ばたいている。
救いがやってきた!
俺も嬉しくなって、右手を持ち上げると左右に振る。
「ごめんね、お兄ちゃん。遅かった?」
人を和ませるような柔和な顔立ちに、小柄な体躯で庇護欲を誘う可愛らしい少女が俺に話しかけてくる。綺麗で透き通るような青い瞳が、少し不安げにこちらを見つめてきた。
「そ、そんなことはない。まだ約束の時間まで15分もあるから、こはるちゃんは悪くないよ。こっちが早く着きすぎてしまったから気にしなくていいからね。それよりも、どこ見て回ろうか? どこか行きたい場所とかある?」
少女の頭上には『こはる』というプレイヤーネームが浮かんでいる。この少女はPK達に襲われているところを俺が助けたのがきっかけで友達になったのだ。
人見知りの俺が、言葉をつまらせずに滑らかに舌が回った。この少女には悪意というものが全くというほど感じられないので、あれから少し話したらすぐに打ち解けることができた。
「そっかー、良かった! えとね、えとね、もんすたぁーショップっていうお店によってみたいの! かわいい生き物が、たくさん、たくさんいるんだよ! こはるのお気に入りの場所だからお兄ちゃんにも見てほしいの!」
「こはるちゃんのお気に入りの場所かー、楽しみだよ。よし、さっそく見に行ってみようか!」
「うん! お兄ちゃん、こっち、こっちだよ!」
嬉しそうに俺の手を掴むと、待ちきれないとばかりに軽く引っ張られる。
元気に揺れる金色のツインテールを見て、喜びを表す犬の尻尾が脳裏に浮かび、思わず俺の口元に笑みが浮かぶ。
さっきまで騒いでいたプレイヤーや信者達はポカンと口を開けて唖然としていた。
死神の恰好をした物騒な人物が、邪気のなさそうな純真無垢な少女と楽しそうに話しだしたのはインパクトがあったらしい。
よし、この隙に逃げよう。
こはるちゃんの優しい笑顔に癒やされながら、その場を無事に去ることができた。