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36話 死神ウォッチング


 僕の名前はクロウ。

 主にPKKギルドの斥候役をやっている。

 今回はとある任務のために、この『はじまりの草原』に来ていた。


 それは、PK達をおびき寄せるための囮役だ。

 僕達PKKギルドがPK達を狙うように、PK達は僕達を邪魔に思っている。隙あらば排除しようと目論んでいるはずだ。


 今回は、そのことを利用して、とある噂を流した。

 この『はじまりの草原』にPKKギルドのメンバーが一人でいると。

 奴らは、これをチャンスだと考えるはずだ。


 普段からPK行為を邪魔してくる、うざい奴らに痛い目を合わせてやれると。痛みつけて見せしめとし、牽制するのもいいし、他のPKKをおびき寄せる餌にもできる。

 使い道はいくらでもある。


 だけど、その考えは僕達も同じ。

 嘘の噂を流して、おびき寄せたPK達を一網打尽。そして、奴らのPKギルドのアジトについての情報を引き出すのが、今回の目的だ。


 作戦としてはこうである。

 囮役がPK達を見つけて接近し、偶然を装いワザと見つかる。PK達の目の前で尻尾を振って逃走。

 ここから約1キロ先辺りに僕達のギルドメンバーが控えている場所まで誘導し、一網打尽という流れだ。


 今回の囮役に求められる能力は、高い索敵能力と隠密行動、窮地においての逃走能力だ。

 これらの条件を考えるに職業(ジョブ)が盗賊である僕が適役であるから、白羽の矢が立ったというわけ。

 

 あー、お腹痛い。

 僕は、あまり戦うのは好きじゃないんだ。

 あの戦闘特有の独特な雰囲気が、どうにも苦手。どうか……なにごともなく、無事に終わりますように。


 そう心の中で愚痴りながら、風で靡く草原を歩き出した。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 しばらく、辺りを探索しながら、敵から見つからないように慎重に歩いてると事件が起きた。

 女の子の助けを求める声が聞こえたのだ。

 スキルによって強化された僕の聴力は、それとは別に何かに追われるような複数の足音を捉えた。


 やばい、やばい、もしかして一般プレイヤーがPK達に襲われているのか?

 早く、助けないと!

 

 声が聞こえた方角へと、本気で駆け抜ける。

 ……どうにか、間に合ってくれ。

 息を切らしながら進むこと数十分――少女へと大斧が振り下ろされる瞬間が視界に映った。


 ああ、くそっ、この距離じゃ間に合わない!

 なんでもいい……なにか奇跡が起きてくれ!

 そんな都合がいいことが起こるわけないと思いつつも、祈らずにはいられなかった。


 絶望に顔を歪める瞬間――――本当に奇跡が起きた。


 大斧を振り下ろした赤モヒカンの顔面に青い塊がぶつかると吹き飛んだのだ。

 えっ? 何が起きた?

 混乱しつつも、その正体へと視線をやる。


 スライム!? なんでスライムが?

 いや、今はそれどころじゃない。早く女の子を助けないと!

 けど相手は5人。女の子を庇いながら逃げるなんてこと出来るのか?

 

 ああ、もうしょうがない……任務は諦めよう。救助が優先だ。

 女の子が逃げる時間を僕が稼ぐしかない。これだけの人数差があると、もって数十分ってところか……。

 覚悟を決めて一歩踏み出そうとすると、PK達と少女の間に黒い影が降り立った。


 思わず、足を止める。

 ソレは、あまりにも異様な姿だった。全身から不気味な黒い影が宙で蠢いては髑髏の形に変って消えていく。そして身の丈ほどある大きな鎌を携えていた。


 ――――死神。


 その言葉がピッタリっと脳内で当てはまる。

 こんなところにモンスターか?

 ……いや、よく見るとプレイヤーネームが表示されている。


 ――『LV21 PN<ボッチ>』


 あの姿でプレイヤーなのか……嘘だろ。どう見てもモンスターにしか見えない。


 まずは、状況確認だ。下手に動いては少女へと危険が迫る可能性がある。

 それに、死神らしきプレイヤーがレッドネームではないとはいえ、敵か味方なのかも判断がついていない。


 いつでも少女のもとへと駆けつけれるようにタイミングを窺いつつ、PK達と死神が会話を始めたので聞き耳を立てた。

 ……え!?

 スキルによって強化された聴力で内容を聞き取り、僕は驚愕した。

 だって――血が欲しいと、死神が呟いていたのだから。


 この人、危険です! 僕の死神への警戒度が跳ね上がった。

 あんな危険人物の近くにか弱い少女がいると思うと、胃が痛くなる。


 しばらく様子を見ていると、動きがあった。

 PK達は死神を警戒して借りてきた猫のように怯えていたのだが、なぜか戦意を取り戻して武器を握りしめていた。


 ……これは戦いが始まるな。

 そうなれば、あの少女が巻き込まれてしまう。死神とPK達が交戦したらすぐに少女を回収して逃げよう。


 そう考えていたのだが、死神が突然に反転するとPK達に背を向けて少女の方へと歩きだした。

 まさか、先に少女を始末するつもりか!

 ――そんなことさせるか!


 僕は覚悟を決めて、駆けだそうと一歩踏み出して――盛大に転けた。

 

「!? ――うぇっ……」


 見事に顔面から地面に接触すると開いた口の中に砂が入り込む。ジャリジャリとした不快な感触を舌で受け止めながら、なんとか思考を働かせる。


 何が起きた?

 転けてしまう瞬間に何かが僕の足に引っ掛かる感触を確かに感じた。

 不意に近くに何かの気配を感じて、混乱しながらもうつ伏せに倒れた状態で上を見上げる。


「……はあー。そこのあなた、私の観察の邪魔をしないでくれるかしら」

 

 声の主は心底面倒臭そうに溜め息を吐いて僕に話しかけてきた。

 その人物が視界に映り込むと、僕は一瞬にして硬直する。

 それは、とても整った容姿をした女性だった。


 視線が合ったその瞳は、宝石のルビーみたいに綺麗で血のように真っ赤だった。形の良い小さな鼻と桜色の唇。ローブの上からでも形状が分かるほど豊かな起伏をした胸元。肌は驚くほど色白で、腰まで伸びた髪の毛もそれに負けないくらいに色素が抜けた色をしている。頭頂部には二つの白い兎耳がピンッと生えていた。


 ――は!?

 見惚れている場合じゃなかった……。あの少女を死神から助けないと!

 僕は慌てて立ち上がって兎耳の彼女を無視して、その横を駆け抜けようとして――転けた。


「だから、私の観察の邪魔をしないでって言ってるでしょっ! あなたのその耳は飾りか何かでできているのかしら……?」


 さすがに二度も地面にキスしたことで、なぜ転けたのかやっと理解した。言動から察するに、このいかにも不機嫌ですといったオーラを醸し出している兎耳の彼女が僕を転ばしたのだろう。

 

 だとしたら、驚きだ。僕には彼女の動きが――まったく見えなかったのだ。

 

 彼女は一体何者だろうか?

 少しでも情報を集めるべくプレイヤーネームを覗き見る。


 ――『御影(ミカゲ)LV30★』


 ★のマークがあるってことは、彼女も僕と同じカンストプレイヤーか。

 まあ、次のアップデートでレベル上限が解放されて上位職業がでるという噂があるから、カンストプレイヤーを名乗れるのも後数日なんだけどね。

 ちなみに僕らPKKギルドのメンバーは全員レベルカンストしている。


 プレイヤーネームが赤く染まっていないってことはPK達の仲間ではないみたいだ。

 ……御影(ミカゲ)。どっかで聞いたことがある名前だ。どこで聞いたのだっけ……上手く思い出せない。


 とりあえず、砂だらけの衣服を叩きながら起き上がると彼女へと話しかける。


「なぜ僕の邪魔をするのですか? いったい何が目的でこんなことを?」


「そうね、私の目的は……ただ彼のことをじっくり観察したいだけ。一分一秒でも、この目に彼の行動全て焼き付けて生を実感したいの。だから、これ以上私の観察の邪魔をしないでくれるかしら。あまりうるさいと…………潰すわよ」


 彼女はそう言ってどこか熱い視線を死神の方に向けて、頬を上気させると艶めかしく吐息を漏らす。

 それから僕に向かって冷たい視線を寄越すと背筋が凍りそうなほどの、ぞっとする声色で脅してきたのだ。


 怖っ! この人、目が本気だよ!

 次、迂闊な行動を取ったら僕の命は容易く刈り取られるだろう。そう感じさせられるほどの冷たくて重苦しい雰囲気を感じた。


「ぼ、僕は、あそこにいる少女を助けたいだけだ! も、もしあの死神が少女に危害を加えるって言うのなら僕は……君と戦う覚悟がある!」


 震えた声色で何とか言葉を吐き出す。例え勝てそうになくても諦めるわけにはいかない。あの少女は僕よりももっと怖い思いをしているのに違いないのだから。


「はあ……。あなたは何か誤解しているみたいだけど、きっと彼にはその気はないわよ。彼の人柄をすぐ近くでずっと見てきた私が保証してあげる。むしろ、あの少女を助けようとしているのではないかしら」


 彼女は溜め息を吐くと、呆れた目で僕を見る。


「……そこまで信用するってことは、あの死神はあなたと知り合いなのですか?」


「いいえ、私が彼を一方的に『知っている』だけよ。まだ彼がLV0の頃から今までの間、片時も離れずにずっと観察していた私の勘がそう告げているの」


 今なんて言った? あれ? この人ってもしかして……。


「……え? それってストーカー――――ッ!?」


 突如、彼女が忽然と目前から消えて風を切るような音が鳴る。すると僕の頭を何かが掴んだと思うと、そのまま顔面から地面に叩きつけられていた。


 いきなりのことで混乱したまま藻掻いていると、僕の両腕が背中の肩甲骨あたりに折り曲げられて、その上から彼女が体重を乗せて膝で押さえつけていた。

 そして身動きができなくなった僕の首元に、いつのまにかギラリと光る刃が添えられていた。


「……何か言ったかしら? とても不快な言葉が聞こえてきた気がしたのだけど私の勘違いだと嬉しいわ」


 彼女は感情を感じさせない声色で僕の耳元にそっと囁きかける。首元には冷たい金属の感触。冷汗が僕の頬を伝って流れ、そのまま口内へとしょっぱい味が広がる。


「ひゃいっ!! ……ぼ、僕は何も言っていましぇん! き、きっと、なにかの聞き間違えかと思いまする!」


 上手く回らない舌を使って脊髄反射で彼女の質疑に応答する。


「……そう。ならいいのだけど、ね?」


 彼女はそう呟くと、首元の刃を退けて拘束していた僕の体を解放した。

 ヤバい、ヤバい、何なのこの危険人物は!? ああ、寿命が縮んだ。胃が痛い。オウチに帰りたいよ。

 でも、帰れないよ。あの少女のことが心配だ。


「あの少女が心配だから、邪魔はしないので一緒に観察しててもいいですか?」


「うーん……。そうね、近くに置いて居た方が余計なことされてなくてすみそうだし、それでいいわよ。もしも邪魔になるときは片付けるのが楽になるしね」


 ちょ、何を片付けるつもりなのかな!? 僕はとても怖くてきけないです……。



 こうして――僕と彼女の奇妙な死神ウォッチングが始まった!

   

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