34話 ボッチ VS PK(終)
狙いどおりだ。
こいつが赤鎧達の中心人物で、信頼され慕われているのは雰囲気で察していた。そんな人間が命の危機となったら助けにくるのが人情というものだろ?
モヒカンども4人を一瞬で消し去った瞬間、警戒されて距離を離そうとしていたから餌を利用して感情を昂ぶらせ、冷静な判断をできなくしてあげた。
俺の装備は呪いで走れないから相手から接近して貰う方が楽だしな。
とりあえず突っ込んできた一人目の赤鎧から対処する。脳を貫かんと突いてきた一撃を、誘導させて半歩横にズレて回避――殺意高いな、おい!
そこから相手の腕を取ると同時に足を首に掛け、頭から地面に叩き落す。
「【マジカルチェイン】」
そいつの足首に魔法の鎖を絡みつかせると、両手で掴み遠心力を利用して振り回す。
そして、馬鹿正直に前から襲ってきた三人の赤鎧の方へと放り投げ、金属同士がぶつかる音が響き渡ると吹き飛んで地面に倒れ伏す。
まだ足首に魔法の鎖を絡みつかせている赤鎧を、そのままハンマー投げのように回転しながら真上へと放り投げる。
「【エクスプロージョン】【エクスプロージョン】【エクスプロージョン】【エクスプロージョン】」
繋がっている魔法の鎖を解除して【エクスプロージョン】を連続でヒットさせて、爆風で更に上空へと吹き飛ばす。
一名様、空の旅へとご招待! ……ごゆるりとおくつろぎ下さいませ。
とりあえず空にいる赤鎧は放置して、起き上がってきた3人の赤鎧へと対処をする。
いまだに、下敷きにしている赤鎧は餌として機能している。3人の赤鎧は上空へと消えていった仲間を一瞥して、動揺しながらも襲い掛かってきた。
両脇から放たれた二つの槍を見極めると木の枝を取り出して【パリィ】で弾き、軌道を変化させてやる。俺に放ったはずの攻撃が逆に左右の赤鎧へと襲い掛かった。
狙いは相手の目だ。顔は兜に覆われているが、視界を確保するため僅かに覗いているその隙間へと寸分違わずに槍の穂先が牙を剥く。
多くの人間は、目にいきなり先端が飛びこんできたら反射的に後ろへと仰け反ってしまうものだ。左右の赤鎧も同様の反応で、大袈裟に姿勢を崩してしまう。
そこへ【マジカルチェイン】で魔法の鎖を左右の足首に絡みつかせて引っ張り、地面へと引き摺り倒す。
次は正面からきた赤鎧の攻撃を半身になって回避し、相手の腕先を掴むと重心を操作しながら縄をなうように手を返す。
すると赤鎧は、体全体がくるりとひっくり返って地面に叩き付けられる。小手返しだ。
魔法の鎖をもう一つ生成して、こいつの足首にも絡ませておく。いまだに下敷きにしている餌の赤鎧を逃がさないために最小限の動きで3人を制圧した。
さてと、これで下準備は終わりだ。
そろそろ上空にいる赤鎧が寂しがっていると思うから仲間を送ってあげようか。1人、2人、3人と同じ方法で宙に放りなげて爆風で更に上空へと吹き飛ばす。
頭上からは女性特有の甲高い叫び声が聞こえた。
俺は4人の獲物が空中で藻掻いている姿を一瞥して、大鎌を取り出す。
――的当てゲームを始めようか!
ルールは簡単。
上空で身動きが出来ない赤鎧達を大鎌で投擲して当てるだけ。
「【マジカルチェイン】【投擲】」
一番始めにぶん投げた赤鎧を狙って、大鎌に魔法の鎖を絡みつかせると投擲する。
――これは師匠の分だ!
空気を切り裂いて加速する大鎌が目標に到達して接触すると、光のエフェクトを煌めかせて花火のように飛び散った。
たまやー! 綺麗だな。
「【クイックチェンジ】」
飛んで行った大鎌は手元にある鎖と繋がっているためスキルを使い『木の枝』と高速で武器チェンジさせて回収する。
続いて2人目へと狙いを定めていると、足下にいる赤鎧が突然暴れ出す。起き上がろうとしていたから踏みつけてやると赤鎧は体をビクとも動かせず困惑していた。
太極拳の達人は手に乗せた鳥が飛び立とうする気配を察知して、いつまでも鳥を手にとどめてみせたという話がある。
鳥が飛び立とうとするときに乗っている手を上にあげてやると飛べなくなってしまう。それは鳥の足が曲がっていると、鳥の足の指が無意識に掴んでしまう状態になるからだ。
それと似たようなことを足下にいる赤鎧にもおこなっている。起き上がろうと力を入れる起点となる部分を正確に踏み抜くことで、力が乗るまえに殺しているのだ。
気をとり直して、ゲームの続きといこう。
2人目に狙いを定めて投擲――これも師匠の分だ!
3人目に狙いを定めて投擲――さらに師匠の分だ!
4人目に狙いを定めて投擲――ラスト師匠の分だ!
続けて3つの花火が空中に咲き乱れると儚げに消えていく……。
よし、百発百中で綺麗に決まった。スコア表示があるゲームなら高得点間違いなしだろう。
後2人か、とりあえず足下にいる赤鎧から片付けておこうか。さっきまで必死に暴れていたのだが、空中で人数が少なくなっていく内に、だんだん元気を無くして動かなくなってしまった。
戦意のない相手を攻撃するのは趣味じゃないんだが、生かしておいたら助けた女の子に危険が及ぶ可能性があるからしかたない。
俺は踏みつけている赤鎧の首に大鎌を押し宛てると、そっと横に引いた。
◆ ◆ ◆ ◆
……わけがわからなかった。
死神が宙を高速で移動したかと思ったら、気がついたら私は地面に倒れている。
いつのまにか首には大鎌が添えられていて、驚きすぎて呼吸が止まるかと思った。
死の気配を感じ取り、覚悟を決めたが大鎌は私の命を奪わない。訝しんで死神を見上げると、僅かに覗いている口元がニヤリと歪んだ。
そのとき私の背中に悪寒が走ってブルリと震える。
次の瞬間に激昂した声が響き渡って、私を姉と呼んで慕ってくれる妹達がこちらに駆け寄ってくる。その光景を見て気がついてしまった。……私は、妹達を呼び寄せるための餌にされたのだと。
――罠だ、逃げろっ!
そう叫ぼうと口を開くが、遅かった……。妹の一人が、あっという間に地面に叩き付けられ、鎖を巻きつけられて投げ飛ばされると宙を舞っていた。
死神が爆発の魔法スキルを唱えると更に上空へと消えていく。
……おかしい。
魔法っていうのはそんなに便利で使い勝手がいいものではない。緻密な制御とプレイヤーの具体的なイメージが要求されるから、宙を飛ぶ人間にあそこまで正確にヒットさせ続けるのは、かなり難しいはず。
やること成すことが常識外れで、本当人間なのかと疑ってしまう。プレイヤーじゃなくてゲーム側が用意したAIだと言われたほうがまだ納得ができる。
いや、こんな化け物が序盤のフィールドに出現するとかクソゲーすぎて、あり得ないか。
そんな現実逃避をしていると、妹達が全員宙へと舞っていた。死神が、手元に大鎌を出現させると、またニヤリと口元を歪める。
なにをするつもりなんだ? ……どうにも嫌な予感がする。
すると死神は体全体を捻りながら大鎌を空中へと投げた。そして何かに接触して光のエフェクトが煌めくと妹が一人消えていた。
……は? 私の頭の中は混乱して静止する。なにがおきた?
いつの間にか死神の手元には投げたはずの大鎌が戻っていて、次の獲物へと狙いを定めていた。私の脳が慌てて思考を稼働させると警鐘を鳴らしていた。
――妹達を助けないと!
やめてくれと叫んで立ち上がろうとするが、起き上がれなかった。力を入れようとすると、その箇所へと足で踏みつけられて力が上手く入らない。
腕に力をいれると腕が、足に力を入れると足が、腰を浮かせようとするとそこを踏みつけられる。
……怖かった。
まるで心の中が読まれているのかと思えるほどに正確に動きを封じられて、私の頭の中はパニックを起こした。
妹達を助けたいと思う気持と、ここから逃げ出したいという気持が反発して感情が上手く制御出来ない。
鎧の中の表情は人様にお見せできないほどに歪んでいるかもしれない。そうこうしているうちに、また一人と妹が消えていく。
なにもできない…………私は無力だ。
気力が体から失われて呆然とその光景を見つめることしかできない。
これはゲームの世界で実際に死ぬわけではない。けれど、心に植えつけられた恐怖は簡単には消えない。PKに襲われた初心者の気持が今ならわかってしまう。
弱いやつが悪いという自身の考えが根底から覆されてしまったのだ。
どれだけ足掻いても、どうしようもない理不尽というものは存在する………そう、目の前に。
力でねじ伏せて築き上げたものは、より強い力にねじ伏せられる運命なのかもしれない。
……もう、PKなんてやめよう。
こんなことを続けていたら、またこの死神と戦わないといけないときが必ず訪れる。
相手に嘗められたら、お終いだからとPK達は面子を大事にする。10人がかりで1人にやられたとなると面子を傷つけられたと激昂し、死神に報復しようとするだろう。
もし、招集されたら私達も参加しないといけない。
冗談じゃない。
もう死神に関わるなんて二度とごめんだ。私は妹達がいればそれでいい。時間は掛かるけど教会に行って奉仕活動をしていけばPKのペナルティーも、いつかはなくせるはずだ。
それでギルドをつくって、妹達と平穏な日常を謳歌しよう。
そんなふうに現実から目を背けていると上から視線を感じた。どうやら私の順番が回ってきたらしい。妹達よ、今そっちにいくよ……。
そっと瞳を閉じると首に鋭い感触が伝わり、私の体は消えていった……。
◆ ◆ ◆ ◆
これで後は赤モヒカンだけか……。
他のモヒカンどもを消し去った時から静かだったけど、どうしたんだろうか?
俺は、くるりと後ろに振り返ると赤モヒカンに視線を合わせる。
「ひぃっー! この化け物がっ、近づくんじゃねぇ!!」
ぐはっ!? ぼっちの心に突き刺さる鋭い口擊。
人を人外扱いとか酷すぎるだろ。おまえたちPKには良心というものが存在しないのか?
そういう無神経な言葉が善良で優しい人間を傷つけるんだぞ!
「くそっ、こんなのに付き合ってられるか! 俺は逃げのびてやるぞ!」
心ない言葉に精神的ダメージを負って止まっている隙に、いつの間にか赤モヒカンが脱兎のごとく逃げ出していた。
あっ、そっちの方向には避難させた女の子がいたはず……。
「……はあはあはあ、くそっ、いったいなんなんだよ。なんで俺があんな化け物に襲われなきゃいけないんだ! 俺はあいつに何もしてねえだろ! そもそもあのクソガキにさえ遭わなければ、こんなことにはならなかったんだっ! ……あん? あのクソガキまだ逃げていなかったのか……むしゃくしゃしているんだ、どうせなら道連れにしてやる!」
やばい、あの野郎…………あの女の子を狙ってやがる。
――させるか!
「【エクスプロージョン】【カウンター<瞬空歩>】――間に合えっ!」
体が宙に浮くと急加速して、高速の世界に切り替わり周りの景色を歪ませるが、焦燥感ゆえに遅く感じられてしまう。ここで助けられなかったら、なんのために戦ったのか全てが無駄骨になってしまう。
「へへへっ、また遭ったな? 今度こそ止めを刺してやる。――オラッ、くたばりやがれっ!」
「……え? きゃあーーーー!!」
赤モヒカンが大斧を掲げて、悲鳴をあげている女の子へと振り下ろす。女の子の端正な顔よりも大きな刃が牙を剥き、引き裂こうとする瞬間――俺の大鎌の刃が赤モヒカンの胴を捉えた。
唖然とした表情を浮かべたまま赤モヒカンは光に呑まれて消えていった……。
よし、間に合った!
そして、スキルの効果が丁度良いタイミングで切れて、俺は女の子の眼前に着地する。が、ここで重大なことを忘れていたことに俺は気がついてしまった。
今にも倒れてしまいそうなほどに儚く、こちらを見上げる瞳は恐怖に揺れて、めちゃくちゃ怯えている女の子にどうやって話しかければいいのかと……。