29話 ボッチ 交渉術(笑)
「だれ、かっ、たすけてぇーーっ!!」
それは、どこか幼く震えるような高い声だった
――誰かが、何かに襲われているのか? ……あっちの辺りだな。
すぐに【鷹の目】を発動し、紅い単眼と俺の視界を共有すると、声が響いた場所へ視界を飛ばした。
俺は視界に映った光景を見て、ぎょっとした。
だって、どこぞの漫画から飛びだしたかのような世紀末的なファッションをしたモヒカンの男達が、集団で大斧を振り回してヒャッハーしていたのだから。
なんだ……あのコスプレ集団は?
くそっ、仲良く仲間と一緒にロールプレイだと! ……仲間がいないボッチの俺に喧嘩売ってるのか!? ……正直、羨ましいです。
俺も、いつか仲間が出来たら、装備を統一してロールプレイをしてみるのも楽しそうだな。
いや、でも俺の装備は呪いで外せないから無理じゃないか?
だったら仲間の方に俺と同じ装備で統一して貰うのはどうだろうか? ……うん、全員が死神みたいな格好をしたパーティーとかシュールすぎるだろ……この案は無しだな。
……そもそも、最大の難関である『仲間』がいないのに、妄想するだけ時間の無駄だった。
あれ? ちょっと前が霞んで見えないのは、きっと気のせいだ……。
おっと、思考が逸れてしまったな。で、こいつらは何を追いかけているんだ?
ドアップに映っていたモヒカンの男達から視界を離すと、全体が見えるように調整する。
そこには、金髪のツインテールをした少女がいた。
可愛らしい顔は恐怖に歪み、綺麗な青い瞳は涙を堪えて、髪も服も泥だらけにして必死に走っている。
こいつら、PKってやつか。
モヒカンの男達の頭上には赤い名前……レッドネームがあった。これは、他のプレイヤーをキルしたときに現われるものだ。
さっきの声は、あの少女か!
――助けないと!
そのとき、こちらに向かって走っていた少女が地面に転けてしまう。
そんな少女に、赤いモヒカンヘアーをした男が嗜虐的な笑みを浮かべて、銀色の大斧を両手で掲げた。
――やばい、くそっ、間に合えっ!
俺は咄嗟に【手加減】のスキルを発動して、近くに居た師匠を大鎌の側面で赤モヒカンの顔面目掛けて吹き飛ばした。
いけー、師匠バズーカーだ!
ここから300m以上の距離があるから不安だったが、師匠砲は綺麗な放物線を描きながら、目標をセンターに入れると着弾した。
――ビューティフォー。
赤モヒカンは顔面にスライムをくっつけたまま後方へ大きく吹き飛んだ後、背中から倒れて後頭部を地面に打ち付けた。
綺麗なヘッドショットがきまった……俺はスナイパーの才能があるのかもしれない。
おっと、少女がまた襲われるまえに近づかないと。
日常レベルの感覚まで慣れしたしんだカウンター移動のコンボで、即座に距離を縮めると少女とPKの間に着地する。
その瞬間、多くの視線が突き刺さった。
疑問なのが……その視線全てが、まるで――化け物を見るような怯えた瞳をしていることだ。
うん? なにかとてつもない化け物が近くにいるのかもしれない……。
俺は、頭上の【鷹の目】と視界を共有すると、忙しなく辺りを見渡す。
あれ? オカシイ。辺りにそれらしい生き物は見当たらないぞ?
というか、むしろ近くに居てくれ! これではまるで……俺が化け物扱いされているみたいじゃないか?
俺が必死に化け物を探していると、赤髪モヒカン男が、師匠を顔面から引き剥がすと、やっと起き上がった。
「ああ? なんでスライムが!? どっから現われやがった!」
俺は、仕方なく化け物探しを諦めると、そいつの動向を探るため【鷹の目】をPK達にとどめる。するとPK達が、身体を大きくビクリと震わせた。
そして、誰かが呟く「………………死神」と。
……はい、俺でした。
俺は心の中で泣きながら現実を受け止める。
しかし、これはこれでチャンスだ! 相手に戦意がない以上、戦わなくてすむかもしれない。
相手に攻撃されて正当防衛で戦うならまだしも、こちらから仕掛けるのは他のプレイヤーに悪印象をもたれるかもしれない。
俺が善良な、たまたま死神の格好した普通の人間というアピールをしておこう。
ここは俺の交渉術をもってして、平和的な解決をしてみせる!
しかし、人と会話をするのは、いつぶりだろうか?
夏休み中、両親と妹が用事で家にいないことをいいことに、ずっとゲームをしていたから会話の仕方を忘れそうになっている。
おまけに俺は、人見知りだ。
……そう考えると、もの凄く緊張してきた。頑張れ俺! おまえは、やれば出来る子だ。
よし、まずはお互いに手に持っている得物を降ろすことで、敵意がないことを示して、平和的な会話に移ろう。
俺はPK達に人差し指を向けると、脳内で反復した内容を言葉にだす。
――得物を降ろしてくれ、話し合いがしたい。
「エモノッ――!」
やばい、緊張しすぎて台詞の途中で舌を噛んでしまった……。
「……えもの? ――俺達が獲物ってことか!? ひぃー! 殺ル気だぞアイツ!」
え? なんかもの凄い勘違いされていないか!? すぐに訂正しないと……。
――違う! 誤認しないでくれ!
「チ、ガッ――! ……ゴニンッ――くれ!」
しまった……舌が回っていない上に急いで話したから上手く言葉になってない!
「『ち』、『ごにん』、『くれ』…………? はっ! 血をくれってことか!? アイツは俺達五人分の血を求めているぞ! くそ、こんなところで死んでたまるか! おい、お前ら! 死にたくなかったらアイツに立ち向かえ! 気を抜いていると殺られるぞ!」
って、なんでそういう流れになるんだよ! 頼むから話を聞いてくれよ!
窮鼠、猫を噛むというべきか、先ほどまで戦意の欠片も感じられなかった瞳には闘志が宿っていた。
――どうして、こうなった!?
俺は自身の無力感を味わいながら、尻餅をついている少女を片手で抱きかかえると、戦闘に巻き込まれない距離までカウンター移動する。
ふと、そのとき視線を感じて少女を見つめると、バッチリと視線が合った。
……少女は驚くほどビクリと身体を震わせる。
そして、生への執着を諦めたような諦観した表情を浮かべて、下唇を噛むと必死に涙を堪えていた。
こんな小さな少女に、こんなにも酷い表情をさせるなんて……PKどもめ、恥を知れ!
俺が必ず守ってやる! だから心配するな……。
そんな決意を胸に、少女を安全な場所に優しく、そっと降ろす。
もう、PKどもとは話し合いができる状態ではないな……完全に暴走している。
まあいい、だったらせめて俺の修行の練習相手になってくれよ。
俺は大鎌を構えると、戦場へ……ゆっくりと歩を進めた。
◆ ◆ ◆ ◆
大斧が迫ってくる。
けど、もう身体に力が入らなくて動けない。
やだ、死にたくないよ……。
そう願ったとき、目の前には……死神さんがいた。
いつのまにか死神さんに抱きかかえられていて、驚いてそっと見上げてしまった。
――死。
さっきまで生きることを強く願っていたのに、死神さんをみたときそんな感情は吹き飛んでしまった。
ああ……ここで、死んでしまうんだ。
お母さん……お父さん……お姉ちゃん……ごめんなさい。
この短い人生の最後くらい、泣かずに強い姿を見せようと、唇を噛んで涙をこらえる。
そんな覚悟をしていると、なぜか地面に優しくそっと降ろされた。
死神さんは背を向けると、怖いお兄さん達に向かって歩いていく。
わたしは、首をかしげて……その背中を見つめることしかできなった。