19話 ボッチ 蠱毒の壺と幽霊?
――その姿はとても奇抜だった。
体長は俺の腰くらいだ。
頭部から触角が生え、瞳は蜘蛛みたいな単眼で蚊のような口吻がある。
芋虫みたいに丸々太った胴体からは百足のように足が沢山生えている。
その胴体の上には蝶々のような小さな羽根があり、不釣り合いな大きさは本来の機能を失っており地を這っていた。
まるで複数の蟲達が一つの体に無理矢理に混ぜ合わせられた姿は生理的な嫌悪感がする。
これは絶対に負けられない……。
あんなのに纏わりつかれて口にある突起物に刺され吸われながら死ぬのは勘弁してほしい。
「げぇ、こっちに近寄って来るなよ!」
とりあえず近づきたくなかったので【マジカルチェイン】を大鎌に絡ませると投擲する。
頭部からお尻にかけて貫通し串刺しになると緑色の血液を飛び散らして消えていく。
その血液が飛び散った地面からジュッと音がなると小さな穴が出来ていた。
あれは酸みたいなものだろうか?
迂闊に近づいて血液を浴びると溶かさせれたりダメージを負ったりするのかもな。
さらに厄介なのが、あの血液が落ちた地面に小さな穴が空き凸凹になっている、戦闘中に足場がしっかりしてない状況で回避しながら戦うのは難しいだろう。
あのシステム音声から察するに、こいつ一匹なんてことは無いはずだ。
撃破数がなんとか言っていたから複数匹いるのは間違いないだろう。
足場を注意しながら戦うのは危険だから、この中央から俺は動かずに遠距離から近づけさせず倒すことに徹しよう。
『エリアレベル1をクリア。次はエリアレベル2に移ります。』
システム音声が鳴り響くと黒い光の粒子が集まり今度は二匹になっていた。
なるほど、エリアレベルっていうのが上がっていて数が増えいくのだろう。
まあ、やることは同じだ、こっちに近づけさせるまえに倒してしまおう。
動きは遅いし、この調子なら楽勝ではないだろうか……。
――そう考えていた過去の俺を殴り飛ばしてやりたい。
それは順調にエリアレベル9をクリアしてトラップエリアってわりには内心で物足りないと思っていたときに起きた。
『エリアレベル最終段階に突入します。これより<インクリィースバグ>が無限に増殖し続けます。プレイヤーの皆様は制限時間内まで生き残って下さい。残り制限時間は30分です。』
え? 無限に増殖って本気かよ! 内心で大したことないなって思ってしまったのは謝るから嘘だと言って……今までのはウォーミングアップってことかよ。
あまりの事実に驚愕していると俺を中心に20メートルくらい離れた位置の壁から黒い粒子が形を成していく。
その数は徐々に増えていき、気付けば俺は360度を黒い塊に囲まれ壁端から俺がいる中心地へと向かってくる。
あれに群がられたトラウマになりそうだ……まあ、近づかずに範囲攻撃する手段はある。
大鎌に【マジカルチェイン】を絡ませて魔法の鎖を両手で掴むと俺は独楽のように回転する。
腰を落として両足を軸に加速し十分勢いがついてくると徐々に魔法の鎖の長さを伸ばしていく。
離れた位置にいるモンスター達に大鎌の内刃が突き刺さり抉りとるように切り裂いていく。
俺は小さな竜巻と化し、ひたすら襲いかかるモンスターを機械的に処理していく。
大量のモンスターを一気に殲滅するのは快感だな! だんだん楽しくなってきた。
ふっふふ、まさか無双ゲーみたいなことができるなんてな。
それから何分たったか分らないが流石に気分が悪くなって停止する。
脅威がなくなるとモンスター達が波のように押し寄せてくる。
ちょっと休憩を兼ねて俺は【エクスプロージョン】を自身の足下に放つと上に逃げた。
ふう、このまま残り制限時間まで上に逃げているのも有りか? いや、先にMPが枯渇しそうだし三分ほど休憩したら降りるか……。
――よし、少し回復したな。
下は目を背けたくなるほどのモンスター達が蠢き、その数を増やしていた。
とりあえず、足場を確保するとしますか。
俺は【エクスプロージョン】を8割ほど盛大にMPを込めると下に魔法陣をセットし発動させた。
ダメージはないが爆風の威力は上がっているため爆心地からモンスター達が遠くに吹き飛んでいった。
そして空いた足場に爆風の威力を調整して上手く着地する。
後はさっきと同じことを繰り返すだけだ……絶対に生き残ってやる。
再び俺は小さな竜巻と化すと機械的に同じことを繰り返す。
……まだ、なのか? あれから何匹倒したのだろうか。
倒しても倒してもその数は減らないから近づけさせないように必死に足掻く。
精神的負担で何時間も経過したのではないかと思えるほど時間の流れが遅く感じられる。
自分自身に後少しだ、頑張れと何度言い聞かせたか忘れた頃に、やっと終わりが告げられた。
『制限時間になりました。トラップエリア<蟲毒の壺>を終了します。これより撃破数の集計に入ります。一位の方にはスキル【蠱毒の覇者】とSPスクロールが贈呈されます。』
「よしゃあああああああっ! やっと終わった……俺は生きているっ!!」
俺は宝箱の中身よりも生きている事実に感激していた。
よかった、あの気持ち悪いモンスターに纏わり付かれて殺されたらトラウマになるところだった。
痛覚設定はないが、感触はあるから考えただけでも身の毛がよだつ。
『集計が終わりました。生存者は二名。二位:撃破数0匹。一位:撃破数:642匹。その内もっとも撃破数が多かったプレイヤーはPN:<ボッチ>です。』
俺の目の前に上で見た宝箱が出現したので開けるとSPとスキルのスクロールがあったので回収した。
どうやって帰るから悩んでいたら螺旋状の階段が地面から出現する。
これを上がっていけってことか、これでやっと帰れる。
あれ?……なにかおかしくないか。
生存者二名ってシステム音声は言っていたよな? ここには俺以外いない筈だぞ。
気になって辺りを見渡すが凸凹だらけの地面が広がるだけで、やっぱり俺以外に他のプレイヤーは見えない。
……システムの故障か? それとも幽霊とかってVRゲームの世界にいたりするのか。
いや、まさかな? 今日はもう疲れたし『精霊と大樹の町』に戻ってログアウトしよう。
俺は螺旋階段を重い足取りで歩き帰路に向かった。
■
ボッチが螺旋階段を上り、少し経過した時に何もないように見える景色が揺らぐと白色の長髪に赤い瞳をした女性が額に汗を浮かべながら現れた。
「ふう……どうやら気づかれなかったようね。」
その彼女は面白いものを発見した子供のように満足げで好奇心旺盛な笑みを浮かべると、ボッチという名前のプレイヤーを追いかけていった……。
謎の女性プレイヤー、いったい何者なんだ!?(棒読み)