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第97話 エリクサーは交渉にちょうどよかった

 ライリさんの案内のもと歩くこと数十分。

 俺たちは、街の中でも一際大きな建物──ここレトルガ領領主の屋敷の目の前に到着した。


 いつも通り、建物に入る前にコーカサスとベルゼブブに筋斗雲の上で待機するよう指示する。

 が……そうしていると、ライリさんがこう口を挟んできた。


「あの……もし良かったら、従魔たちも一緒に部屋まで来てもらえませんか? そのほうが、ヴァリウスさんが例のテイマーだと一目瞭然で分かりますし……」


 ……それもそうか。


「あ、じゃあそうしますね」


 というわけで、結局コーカサスとベルゼブブも一緒に屋敷の中になった。



 そして、ライリさんの後ろをついて歩くこと数分。

 案内された応接間らしき場所で座って待っていると……しばらくして、領主と思われる男の人が部屋の中に入ってきた。



「ライリ。お前が来客を連れてくるなんて珍しいな。……一体何があったんだ?」


「この方は、私を魔物から助けてくれたのです。街を歩いていたら、偶然にも羽の生えた猿みたいなのに遭遇してしまったのですが……それを瞬殺してくれて。それから話を聞いていると、この方はお父様に相談したいことがあるみたいでしたので、ここに連れてきました」


 男の問いかけに、まずはライリさんがここまでの経緯を説明した。

「お父様」というあたり……やはり、この人がここの領主様ということで間違いなさそうだな。


「羽の生えた猿……って、まさかドラゴンエイプか!? それを瞬殺とは……」


 ライリさんの説明を受け、領主様はまずそこに驚いたようだった。

 ……かと思うと。


「……あ」


 領主様は、コーカサスとベルゼブブに目を遣った後……すぐさま納得したような表情になった。


「もしや……巷で噂のあのヴァリウス殿?」


 どうやら領主様は、今までの情報だけで俺の素性を見破ったようだった。

 ……ライリさん、ナイス判断だったな。話が早い。


「はい、そうです」


 もはや巷で噂のって部分にはつっこまず、俺はそこに乗っかる形でそう返事をした。


「なるほどな……そうと分かれば、ドラゴンエイプを瞬殺というのも頷けるな。どんな偶然かは分からないが、まずは娘を救ってくれたこと、心から感謝する」


 領主様はそう言って、深々と頭を下げた。

 そして、


「相談したいこと、と言ったか。私としても、できることであれば娘の恩人に協力はしたいと思っている。何なりと言ってみよ」


 領主様は頭を上げると、そう続けて俺に本題に入るよう促してくれた。



「実は、俺がここレトルガに来たのには理由がありまして。俺は、麒麟芋という農産物をここの特産品にしたいと考えているんです」


 まず俺はそう言うと、国王からの紹介状を収納魔法で取り出した。


「それにあたって、領主様には財政面からそれを主導していただきたく。この度は、相談させてもらいに来ました」


 そして俺は紹介状を領主様に渡しつつ、そう続けた。


「なるほど、作物の栽培と来たか……」


 領主様は紹介状を手に取り、内容を読みだした。

 そしてしばらくして、一通り目を通し終わった領主様は口を開いた。


「なるほど、我が領の土壌がむしろ役に立つ芋、か……。正直、我が領の財政はかなり危ないところまで来ていたのでな。そういうことならば、むしろその提案はこちらが助かるくらいだ」


「そ……そうだったのですか」


 その情報は初耳だったな。

 領主様の返事に、俺はそう思った。


「しかし……その芋は、いったいどういう物なのだ? 塩分を含む土壌を逆手にとって育てられる芋など初耳なのだが……」


「これはですね、テイマーにとって重要なアイテムの原料になるんですよ。……具体的には、これの原料に」


 領主様の問いに、そう答えつつ。

 どうせなら実演もした方がいいだろうと考えた俺は……ビーストチップスを収納魔法で取り出し、その場でコーカサスとベルゼブブに与えた。


『ここで食べていいのか?』


『ああ。むしろ今食べてくれ』


『やったね!』


 そんな念話でのやり取りの後、コーカサスとベルゼブブはビーストチップスを頬張りだす。


『じゃんじゃかじゃーん』


 そしてベルゼブブは部屋に収まるため10分の1スケールになっているコーカサスを抱え、愉快そうにヘッドバンギングをしながら歌いだした。


 ……コーカサスはギターじゃねえんだぞ。

 そうツッコみたい気持ちは抑えつつ、俺は領主様の方を向き直った。


「……とまあこんな感じで、この芋を材料に作ったお菓子は、従魔を懐かせるのに非常に役に立つんです。これがあれば、テイマー本人より強力な魔物も簡単にテイムできるようになる。そんな最高の必需品なんですよ」


「なんと、そんな便利な芋とは……」


 二匹を尻目に領主様への説明の続きをすると……領主様は、感心したような表情になった。


「俺としては、麒麟芋をここで可能な限り大量に生産して欲しいと思っています。仮に売れ残りが出たら、それは全て俺が買い取りますんで」


 麒麟芋……将来的に確実に必需品になるとはいえ、一年目からフルに生産すれば最初は必ず超過供給になるからな。

 レトルガの財政も厳しいって話だし……国王とも約束した通り、最初は俺が大部分を建て替える必要があるだろう。

 まあ、将来的に需要が爆増するのが明らかな以上は、それは全く痛手ではない。

 むしろ成功が確約された投資と言っても過言ではないくらいだ。


 そんなことを考えつつ。

 俺はそう、ダメ押しの説得を付け加えた。


「なるほど。最近は『テイマーの評価がひっくり返るかも』なんて話もちらほら聞いていたことだし……そうなれば、こちらにとっては得しかない話だな。ここまでお膳立てしておいてもらって、乗らないという手はないだろう」


 そして、そんな説得のおかげか。

 俺はついに、領主様の承諾を得ることができた。



 ……あ。

 そういえば最後に一つ、確認しておかないといけないことがあるな。


「ところでなんですけど……俺、手持ちの現金には限りがありますので。余りの買い取りの際は、エリクサーでお支払いしてもよろしいですか?」


「エリ……はい!?」


 俺の提案を聞くと……領主様は急に表情を変え、目を白黒させつつそう聞き返した。


「こんな感じで、エリクサーならほぼ無尽蔵にてに入れられるんで。これで良いって言って頂けると助かるんですが……」


「「……ヒェッ!!」」


 収納の中に余っていたエリクサーを全し、机の上に置くと。

 領主様とライリさんの、素っ頓狂な声が重なった。


「エリクサーをこんなになんて、なんとデタラメな……」

「一生かかってもお目にかかれないような光景です……」


 そして領主様とライリさんは、口々にそんな感想を述べた。


「良かったら、これ前金として貰って下さっても構いませんよ?」


 どうせ、例のダンジョンの例の階層に行けば半日で用意できるような量だしな。

 そう思いつつ、俺はそう言ってみた。


「「……」」


 しばらくの間、二人は言葉を失った。

 そして、1分くらいが経過すると。

 領主様が、おそるおそるといった口調でこう口にした。


「滅相も無い……と言うべきなのは十分承知だが。正直言うと、本当に貰えるならありがたいことこの上無いのだ。実は今うちの領は、隣のギファイ子爵から借金をしておってな。来月までに返せねば、娘を子爵の息子に嫁がせねばならないところだったのでな……」


 ……ライリさんの『家を守るために、とある貴族に嫁がなくてはいけない』て、そういう事情かよ。

 解決の糸口、思ってたよりずっと近くにあったんだな。


 こんな簡単なことで一人の人生を変えられるなら、そうしない理由はない。

 俺は、机の上に出したエリクサーは置いて帰ることにした。


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