第96話 女の子の正体
「ひゃっ!」
いきなり目の前の魔物の胸から刃物が出現したからだろう。
女の子は小さく叫び声をあげ……尻餅をついた。
「大丈夫でした?」
かたやドラゴンエイプの方は、突かれたことにも気づいていない様子で、そのまま絶命している。
それを確認した俺は、女の子にそう聞いた。
見たところ……怪我とかは、特に無さそうだ。
「あ……はい! 助けてくださって、ありがとうございます」
女の子はそう言って、立ち上がった。
そしてその子は、礼儀正しく俺にお辞儀をした。
「あの……この戦利品、報酬はどうしますかね」
一応俺は、女の子にそう聞いてみた。
この子は完全に戦意を失っていたので、「自分の獲物だったのに!」などと主張される確率はゼロに近いとは思うが……一応、俺が来る前は剣を構えていたんだしな。
新しい街でいきなり報酬関連のトラブルに見舞われるなんてごめんだったので、念のためそう聞いたのだ。
「報酬って……とんでもございません。その魔物、ギルドで売るなりなんなり自由になさってください」
俺のそんな懸念をよそに、女の子は手を振りつつそう答えた。
「分かりました」
案の定大丈夫だったか、と思いつつ、収納魔法でドラゴンエイプをしまう。
そうしていると、女の子は若干落ち着きを取り戻したのか、俺にこう聞いてきた。
「あの……お名前は何とおっしゃいますか?」
「ヴァリウスです。あなたは?」
「私はライリです」
ライリと名乗る少女と、そんな風に自己紹介を交わした後。
俺はライリさんに、せっかくなので領主様の屋敷の場所でも聞こうかと思ったが……その前に、ふと気になったことの方を質問してみることにした。
「あの……ちなみになんですけど、ライリさんどうしてあの魔物と戦おうとしてたんですか?」
正直……ドラゴンエイプは、そこまで獰猛な性格の魔物ではない。
人間側が戦う意思を見せなければ、普通は空から降りてこないのだ。
だが……俺が千里眼で確認した時には、ドラゴンエイプは既に地面に降り立って、ライリさんと対峙していた。
ドラゴンエイプを倒せる実力の持ち主なら、倒しにかかることもあるだろうが……ライリさんにそんな力は無さそうだし、それは本人も自覚してるだろう。
そしてそういう人間なら、普通は逃げるとかやり過ごすとかを選択するはずなのだ。
なのにライリさんは、ドラゴンエイプに向かって剣を構えていた。
それがふと気になったので、俺はそう質問した。
その質問に対し……ライリさんは、こうポツリポツリと語りだした。
「実は私……家を守るために、とある貴族に嫁がなくてはいけないかもしれなくて。それで思いつめて、外をふらついてたら……さっきの魔物と遭遇しちゃったんです。逃げなきゃ、とか戦って死んだ方がマシかも、とかやっぱり怖い、とか……色々考えがぐちゃぐちゃになってるうちに、ああなってました」
ライリさんは一息ついてから、「すいませんね、いきなりこんな話をしちゃって」と付け足した。
これは……下手に聞きださなきゃよかったかもしれないな。
聞いたところで、割と俺にはどうしようもない問題だったし。
その気になれば、治外法権で無茶すればどうにかなるかもしれないが……それはそれで、褒められたもんじゃない気もするしな。
まあ……話すだけで気が楽になることもあるだろうし、悪い事ばかりじゃなかったと思おうか。
などと考えていると……ようやく、筋斗雲に乗ったコーカサスたちが合流してきたのだった。
「うひゃっ! な、なんですかあれ!」
その様子を見て……ライリさんは、また尻餅をついてしまった。
「ああ、僕の従魔コーカサスと、その相棒のベルゼブブですよ。仲間なので、何も心配なさらずとも大丈夫です」
俺はライリさんを落ち着かせるため、そう説明した。
すると……ライリさんは目を丸くして、こんなことを言い出した。
「コーカサスとベルゼブブ……黒と金の髪……それに、よく見たらルナメタル製の剣……。もしかしてヴァリウスさんって、巷で噂のあのとんでもテイマーのヴァリウスさんだったんですか!?」
「あー、たぶん……」
ライリさんのあまりの勢いに、俺はテンパって「たぶん」なんて言ってしまった。
判断方法から推察するに、俺で間違いないんだが……「巷で噂のとんでもテイマー」って、どんな話題のなり方してんだよオイ。
「
心の中でツッコミを入れていると、ライリさんは今度はそんな質問をしてきた。
「ちょっと、新しい農作物のことで、ここの領主様に相談があって。あの……もし良かったら、屋敷がどちらにあるか教えてもらえませんか?」
それに対して答えつつ、屋敷の方向も聞く。
すると……ライリさんは、キョトンとした顔をしてこう言った。
「え、父に用があるのですか? でしたら……直々に案内しますよ」
……ん?
今、父って言ったか?
ライリさん、ここの領主様の娘だったのか……。