第95話 農地候補の領地に着いた
国王が指したのは、王都から見て南東に位置する場所。
「レトルガ」という名前の領地だった。
「このレトルガという場所は、領地こそ広大だが……その地質が問題でな」
国王はそう言いながら、地図上のレトルガ領の境界線を指でなぞった。
「土に多量の塩分が含まれていて、作物が殆ど育たないのだ。そのせいで、農業は全くと言っていいほど栄えていない。麒麟芋とやらは……そんな土地でも育つものなのか?」
土地の事情の説明と共に、国王はそんな質問を投げかけてきた。
「はい。問題無いですね」
俺は国王の問いに、そう答えた。
麒麟芋は、かなり特殊な土壌条件を満たさなければ育たない作物だ。
普通の土地に芋を植えても、芽すら出すことなく芋が地中で腐ってしまう。
ゆえに、どんな土地であれ、麒麟芋を育てるにはまず土壌の質を変えないといけない。
普通に作物が育つ土地であれ、普通の作物にとって最悪な土壌であれ、手を加えなければならないことに変わりはないのである。
だから、栽培予定地が塩分で汚染されていることは、俺にとっては全く問題ではない。
というか実は、土壌の質の改良の手順を考慮すれば、その土地条件は却って好都合なくらいなのだ。
だから俺は、国王の問いに即座にそう答えた。
むしろこの土地がありがたいという思いを込めて。
「そ……そうなのか。初めて聞いた植物故に、もしかしたらと思って勧めてみたが……本当に良いのか? そなたの希望とあれば、他の領地を提案することもできるが……」
「いえ、その必要はありません。レトルガでよろしくお願いします」
「お、おう……そうか」
国王は地図を巻いて棚に置くと、何やら紙に書き始めた。
そして、その紙に印を押したかと思うと……その紙を俺に差し出しながらこう言った。
「これは余からの紹介状だ。レトルガ領主の屋敷を訪れる際、これを見せるがいい。政策として進めるなら、レトルガ領主と相談するのは必須だろうからな」
どうやら国王は、今の間に紹介状をしたためてくれていたようだった。
「ありがとうございます」
俺は紹介状を受け取り、収納魔法でしまった。
国王に一礼し、謁見の間を去ろうとした時。
「それと……いや、やっぱりなんでもない」
国王は何かを言おうとしたが、途中で言葉を飲み込んだ。
……何を言おうとしたんだ?
気になったが、それについて質問するようなことはしなかった。
国王が言い留まった以上、下手に首を突っ込まない方がいい気がしたからな。
「では、失礼します」
そう言って俺は、謁見の間を後にした。
『コーカサス、ベルゼブブ、待たせたな。出発できるぞ』
『分かった』
『オッケー』
謁見の間を出ると、俺は筋斗雲で待機していた二匹に呼びかけ、降りてきてもらった。
そして筋斗雲に乗ると、俺は南東の方角を目指し出発することにした。
◇
何時間か筋斗雲で飛んでいると……ようやく、遠目にレトルガの街並みが見えだした。
千里眼を発動し、屋敷が街のどのへんに位置するかを調べ始める。
『やはり美味いのう、これは』
『そうそう。風になびく極上のチップスだぜ!』
尚、コーカサスとベルゼブブはこんな調子で絶賛食事中である。
それはともかくとして、俺は千里眼の視点位置をちょくちょく変えながら、領内をくまなく見物していった。
土地が広いこともあって、人口密度が少ないのか……民家すら、結構まばらに建っている感じだな。
そんなことを考えつつ、下見を続けているうちに。
屋敷こそまだ見つからないものの、俺はふと一つ、目が離せなくなる光景を見つけてしまった。
15歳くらいの女の子が剣を構えて、その二倍くらいの背丈がある魔物と対峙していたのだ。
魔物の種類は、ドラゴンエイプという空を飛べる猿型の魔物。
街中で見かけるにしては、結構危険な種類の魔物だった。
と言っても、ケイディと同程度の腕前があれば瞬殺できる程度の魔物ではあるのだが。
俺には、この女の子にそこまでの実力があるようには見えなかった。
事実……よく見てみると、女の子は表情こそ果敢なものの足が震えていた。
これはちょっと、助太刀しに行った方が良さそうだな。
『コーカサス、ベルゼブブ、ちょっと空間転移で行きたいところができた。筋斗雲でついてきて、合流してくれ』
収納魔法でルナメタル製の剣を取り出しつつ二匹にそう言い残すと、俺は空間転移でドラゴンエイプの背後に移動した。
そしてルナメタル製の剣で一突きし、ドラゴンエイプを絶命させた。