第89話 テキ屋を摘発した
「え……今何が起こった!?」
空間転移の直後。
エボルバは唖然とした表情で、周囲をキョロキョロ見渡しながら狼狽えだした。
「さっきまで控え室にいたのに! なんか……気づいたら景色が変わってるんだけど!」
そういえば……普段使いしてるから忘れかけてたけど、空間転移、魔法では発動できない神通力オンリーの技だもんな。
そんな技をいきなり自分にかけられたとなっては、こんな反応になってしまうのも無理はないか。
「まあその……あんま気にしないでください」
俺は定番通り、そう返答した。
神通力絡みのこととなると、途端に説明がややこしくなってしまうから……こう返さざるを得ないんだよな。
「人生最大レベルの衝撃を気にしないでって言われても……」
「話すと長くなっちゃうんで、先に用事を……」
そんなこんなで、なんとかエボルバを落ち着かせた後。
俺はここに来た目的を説明し、テキ屋摘発までの算段をエボルバと確認しあった。
それから実際に、そのテキ屋の屋台へと足を運んだ。
「でもさ……どうやってあのテキ屋が当たりを一つも入れてないって知ったんだ?」
「話すと長くなるんで、また後で……」
「今日は話すと長くなる案件多いな」
などと会話しつつ、俺たちは列に並んで順番を待った。
そして、俺たちの番が来て──俺は店主に、こう告げた。
「ここのくじ……全部買いますね」
すると……店主は驚いたような表情で、こちらを二度見した。
「ぜ……全部だと?」
「はい。ちなみにですけど……全部買っても『1等:ワイバーンの角』が出なかったら、その時はあなたを治安維持隊に引き渡しますね」
そう返すと……店主はあからさまに不機嫌そうになった。
「治安維持隊だと? ふざけるな! くじはまだ裏にも在庫がある。1等がこの中にあるとは限らないんだぞ!」
「じゃあその分も出してください。くじは1枚300ゾル……これだけあれば、足りるんじゃないですか?」
店主が変な言い訳をしだしたので、俺は収納魔法から大量のお金をだした。
すると……店主は目を丸くしつつも、更に言い訳を重ねだした。
「に……にしても、そんな買い方許される訳ないだろう! 今は祭りだ、客は他にもたくさんいる。そいつらの希望を、たった一人が金にモノ言わせて奪い去るなどあっていいものか!」
「では……俺が1等を当てたら、ワイバーンの角は列に並んでいる人でジャン勝ちした人にあげる事にしましょう」
言い訳に対して、妥協案を出すと……店主は次の言い訳を思いつかなくなったのか、急にだんまりになってしまった。
「じゃあ更に条件追加で。もしくじの中に1等があった場合、景品としてのワイバーンの角はあなたにお返しします。列に並んでる人には、俺の手持ちのワイバーンの角をお渡ししますね」
「……」
「ただし……全部くじを引いても1等がなかった場合は、くじ代は全額返金してもらいますよ」
「……」
「この条件……あなたには得しかないですよ? 呑まない理由が無いですよね?」
「……いや待て! 貴様、今『自前でワイバーンの角を出す』などと言いおったが……そんなもの、どうせ持っとりゃせんのだろう?」
「ありますよ?」
おそらく最後であろう言い訳を、俺は収納魔法から実物を出すことで封じた。
ベルゼブブが覚醒進化したとき狩ってきたワイバーン……「ビーストゼリー」の材料にならない角とかの部分は残ってたんだよな。
「すっげえ! 本物のワイバーンの角だ!」
「初めて見た……。あれを見れただけでも、この列に並んでる甲斐があるってもんだぜ!」
後ろからは、そんな声も聞こえてくる。
どうやら、客も味方のようだな。
「ち……ちくしょう! もうどうにでもなりやがれ!」
店主はついに、自暴自棄気味に在庫含め全てのくじを俺の前に出した。
職業「サイキック」が使う基本魔法「念力」を用い、1度に100個づつくじを開封する。
ものの1~2分で、未開封のくじは半分以下になった。
と、その時……
「おいお前、何作ろうとしてんだ?」
店主がコソコソと何らかの作業をしているのを見たエボルバが、その手を止めさせた。
「まさか……くじを作り足そうとか考えてるんじゃないだろうな?」
「た……足りなくなったら、足すだけやから!」
「そんな理屈が通るか!」
もはや白状か言い訳かも区別がつかないような店主の発言に対し、エボルバは強めに叱責した。
……そう、これも今回、エボルバを連れてきた目的の一つ。
店主が不正しないよう、見張ってもらうよう頼んでいたのだ。
そうこうしている内に、俺は全てのくじを開封し終えた。
当然のことながら……その中に、1等は無かった。
「じゃあ、この払った金は全額返金していただくということで。あと約束通り、治安維持隊のもとに連れていきますね」
「く……クソったれがあ!!」
こうして……俺たちは並んでた客たちの声援を受けつつ、テキ屋の店主を治安維持隊に引き渡しにいったのだった。