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第87話 栽培戦士が育たない

「試合放棄するなら今だぞ」


O2騎士団の選手──チヴァと言ったか──は、地面に埋めた種に液体をかけながらそう口にした。


「この技、知ってるだろ?」


「ああ」


まあ、錬金術師の代表的な技の一つだからな。

一応今何をしようとしているかは見当がついているので、俺はそう相槌を打った。



今チヴァが使おうとしているのは、「栽培戦士」という技。

錬金術で作った特殊な種と液肥を用い、戦闘用の下僕を栽培するものだ。


この技も「究極の直感」同様、一度発動すると歯止めが効かないという性質がある。

栽培戦士はテイマーにとっての従魔とは違い、意思の疎通ができないからだ。

最初に攻撃対象をプログラムしたっきり、栽培戦士はプログラム通りに対象を攻撃し続けるので……攻撃をキャンセルさせるには、栽培戦士をのものを破壊するしかないのである。



「試合放棄するなら今だ」と警告してくれたのも……要は、「栽培をキャンセルできるうちに諦めろ」ということなのだろう。

もちろん、そんなことをするつもりは全くないがな。

そう思いつつ、俺は再びO2騎士団の垂れ幕に目をやった。



「それにしても……『更生するで』っての、割とマジで言ってんだな……」


もう一度垂れ幕の文言を読みつつ、俺はそんな感想を抱いた。


栽培戦士も、決して弱いわけではないのだが……その戦闘能力は、上位の「究極の直感」には大きく劣る。

俺があっさり栽培戦士を破壊すれば、結局は究極の直感に頼りだすかもしれないが……それでもまずは弱めの攻撃手段で様子を見ようとしてくれるということは、彼らなりの「更生」の示し方なんだろうな。


やっぱり悪い奴らじゃあないんだな、と俺は一安心した。



じゃあ……こっちも、ウォームアップといくか。


『ベルゼブブ……試合場の土壌に、除草効果を付与してくれ』


俺はベルゼブブに頼んで、土壌環境を栽培戦士が育たないようなものに変えてもらった。



……そう。

栽培戦士……一応は植物なので、実はそんな方法で成長から妨害することが可能なのだ。


今、栽培戦士はようやく芽がでた状態。

本来であれば、あと2秒ほどで成体になるというところまで来ている。


だが……そうはならない。

今チヴァが植えた栽培戦士は、芽の状態のまま成長が止まり……10秒もすれば、子葉は黄色くなり枯れていくことだろう。



「……もう遅い! 行け、栽培戦士ども!」


チヴァはそう言って、俺の方を指差した。

だが……案の定、栽培戦士はそれ以上成長することはなかった。


「……って、あれ? え、あ、か、枯れてる!?」


その様子をみて、見るからに狼狽しだすチヴァ。

ついでに観客たちからも、少しづつざわめきが上がりだした。



「あいつ何しよると?」

「チヴァ、ちかっぱあわてよーやん」


O2騎士団の応援席からは、方言混じりにチヴァを心配する声が聞こえてきた。



「それはもう育たないぞ」


俺はそう言いつつ……コーカサスには念話で『アイツを場外までぶっ飛ばしてきてくれ』と指示を出した。


体勢を立て直す時間は与えない。

俺なら、仮にここで相手が最後の手段(究極の直感)に出たとしても全く問題はないが……それをさせると、無駄にO2騎士団の評判も悪くなってしまうだろうからな。



コーカサスはチヴァを掴むと……その場で高速回転し、遠心力に任せて場外まで投げ飛ばした。


放物線を描き、場外に落下していくチヴァ。

しかし……その口からは勢いよく炎が噴き出され、噴射力で軌道を変えて場外負けを免れた。


「……アルケミストブレスか」


アルケミストブレス。

「オーガ殺し」を口に含んで錬金術でケトン化させ、それを燃料にブレスを放つ技。

それを空中制御に用いるとは……なかなか臨機応変な奴だな、と俺は思った。


ちなみにオーガ殺し、これこそが本来の使い方である。

決して飲むために作られたものではない。

それを「負けたらイッキ」だなんて……パリピ過ぎにも程があるというものだ。


『ベルゼブブ、催涙攻撃をしてきてくれ。それからコーカサス、もう一回アイツを投げてくれ』


アルケミストブレス、むせたら放てないからな。

今度こそ場外負けになってもらおう。



そうして……今度こそチヴァは場外に落ち、俺の勝ちが確定した。

それと共に、精鋭学院側や一般観戦席からは歓声が鳴り響く。


そんな中……俺は収納魔法から1本の瓶を取り出し、チヴァに渡した。


「……これは?」


「エリクサーだ。罰ゲームの後飲むといい」


「……は? え、サラッと今何言って……」


オーガ殺しのイッキ……最悪死のリスクもあるし、そうでなくとも単純に可哀想だからな。

この罰ゲームで何かあっては後味が悪いので、俺はエリクサーを渡すことにしたのだ。



エリクサーを受け取ったチヴァは、パッと表情が明るくなって……そしてO2騎士団の応援席に向かって、勢いよく走りだした。


「『オーガ殺し』? そんなの水じゃーん!!」


『あ、ベルゼブブ、今アイツにあげたエリクサー、エグい味にしといて』


……そういう態度取らすためにエリクサー渡したわけじゃないんだぞ。


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