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第8話 ハリボテ賢者の旅立ち前夜

約4年が経過し、精鋭学院入学試験の前々日となった今日。

俺は推薦状の受け取りと挨拶をするために、領主様の屋敷に来ていた。


「カルメル様。精鋭学院の入試って、本当に染髪で職業適性を誤魔化すのは禁止されていないんですよね?」


「そもそも、生まれつきの髪の色を変える魔法が存在したなんて、初めて聞いたくらいだ。前例の無い魔法である以上、精鋭学院側も禁止のしようがないと思うよ」


そんな会話の後、領主様は奥の部屋に行き、俺は一人応接室に残されることとなった。




──今の俺の髪色は、脱色魔法(ヘアブリーチ)により金髪になっている。

生まれつき金髪の人の職業適性は賢者なので、今の俺は見かけ上は賢者。

テイマーであることが入試で不利に働きかねないなら、染髪で職業適性を誤魔化してしまえばいいんじゃないか……と思い、こうしたのだ。


はじめはテイマーであることを隠して入学しつつ、実績を残してからテイマーであることを明かしていく。

それが、俺の作戦である。


ちなみに、数ある職業の中、賢者を選んだ理由は2つ。


1つ目の理由は、賢者が一番擬態しやすいという理由だ。


そもそも職業適性とは、「どの職業の専用魔法を少ない魔力消費で使えるか」を示したもの。

勇者は勇者用の魔法のみ少ない魔力消費で使え、聖騎士は聖魔法のみ少ない魔力消費で使える……といった具合である。


だが、賢者の場合はそれとは違う。

賢者は、「あらゆる職業の専用魔法を比較的少ない魔力消費でそつなくこなせる」という特徴を持つのだ。


もちろん例外もあって、例えば覚醒進化の魔法は賢者でさえも使えなかったりするがな。

(魔力消費が大きいとかではなく、根本的に他の職業適性では使えないのだ)


……それを踏まえた上で、テイマーについて考察してみよう。


テイマーである俺は、テイマー専用の魔法以外を使う際は大きな魔力を消費することとなる。

だがテイマーは、従魔の成長値を自分のものとして取り込み、他の職業とは一線を画すべらぼうな魔力量を持つまでに成長できる。


ここから導ける結論は、「テイマーはその圧倒的な魔力量で、賢者並みに全職業の魔法が使える」というものになるのだ。


賢者に擬態するのが自然というのは、そういう事情なのだ。


……もう一つの理由は、それと比べるとかなりしょーもない。

黒髪を金髪にするには髪の中のメラニン色素を破壊するだけでよく、「染める」必要性がない分楽なのである。





──おっ、領主様がここ応接室に戻ってきたな。

その手には、一枚の紙が握られている。


「これが、精鋭学院への私からの推薦状だ。無くさないように、持って行っておくれ」


「ありがとうございます」


俺は推薦状を受け取り、丁寧に収納魔法にしまった。

精鋭学院は、貴族もしくは貴族の推薦を受けた人間しか受験できない。

その意味で、この推薦状は非常に重要なアイテムなのだ。


……と、その時。


『ヴァリウス、領主様に何か渡すものがあるとか言ってなかったか?』


コーカサス──今は変身魔法で10分の1スケールまで小さくなり、俺の肩に止まっている──が、念話でそう言ってきた。


そういえば、そうだったな。

領主様に、渡しとこうと思ったものがあったんだった。


「カルメル様……確か、精鋭学院の受験料って、推薦した貴族が支払うって仕組みでしたよね?」


「ああ、そうだが」


「では……受験料の分ってことで、これを受け取っておいてください」


俺は、収納魔法から蛇の魔物・ヨルムンガンドの革を取り出し、領主様に渡した。

これもコーカサスの戦利品の1つである。

精鋭学院の受験料がいくらかは知らないが……高級品らしいので、これで事足りると信じたい。


そう思っていると……領主様は口をあんぐりと開け、食い入るように革を見つめだした。


「こ、これは……ヨルムンガンドの革ではないか! 1クラス分の人数を推薦しても、お釣りの方が多いくらいの高級品だぞ? 本当にもらっていいのか?」


「え……そんなにするんですか? まあもともと用意していたものですし……受け取っておいてください」


どうやら、ヨルムンガンドの革には、受験料を支払って余りある価値があるようだった。

まあ、贈り物は高級であるに越したことはないので、これはこれでよしとしよう。




さて、やることは全部済んだし、そろそろお暇するとするか。


俺は領主様に別れを告げ、筋斗雲に飛び乗った。







その日の夜。

俺は最終確認のつもりで、「第一志望は、譲れない」を手に取った。


100周以上解いてきただけあって、かなりボロボロな見た目になっている。

魔法で修復するのは簡単だが、いかにも「勉強してきた証」って感じがするので、そのままにしているのだ。


俺はそんな使い込んだ本の、最後の章を開いた。


「捨て問を難化させてみた」という、正答率が極端に低かった試験問題を更に難しくした、著者のオリジナル問題が載っているコーナーである。


「……うん。余裕だな」


良問とも悪問・奇問ともつかない問題の数々を、俺は条件反射でスルスルと解いていった。

そして、数分と経たずに俺は本を閉じた。


前世と違い、娯楽が少ない分受験勉強に専念はできたからな。

単一の参考書を繰り返しまくっていると、こうもなってしまうものだ。


俺は安らかな気持ちで目を閉じて、眠りについた。







次の日。

起きると、外は大雨……というか、嵐だった。


あまりの土砂降りに、数メートル先もよく見えないくらいになっている。


「ヴァリウス……試験、明日なんでしょう? 前日に行けばいいなんて言って……こんな大雨じゃ、試験受けに行けないじゃない。どうするつもりなの?」


母さんに心配されてしまった。

だが……実はそれ、杞憂である。


「母さん、心配しないで。俺、天気関係ないから」


俺は収納魔法から筋斗雲を出して、その上に乗った。


「行ってきます」


両親に笑顔でそう言って……俺は筋斗雲に魔力を流し、天候不順時用の球形シールドを展開した。

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