第7話 麒麟を呼んでみた
コーカサスを覚醒進化させてから1週間が経った。
あの日以来、コーカサスは毎日張り切って狩りに出かけては、大量の戦利品を持ち帰ってくるようになった。
そのおかげで、俺の収納魔法の中身は急速に増えてきている。
俺の収納魔法は前世と現世両方の収納空間にアクセスできる大容量仕様なので、何とかなってきたが……俺が転生者でなければ、そろそろ収納が圧迫される頃合いだったろうな。
コーカサスがそうして自由に過ごしている一方で、俺はビーストゼリーの材料作りに勤しんでいた。
ここ1週間、俺が取り組んできたのはゼラチン集め。
ワイバーンの死体から、ゼラチンを抽出する作業をひたすら繰り返していたのだが……ようやく結構な量のゼラチンが溜まってきたので、今日はそろそろ本格的なゼリー作りに入ろうと思う。
まずは収納魔法から、ワイバーンのゼラチン抽出に用いなかった部分を含め、コーカサスがここ1週間で狩ってきた魔物を全て取り出す。
そして次に、俺はこんな呪文を唱えた。
「麒麟よ、我の前に姿を現し……互いに益となる取引を為さん」
すると……空中の一点から眩ゆい光が差し、龍の顔、牛の尾、馬の蹄を持つ鹿型の幻影──すなわち麒麟が姿を表した。
『汝が欲するは、覚醒進化素材か旨味調味料、どちらなのじゃ?』
麒麟は、そう俺の脳内に直接声を響かせてきた。
ビーストゼリーの原料集めの為に呼んだのだから、答えは明白だ。
「旨味調味料だ」
『左様か。では……汝の用意した貢物を、我に寄越すのじゃ』
麒麟はそう言うなり、空間の1か所を歪ませた。
そこに、貢物……つまり、魔物の死体を投げ込めばいいのだ。
俺は先程収納魔法から取り出したコーカサスの戦利品を、次々と空間の歪みに放り込んだ。
そしてそれを終えると、麒麟に合図を出した。
『汝の貢物、しかと受け取った。……では、望みのものはここに置いて行く。さらばじゃ』
麒麟が姿を消す。
そして、麒麟がいた場所から2本の瓶が出現した。
確か……蓋が青い方がビーストグルタミン酸で、赤い方がビーストイノシン酸だったっけな。
とにかく、これらを魔物の食い物に混ぜることで、魔物が病みつきになる味付けが完成するのだ。
……さて、これで必要なものは全て揃ったので、ゼリーを作るとするか。
俺はお湯の中にゼラチンと旨味調味料を入れ、よくかき混ぜてから火を止めた。
仕上げとして、ゼリーを固めるために冷却魔法をかける。
「……できたぁ!」
俺はしっかりと固まった完成品を収納魔法にしまい、小さくガッツポーズをした。
これで、当面コーカサスの食料事情は解決だな。
特にすることがなくなったので、俺は昼寝をしてコーカサスの帰りを待つことにした。
◇
『ヴァリウス! 今日は2つ、お前にお知らせがあるぞ!』
コーカサスは帰って来るなり、高めのテンションでそう言った。
お知らせがあるのはこちらもなんだが……まあとりあえず、先に話を聞くか。
『なんだ?』
『まず1つ目。なんか道端に、こんな本が落ちていたぞ!」
コーカサスは、角で挟んでいた薄汚れた本を俺の方に放ってきた。
やれやれ……と思いながら、俺はその本をキャッチした。
コーカサス、狩った魔物だけじゃなく、たまにこうやって落し物を拾ってきたりもするんだが……十中八九、ガラクタなんだよな。
まあでも、渡されたものを適当に扱うのもアレなので、一応浄化魔法をかけ、どんな本なのか確認することにした。
「第一志望は、譲れない……?」
それが本のタイトルだった。
何の本だろうかと思い、ページをめくる。
そして……本の内容が分かると、俺は自然と笑みを浮かべてしまった。
『コーカサス、ありがとう! 今回のは、本当に助かるよ』
コーカサスが今回持ち帰った、「第一志望は、譲れない」という本。
それは、精鋭学院の入学試験の、15年分の過去問だったのだ。
これがあれば、効率的に受験勉強ができる。
つまり、入学できる確率がグッと上がるのだ。
よし、このことは近いうちにカルメル様に報告しよう。
俺はそう決めた。
……そういえば、コーカサスは「お知らせが2つある」と言っていたな。
もう一つは何なんだろう?
そう思い、コーカサスに目を向けると……コーカサスの羽に、1匹の蝿の魔物が止まっているのが目に入った。
あれって、確か……
『そしてもう1つのお知らせなんだがな。我に、相棒ができたのだ!』
……やっぱりか!
そう思っていると、蝿の魔物の方が念話で挨拶をしてきた。
『よう。俺は蝿の王にしてコーカサス兄貴のダチ……ベルゼブブだ! これからよろしくな!』
『……あ、ああ。こちらこそ、よろしく』
……コーカサスのやつ、ベルゼブブをパートナーにしたのか。
甲虫系の魔物は、ごくたまに昆虫系魔物をパートナーにするって聞いたことがあるが……まさか、俺の従魔にそれが起こるとは。
まあでも、俺はベルゼブブが仲間に加わるのは歓迎することにした。
ベルゼブブは敵の魔物を状態異常にしてくれたり、コーカサスの防御力を上げてくれたりするので、コーカサスの活躍の場が広がるからな。
歓迎しない理由はないのだ。
『実はな、俺からも良い知らせがあるんだ』
俺はコーカサスたちにそう告げ、収納魔法からビーストゼリーを取り出した。
『俺は今日、これを作ってた。お前たちの口に合う味付けに仕上がってるはずだ。ベルゼブブの仲間入り祝いも兼ねて……好きなだけ食べてくれ!』
まずはコーカサスが勢いよく頬張る。
その様子を見て、初めは不思議なものを見るような目でビーストゼリーを見ていたベルゼブブも食事に加わりだした。
『こ……これは! 最高の舌触りではないか!』
『すっげえ……コーカサスのご主人さん、こんな旨いもん作れんのか……』
どうやら、かなり好評のようだな。
俺は従魔たちの反応に満足しつつ、前世の受験期を思い出しながら「第一志望は、譲れない」を読み始めた。