第68話 あの薬
『しょうがないなあ。こっから攻略してくぞ』
『良かろう。望むところだ』
『イエエエエイ!』
俺が戦闘許可を出すと、コーカサスとベルゼブブは待ってましたとばかりに飛び去っていった。
王都に着いて、一晩が明けた今日。
俺たちは、朝早くから件のダンジョンに向かい……その290階層まで、転移を繰り返してやってきていた。
もちろん、攻略を始める前に千里眼を用い、目当ての【機構】の覚醒進化素材になる魔物が最下層に存在していることは確かめてある。
俺は、一気に最下層まで突っ切って迷宮主だけ倒してこようと思ったのだが……コーカサスたちが「ある程度はダンジョン攻略を楽しみたい」とか言うので、妥協案として最下層の10層手前から始めることにしたのである。
『これで終わりだ!』
『っしゃあ! いっちょ上がりぃ!』
2匹はそんな調子で、魔物に出会うや否や即刻始末していっている。
290階層というだけあって、ここの魔物は精鋭学院付属迷宮のどの魔物よりも強い。
総階層数が多いダンジョンほど1階層ごとの魔物の強さの上がり幅は小さくなるので、単純に3倍も強いというわけではないが……それでも、あのスルトより強いのは確かだ。
おそらく……相手の強さは、金角銀角と同等ってとこか。
まあリグナムバイダゴーレムも瞬殺できたあの2匹には、取るに足らない相手だろうな。
どうせそこまで強いなら、ここの魔物も覚醒進化素材になってくれればありがたいんだが。
まあ無い物ねだりはしてもしょうがないので、それはそれでいいとしよう。
『ヴァリウス。結構溜まってきたから……そろそろ収納してくれぬか』
そろそろ291階層に向かう階段が見えてくるってところまで来た頃。
大量の魔物の死体を抱えたコーカサスが、それを俺の目の前にドサリと置いていった。
『はいはい』
俺は収納魔法を発動し、それらを全て収納した。
……どうするかな、これ。
ルナメタル鉱石の買取の時のやりとりから察するに、ギルドの予算って限られてるんだろうし……換金するにしても、ほんの一部しか買い取ってもらえない気がするんだよな。
やはり、まとめて旨味調味料に変換するくらいしか使い道はないか。
いや……どうせなら、麒麟召喚の実演用素材として、ティリオンにでも預けるか。
そんな風に大量の魔物の死体の使い道を考えつつ、俺は291階層への階段を降りていった。
◇
そんなこんなして、俺たちは296階層までやってきた。
291階層から295階層も290階層と同じく、「2匹が戦闘。敵の死体が一定量溜まったらまとめて収納」というのを繰り返し、地道に攻略してきた。
まあ地道に攻略とは言っても、少しでも早く下層に向かいたかったので、千里眼で最短経路を確認し、それとなく2匹に進む方向を伝えたりはしたがな。
そして、今。
ここ296階層は……今までの階層とは、少し様子が違った。
今までは、動物型の魔物しか出現しなかったのだが……この階層には、植物型の魔物が出現しているのだ。
「メンキブフラワー、か」
その魔物を見て、俺はそう呟いた。
メンキブフラワー。
種子が数々の貴重な魔法薬の素となる、向日葵型の魔物である。
その最大の特徴は、周囲の空気が断熱圧縮でプラズマ化するほどの高速で種子を飛ばしてくる弾丸攻撃。
攻撃に使われた種子は素材として使えなくなるので、こちらの存在に気づかれないうちに倒すのが重要な魔物なのである。
だが……メンキブフラワーの強烈な弾丸攻撃にさえ耐えてしまう頑丈さを持つ今のコーカサスたちは、メンキブフラワーを正面から攻撃しにかかってしまうかもしれない。
そう思った俺は、2匹に1つ、指示を出すことにした。
『コーカサス、ベルゼブブ……すまないが、この階層の討伐は俺に任せてくれ。ここの敵、効率的に素材を集めるにはちょっと倒し方に工夫が必要なんだ』
『そういうことなら仕方ないな』
『うぃーっす』
俺が頼むと、コーカサスもベルゼブブもすぐに了承してくれた。
じゃあ、始めるか。
「如是切。如是断……」
唱えながら、俺は収納魔法からルナメタル製の剣を取り出して神通力を流しつつ、更には千里眼で転移先の照準をメンキブフラワーの背後に設定した。
そして……
「……本末究竟等」
転移しつつ、俺は詠唱を終え……切断魔法でできた断面を、俺はルナメタル製の剣でなぞるように一閃した。
すると……メンキブフラワーはドサっと音を立て、斬り飛ばされた茎から先の部分が地面に倒れた。
メンキブフラワー、恐ろしく硬い上にあり得ないほどの再生能力を持っているからな。
ルナメタル製の剣でいきなり切ろうとしてもおそらく刃が通らないし、「如是切。如是断。本末究竟等」だけだと切断はできてもコンマ1秒で断面を再生されてしまうのだ。
2段構えで確実に斬りとばす必要があったのは、そのためである。
俺は刈り取ったばかりのメンキブフラワーを持って、コーカサスとベルゼブブのいる場所に戻った。
そして、その花を魔法で乾燥させつつ、種を花から剥がしていった。
……すると。
それを見ていたベルゼブブが、こんなことを言い出した。
『あー、この種見てて思ったんだけどよ……。俺、今の実力なら、この種だけであの薬作れる気がするわ』
……あの薬って何だよ。
一瞬俺はそう突っ込もうかとも思ったが……どうせなら、ベルゼブブに「あの薬」とやらを作ってみてもらおうかと思い直した。
ベルゼブブ、化学変化系の魔法に関しては筋金入りの天才なので、期待してみる価値はあるんじゃないかと思ったのだ。
「今の実力なら」とか言ってる辺り、覚醒進化を遂げた今だからこそできる、かつては作れなかったような高位の薬を作るつもりなんだろうしな。
『じゃあ、これ使っていいぞ』
俺は収穫した種子を、収納魔法から取り出した適当な空き瓶に半分くらい詰めてベルゼブブに渡した。
◇
そして、待つこと約30分。
『できたぜ!』
ベルゼブブが、意気揚々と瓶を掲げ、俺に見せてきた。
どれどれ、と思いながら、俺は瓶の中身を確認してみた。
……あ、これエリクサーだ。