第59話 あえて吸われてみた
千里眼で想定通りの魔物がいるのを確認した俺は、その魔物の居場所に向けて筋斗雲を移動させ始めた。
もちろん、蘇生させた4人も一緒に付いてきている。
ちなみに移動スピードは、「クヌースの矢印希望」のメンバーたちの徒歩に合わせることにした。
先ほどの連続蘇生とアンデッドの討伐で、体力も魔力も神通力もかなり消耗したからな。
次の目的地に着くまでに、回復をとっておきたいのだ。
ベルゼブブにパーティーの護衛を任せて現場に先行、などとしないのは回復時間を考慮に入れてのことである。
腹も減っていたので、収納魔法から学食を出して食べていると……俺たち一行のもとに、一体の魔物が襲いかかってきた。
だがその魔物は俺が指示するまでもなく、コーカサスが魔法一発で即死させていた。
俺は筋斗雲の高度を下げ、魔物の死体を回収しにいった。
「すげえ……。オッドアイグリズリーが、たったの一撃で……」
「アタシらだと、前遭遇した時は逃げ回るのが精一杯だったってのにな」
「これが覚醒進化の力……。確かに、こんな従魔を持っているならテイマーがべらぼうに強いのも納得だな……」
収納魔法を発動していると、「クヌースの矢印希望」の4人が口々に話しているのが聞こえてきた。
ぶっちゃけ、オッドアイグリズリーは精鋭学院付属迷宮だと70台後半の階層クラスの魔物でしかないんだけどな……。
こんなのでは、覚醒進化させた従魔の力を見せているとは言い難い。
けどまあ、覚醒進化に価値があるって結論には至ってくれてるみたいだし、細かいことはいいか。
そんなことを考えつつ、俺は筋斗雲の高度を再び上昇させた。
このままのペースだと、目的地到着まであと5時間くらいはかかるな。
結構な時間があるので、精鋭学院期末試験に向けて試験勉強をしてもいいのだが……正直、今はそんな気分じゃない。
もうこれまでにも自信を持って期末に臨めるくらいには勉強してあるんだし、たまには筋斗雲の上でボーッとするのもいいか。
そう考えた俺は、若干気を楽にしつつ、筋斗雲の上で仰向けに横たわった。
……こうしてみると、やはり筋斗雲、本当にふかふかで気持ちいいな。
食後というのも相俟って、気を抜きすぎると寝てしまいそうなほどである。
寝落ちだけはしないよう我慢しながら……俺は目的地到着の時まで、この快適な環境を満喫することにした。
◇
そして、約5時間が経ったころ。
俺たちはついに、目当ての魔物2匹が見えるところまでやってきた。
この5時間は、実に平和だった。
もちろん時折魔物が襲ってくる事はあったが、その度にコーカサスかベルゼブブが一撃で処理してくれていたのだ。
俺のすることといえば、その度に筋斗雲の高度を下げ、魔物の死体を回収しに行くくらいのことだった。
クヌースの矢印希望の4人は、その都度驚きの声をあげたりしていたが……正直そんな強い魔物が出現したわけでもなく、新たな覚醒進化素材にエンカウントする、などといったことはなかった。
まあ、これから覚醒進化素材が2種類手に入るんだから、それ以上を求めるのは贅沢が過ぎるってもんだけどな。
その覚醒進化素材となる強力な魔物──金角と銀角も、もう目と鼻の先にいるのだ。
今からは、目の前の敵に集中しなければならない。
そう思いつつ、俺は筋斗雲の高度を下げて地面に降り、筋斗雲は収納魔法にしまった。
……するとその時。
金角が、瓢箪を片手にこう問いかけてきた。
「おいお前。名前は何という?」
……人に名前を聞く時はまず自分からだろ。
俺は内心そう思ったが、その感情は表には出さず、こう返事した。
「ヴァリウスだ」
「そうか……。ヴァリウス!」
金角は俺の名前を聞くと……俺の名前を大声で叫んだ。
それに対し……
「な……金角に名を教えるなど、一体何を考えていらっしゃるので?」
「このままだと瓢箪に吸い込まれるぞ!」
後ろから、クヌースの矢印希望のメンバーの心配そうな声が響いた。
俺が何も言わない様子を見てか、金角はニヤリと口角をあげた。
次の瞬間。
俺は、瓢箪に向かって引っ張られるような感じを覚えた。
数秒が経って、俺は瓢箪の入り口に突入した。
途端に視界を奪われたので、魔法で視力を強化すると……瓢箪の底に、禍々しい液体が溜まっているのが見てとれた。
この液体こそ、フルオロレンゲドウ酸──どんな高位の魔物でも構わず溶かしてしまう、世界最強の強酸だ。
もちろん、金角よりはるかに高位の魔物だと、そもそも瓢箪に吸い込まれることがないのだが……それでも、理論上は確かにそんな魔物をも溶かせる酸なんだよな。
まあというわけで俺も直接触れるとタダでは済まないので、全身に全力で結界魔法をかけた。
直後、俺は瓢箪の底にドボンと落ちた。
それと共に、結界魔法がジュワジュワと溶かされていくのが感じられた。
……結界は、持ってあと3秒か。
だが、それだけあれば十分だ。
俺は収納魔法を発動し──瓢箪の底の液体を、根こそぎ収納した。
そう、これがやりたかったんだよな。
フルオロレンゲドウ酸は、金角から瓢箪を奪ったり金角を討伐したりしてしまうと、即刻消滅してしまう。
瓢箪の外でこの酸を保有する手段は、「瓢箪に吸い込まれて収納魔法を発動する」しかなかったのだ。
だから、多少の危険を覚悟の上でこんな手法を取ったのである。
空っぽになった瓢箪の底に降りると、俺は千里眼で外の状況を確認した。
あとは、この瓢箪から出るだけだ。
本来ならば、フルオロレンゲドウ酸をどうにかできたところで、どうあがいても瓢箪から脱出できなくて死を待つのみになるのがオチなんだが……俺には空間転移がある。
金角の目の前にでも転移して、ルナメタル製の剣で脳天を一突きでもしてやるか。