第54話 スタンピード──強
「よいしょっと」
俺は近くにあった、朽ちかけの倒木をひっくり返した。
倒木の裏には……青い斑点のある黄色い茸が、ビッシリと生えていた。
イリーガルマッシュルーム。
触れただけで強烈な快感や全能感、高揚感が味わえる反面、後に酷い幻覚や依存症に苛まされるという恐ろしい茸だ。
俺はその茸を、両手に解毒魔法をかけつつ収穫していった。
こうでもしないと、収納魔法に入れるまでの間に俺が薬効でやられてしまうからな。
収穫が済むと、俺はヴェノムポランが生えている場所まで移動し……地面に水平な結界魔法を花と同じくらいの高さに展開し、その上にイリーガルマッシュルームを何個か置いた。
そして、こんな魔法を唱えた。
「汝よ、この貢物を対価とし──単発の派遣契約を締結せん」
すると……ヴェノムポランは結界の上に盛り付けられたイリーガルマッシュルームを平らげ、煌々と輝きだした。
輝きが収まると……そこには、花びらの数が倍に増えた花が咲いていた。
今用いたのは、派遣従魔契約魔法。
短い期間だけ、魔物を変異させつつテイムできるテイマー用の魔法だ。
この魔法を行使するには、一定の「対価」を支払わなければならないが……ヴェノムポランの場合、その「対価」はイリーガルマッシュルームとなる。
そしてヴェノムポランは、今回の魔法によって変異種である「エフェドリンポラン」に進化し、一時的な俺の従魔となったのだ。
エフェドリンポランは、近くの魔物を凶暴化させる花粉を広範囲に撒き散らす植物型魔物。
その影響で凶暴化した魔物を討伐すれば、俺たちももっと効率的に戦闘経験を積むことができるというわけである。
もちろん、派遣従魔契約魔法の魔物変異効果は覚醒進化ほど強烈ではない。
しかし何より、覚醒進化に比べれば圧倒的に手軽なので、こうして重宝される場面はそこそこあるのだ。
収納魔法には、先ほど収穫したイリーガルマッシュルームがまだまだ残っている。
もう何体かヴェノムポランを見つけ、派遣従魔契約を結んでいくとしよう。
◇
その後、何体かのヴェノムポランと派遣従魔契約を結んだ俺は旨味調味料散布の中心地まで戻り……筋斗雲に乗って、そのちょうど真上に移動した。
より広範囲の魔物を誘き寄せるために、高高度から旨味調味料を散布しようってわけだ。
なぜ1回目はそうしなかったかというと、あまりにも高い場所から旨味調味料を散布すると、広範囲の魔物を刺激することはできても1箇所に集めるのは不可能となってしまうからだ。
空気中の旨味調味料の濃度が薄まりすぎて、魔物が自らの嗅覚で散布元を辿れないという事態に陥ってしまうのだ。
だが今回に関して言えば、そこは問題にならない。
魔物を匂いで刺激できさえすれば、1回目に散布した旨味調味料を辿り、中心地点にたどり着いてくれるからな。
などと考えつつ、一定量の旨味調味料の散布を終えると……俺は筋斗雲の高度を下げて地上に戻り、魔物の襲来を待つことにした。
程なくして、魔物がちらほらとやってきだした。
すると、すかさずコーカサスが魔法を放ち……最初にやってきた魔物を瀕死状態にした。
『む……耐えたか。少しは骨のある奴らが来たようだな』
『へー、面白くなってきやがったじゃねーか』
即死しなかった魔物を見て、そんな感想を述べる2匹。
どうやら、敵も程よく強くなっているみたいだな。
コーカサスたちが次々と魔物の群れをを葬り去って行く中、俺は神通力の成長度合いに集中し、今来ている魔物の平均レベルを逆算してみることにした。
……精鋭学院付属迷宮で言うと、90台後半の階層くらいか。
今のコーカサスたちからすれば、まだまだ余裕な部類だろうが……エフェドリンポランによる強化だと、まあこのくらいが限度だろうな。
そうして、魔物に対処していくこと数十分。
魔物の襲来が、かなりまばらになってきたところで……俺の探知魔法に、今までにない強烈な反応が入ってきた。
『コーカサス、ベルゼブブ、気をつけろ! 今までとはレベルの違う敵がやってくるぞ』
俺は2匹に注意を促しつつ、千里眼でその魔物を観察してみた。
……レプタイルクラーケンか。
8本足で猛スピードで駆ける
そう分析していると、レプタイルクラーケンは肉眼で見えるところまで迫ってきた。
そして……ベルゼブブによる「体表電解質増加」という補助魔法とコーカサスの雷魔法により、レプタイルクラーケンは一瞬ののちに丸焦げになった。
まあ、海水に濡れたままやってきたらそりゃあ焼きイカにされるよな。
そんなことを考えつつ、俺はレプタイルクラーケンの死体を収納魔法にしまった。
レプタイルクラーケンは、精鋭学院付属迷宮の迷宮主・スルトより強力な魔物で、一応覚醒進化素材にもなるのだが……残念ながら、レプタイルクラーケンもまた【設計図】の進化素材になる魔物だ。
今は、在庫として持っておく他無いだろう。
『コーカサス、ベルゼブブ、お疲れ様。ビーストチップスの時間にするぞ』
この近くの魔物は、ほとんど狩り尽くしてしまったからな。
明日からは、ちょっと場所を変えて活動した方がいいだろう。
そう予定を立てつつ、俺は2匹の目の前にてんこ盛りのビーストチップスを用意した。
◇
次の日。
俺たちは、朝食を食べながら筋斗雲で移動し……食べ終わった頃、地面に降り立った。
すると、その時。
目の前に、1体の気味の悪い魔物が現れた。
……ゾンビか。
ゾンビと言えば、ゾンビウイルスによりゾンビ化した「ウイルス型」と、死者が魔物化した「アンデッド型」があるのだが……こいつはどちらなのだろう。
まあ、1つずつ検証していけばいいか。
そう思い、俺は1つの魔法を唱えた。
「我が身に宿りしマクロファージよ……目の前の病の抗原を提示せん」
今唱えたのは、治癒師が用いる免疫魔法の一種、「抗原提示」。
もし目の前のゾンビがウイルス型なら、この魔法で感染を予防できるはずなのだが……
……うん、何も起こらなかったようだな。
目の前のゾンビはウイルス型ではなく、アンデッド型なのだろう。
なら、殺すか。
アンデッド型から病気をもらう恐れは無いので、適当に斬ってやればいいだろう。
そう思い、ルナメタル製の剣を収納魔法から取り出そうとした。
が……俺はそこで、考えを改めた。
確か、神通力の使い道の1つに「死者蘇生」ってのがあったよな。
これ、アンデッド型のゾンビに対して用いたらどうなるのだろうか。