第5話 甲虫帝魔との出会い
講師の指示を受けて受講者たちが散開したところで、俺は収納魔法から筋斗雲を出して乗った。
流石に子供たちに筋斗雲を見られたら、「あ、そんなのずるーい」だの「僕も乗ってみたいー!」だの言われて面倒なことになりそうだったが、彼らの姿が見えなくなった今、わざわざ徒歩で行く意味もなくなったからな。
あと、一旦は高度を上げて、森全体を見渡したいと思ったってのもある。
いい魔物がいそうな場所を、地形などから目星をつけられるかもしれないからだ。
高度を上げて、全体を見渡す。
すると……目星どころか「もう完全にここしかないだろ」ってくらいハッキリと、行く場所が確定した。
上空からパッと見ただけでも一際目立つ大木──いわゆる千年樹が生えていたのだ。
千年樹には、覚醒進化させると戦闘能力が飛躍的に増加する魔物が棲んでいる可能性が非常に高い。
そのことから、千年樹は昔から「テイマーの宝物庫」などと呼ばれていた。
前世では、テイマーによる魔物の乱獲が激しく、いい魔物がいるタイミングで千年樹に近づける機会は少なかったが……ここのテイマーがあんな調子なら、いい魔物が残っている可能性は大きいだろう。
早速、行ってみよう。
空中から千年樹に一直線で近づき、探知魔法を発動する。
……いるな。
俺は、目星をつけていた魔物のうちの1種類がそこにいるのを確認した。
収納魔法から、如意棒を取り出す。
これは決して、あの講師と同じ過ちを犯そうということではない。
千年樹に棲む魔物を手に入れるには、まず千年樹から魔物を振り落とさなければならないのだ。
前世の俺なら両手で千年樹を掴み、ユッサユッサと揺らしてやればよかったのだが、今の俺の身体能力ではそれは不可能だ。
だから、如意棒に頼ろうというわけだ。
とはいえ、千年樹を思いっきり如意棒で突くと、千年樹は根元から折れてしまって、非常にもったいない。
ここは、揺らし方を工夫しなければな。
俺は解析魔法で千年樹の質量や形状のデータを取得し、枝を使って地面に計算式を書いていった。
「……うん。周期はわかったぞ」
計算の答えを出して俺はそう呟き、如意棒を構えた。
そして俺は、それなりのスピードで如意棒の伸縮を繰り返し、千年樹を少しずつ周期的に突いていった。
すると……初めは微動だにしなかった千年樹が徐々に揺れ始め、しまいにはユッサユッサと大きく揺れていった。
俺が利用したのは、固有振動という物理現象。
あらゆる物体にはその質量や形状に応じて「固有振動数」というものがあり、特定の周期で力を加えてやると大きな振動を生むことができるのだ。
複数回に分けて木に力を加えるため、作用点を毎回ちょっとずつ変えてやれば木の一点に大きなダメージがかかることも無い。
まさしく、千年樹に優しい揺らし方ってわけだな。
しばらくすると、体長1メートル半にも及ぶ巨大な虫の魔物が落っこちてきて、姿を表した。
コーカサスオオクワガタだ。
凶暴な戦闘能力から「甲虫帝魔」の異名で呼ばれるこの魔物は、まさしく甲虫系最強。
流石に覚醒進化前から猪八戒より強いなんてことはないが……あの講師がコーカサスと戦おうもんなら、なす術もなく瞬殺されるだろうな。
『お主か、この我の眠りを妨げた不届き者は』
コーカサスオオクワガタは知能も高い。
それこそ、こうして従魔になる以前から念話で話しかけてくるくらいには。
『ああ、それについては申し訳ないと思っている。だが……俺は今回、それを償って余りあるくらい良いものをあげようと思って来たんだ。まずは、それを受け取ってはくれないか?』
『……? まあ、いいだろう。ただし──そこまで言って大したものじゃなかったら、殺すぞ』
話は通じそうなので、俺は収納魔法からビーストチップスを取り出し、コーカサスオオクワガタに与えた。
すると──
『……なんて美味しいんだこれは! おい人間、これ、もっと持ってないのか?』
『……あげたら、殺さないでもらえるんだな?』
『当たり前だ。こんな絶品をくれた者を、殺すわけがなかろう。なんなら、定期的にくれるなら従魔になってやったっていいんだぞ』
……おっと。
いきなり
まあ別に、これは決してこのコーカサスがチョロいってなわけではない。
ビーストチップスが、魔物の本能を根底から塗り替えるレベルで美味しく感じるようにできてるってだけの話だ。
『じゃあ追加でこれもあげよう』
俺は収納魔法から、更にビーストチップスを取り出した。
収納魔法の中のビーストチップスの在庫には限りがあるので痛い出費ではあるが、これは従魔契約時の必要経費みたいなものなのでしょうがない。
『ほう、こんなにもらえるのか。……う~む、美味しいぞ』
嬉しそうにビーストチップスを頬張るコーカサス。
追加分で出したビーストチップスも、あっという間に食べきってしまった。
『……さっき、これを継続的にあげるなら従魔になっても良いって言ったよな』
俺は本題に切り込むことにした。
『……ああ』
『正直言うと、今の食べ物──ビーストチップスの在庫は、そこまでたくさんは無いんだ。だから、これをあげられるのは月1くらいで、普段はこれと同じ味付けのゼリーを食べてもらおうと思うんだが……それでも良いか?』
『在庫が無いなら、仕方ないな。うむ、それで手を打とう』
コーカサスの返事に、俺はホッとした。
ビーストゼリーはビーストチップスと違い、割と手軽に作れる。
この確認を取ってるのと取ってないのとでは、今後の餌調達の負担が大違いだったのだ。
『じゃあ、契約魔法を使うぞ』
俺は念話でそう宣言し、従魔契約魔法を放った。
コーカサスの方もそれを受け入れているので、契約魔法は瞬時に成功した。
『これからよろしく』
『こちらこそ、な』
……こんなにも早く、従魔に理想的な魔物に出会えるとはな。
酷い内容の講習から来ていた不快感を帳消しにして余りある嬉しい出会いに、俺は心を躍らせた。
じゃあ、集合場所に戻るか。
◇
「な、な、な、何てものを連れてきたんですか君は!」
集合場所に戻ると講師はいきなりこちらを指差してきて、尻餅をついてそう叫んだ。
「うおお、なんか知らねえけどすっげえカッコいいやつ連れてきたぞ!」
「あの角マジかっけえ!」
「あんなん手に入ったら、戦わせなくても眺めてるだけで十分だわ……」
「なんつー迫力……ワクワクしてくるぜ!」
コーカサスをよく知らないであろう子供たちは、目をキラキラさせながらそう口々に言っている。
……まあ確かに、コーカサスがビジュアル面でも優秀なのは確かだな。
流石に「眺めているだけで十分」は無いが。
「あ、あの伝説の甲虫をテイム……? 私は悪い夢でも見てるので……しょう……か……」
「「「「「せんせー!」」」」」
……マジかよ。
講師の奴、コーカサスが衝撃的過ぎて気絶してしまうとは。
こうなってしまっては、とても彼らに正しいテイムの仕方を教えるどころではない。
とりあえず、今回はテイマーの教育状況の悲惨さを知れただけでも収穫だったってことにして、テイマーの教育改善についてはじっくり考えてくとするか。