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第49話 最強のスライム使い

「おいおい……まさかとは思うが、その棒が武器とか言わねえよな?」


如意棒を取り出した俺に対し、試験官は呆れたような笑みを浮かべつつそう聞いてきた。


……血筋かよ。

ディーアイ家の人間は、遺伝子レベルで如意棒を馬鹿にするようにでもできているのか。


まあ、あの2年次クソ首席の性格から察するに、家族に敗因を語ってなどいないとは予測してはいたがな。


そんな思考を巡らせていると、後ろからヒソヒソと話し声が聞こえてきた。


「あれが、棒切れ……ねえ」


「あんな呑気なこと言ってたら、とてもヴァリウスさんには勝てませんよ」


どうやらアイリアさんとメイシアさんは、試験官の態度に呆れているようだった。


敵は油断しているに越したことはないので、できれば静かに見守って欲しいのだが……まあ如意棒の本質に触れる発言でもないし、よしとするか。


どのみち、本命の不意打ちは如意棒での攻撃ではないしな。


……そうだ。

1つ、ちゃんと確認をとっておかねば。


「あの……武器って、数や種類に制限は無いんですよね?」


「無えよ。好きなもん使えばいい。けどだからって棒切れってのはどうかと思うけどな」


どうやら、問題無いようだ。

じゃあ、作戦通りいくとしよう。


「いつでもかかってこい!」


試験官が、そう威勢良く声を張り上げた。




それを聞くや否や──俺は如意棒に伸びろと念じ、試験官の顔の横スレスレを通過させた。


「……んだよそれ!」


試験官はギョッとした表情で、体勢を崩しかけた。



……今がチャンスだな。

そう判断し……次に俺は、如意棒は手放しつつ、空間転移で一気に試験官の懐に潜り込んだ。


同時に、俺は先ほど平べったく整えた()()()()を取り出し、試験官の顔に思いっきり投げつけた。


「んがっ!」


スライムが顔に張り付いて呼吸ができなくなった試験官は、あたふたともがきだした。



隙あり……というか、隙だらけだな。


俺は身体強化魔法を発動すると、前世で習った拳法の技を一通り叩き込み、試験官を場外まで吹き飛ばした。


ここまで、体感時間で約10秒。


合格は、確実だと思うのだが……


「ぅ……うぅ……」


……なるほど。

痛みで合否の宣言すらできないときたか。


まあ、手応え的には自然治癒任せなら全治6週間って感触だったしな。

治癒魔法で治すとしよう。



呻き続ける試験官に近づき、俺は治癒魔法を発動した。


「合否は、どうなるのでしょうか?」


「……もちろん合格だ。なんなら、Aランクにまで昇格させたいくらいだ。Bランク昇格試験で俺に怪我を負わせられるやつなど、かつて存在しなかったんだしな」


俺が質問すると、試験官はそう答えた。


「……というか、今のお前の動きは何だったんだ? そもそもあそこまで急激に長さが変わる棒なんて、聞いたこともないんだが」


試験官は立ち上がりながら、そう質問してくる。


「如意棒という武器です」


「如意棒……聞いたこともねえな。まあいい。あと、お前の縮地法、一体どんな練度をしてやがんだ? この俺が対応できねえ縮地法の使い手なんて、そうそういねえはずなんだが」


「あー、その……ちょっと説明が難しいタイプの縮地法です」


そもそも縮地法ではないけどな。

縮地法と神通力を用いた空間転移では、原理からしてまるっきり別物なのだし。


まあ説明しづらいので、とりあえずそう答えておいたけれどな。


「そういえば……ちょっと前に俺の従妹が『決闘を挑もうとしたら、対応不可能な技で姿を眩ましてくる奴がいる』とか言ってたな。それって、もしかしてお前だったりするのか?」


「さあ……」


試験官の鋭い推察に、俺はお茶を濁した。

俺はただ面倒だからいつも逃げているだけなのだが……中には、「決闘から逃げるなど恥だ」とかいう価値観を持っている人もいるだろうからな。


だが……


「別に隠すことはねえよ。俺であんな無残な負け方するなら、あいつに勝ち目なんて元からねえしな」


試験官はそう言って、俺の肩をポンポンと叩いた。


……どうやら杞憂だったようだ。

同じディーアイ家でも、試験官は完全にいい人だ。

あの性格は、血筋ではなかったらしい。


「じゃあ、戻ってさっさと昇格の手続き済ませるぞ。お前ら、ついてこい」


試験官にそう促された俺たちは、ギルドの受付まで戻ることにした。







「それでは皆さん、試験お疲れ様でした。こちらがBランクのギルドカードとなります。無くさないように、大切にお持ちください」


受付に戻ってしばらくすると、受付嬢が新しいギルドカードを持ってきて、俺たちに渡してくれた。


「Bランクの依頼となりますと、Cランクのもの以上に危険も増えます。昇格したての頃が一番命を落としやすいので、くれぐれも安全には気をつけて活動してくださいね」


受付嬢はそう言って、俺たちに微笑んだ。




「しっかしまあ、急に受験者が1人増えるって聞いたときは何事かと思ったけどよ……まさかヴァリウスだったとはなあ。いくらなんでも昇格早すぎねーか?」


緊張が解けたのか、メイシアさんはそんな感想を漏らした。


「まあ、急いだので」


「『急いだ』って、そんな次元じゃないですよね……」


「まあヴァリウスらしいっちゃらしい、のかもな……」


俺が答えると、2人は思い思いの言葉を口にした。



……そうだ。

こんな他愛もない会話をしている場合ではないな。

自決島の件、聞いてみなければ。

断られたら、その時はその時で考えもあることだし。


「それでなんですけど……もし良かったら、また臨時パーティー組みませんか? 俺、自決島行きたいなって考えてるんですが……」


俺はそう切り出してみた。


すると……2人の表情が、完全に固まった。


「……今なんつった?」


「自決島、とか聞こえましたが……空耳でしょうか?」


2人は信じられないといった表情で、そう返してきた。


「いえ、本当に自決島ですよ。あそこでどうしても集めたい材料があるのですが、ギルドの規則で俺1人だと教えてもらえないらしくて……」


「「いやいやいやいや!」」


俺が詳細に説明すると、2人は首を横にブンブン振りながらそう言った。


「そんなの……私たちじゃ、足手まといにしかなりませんよ?」


「いやアイリア、そりゃアタシらはAランク扱いされるための人数合わせに決まってんだろ。そもそもヴァリウスからしたら、世の中全員足手まといみたいなもんだろうしさ。けど……いくらなんでも、自決島は遠慮してえよ……」


どうやら、2人とも本気で行きたがらなさそうな様子だった。


となると……次の手を打つしか無いな。


「分かりました。では……臨時パーティーの申請だけして、実際に自決島には行かず、帰還の申請をして解散ってのはいかがでしょう? 俺としては最悪、自決島の場所さえ聞き出せればそれで構いませんし」


そう。

パーティーを結成して行き先だけギルド職員から聞き出し、その後すぐに解散するのだ。

そしてそのあと、ギルドとは無関係に、俺が単独で自決島に行けばいいってわけだ。


これだと冒険者としての実績にカウントしてもらえないのはネックだが、2人が自決島に行きたがらない以上、背に腹はかえられない。


ドアインザフェイス効果──初めに無理難題を言い、そのあと妥協として本命の頼み事をすると聞いてもらいやすくなる効果──を狙った、この交渉。

果たして、2人はどう出るだろうか。


そう考えていると……返事は、なんとアイリアさんでもメイシアさんでもなく、受付嬢から返ってきた。


「あの……ヴァリウスさんって、自決島に行けさえすればそれでいいんですよね? でしたら、わざわざその2人に臨時パーティー結成をお願いするよりもいい方法があります。精鋭学院の理事長権限で、冒険者ランクを1つ上げましょう」


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