第42話 期待以上だった
『準備はできた』
しばらく待っていると……アルテミスは少女の姿をとり、そう伝えてきた。
『神通力の質も、十分変化したみたいだしな。約束通り、ご褒美をやるとしよう』
気合いを入れるためか……アルテミスは、指の関節を数回ポキポキと鳴らした。
『ご褒美ってのは、どういうものなんだ? また前みたいに、俺に力を分けてくれるのか?』
とりあえず、一番気になっていたことを質問してみる。
すると……
『いや、違うな。力を分け与える、というのはある意味ではそうかもしれないが……今回は、その対象は、そこのヴァリウスの従魔だ』
アルテミスはコーカサスを指差し、そう言った。
『つまり……コーカサスも神通力を得る、という事か?』
『いや、それも違う。今回、私は……ヴァリウスの従魔を、覚醒進化させようと思うのだ』
それを聞いて……俺は、肩を落とした。
コーカサスの覚醒進化なら、既に済ましてあるからだ。
もしそれが「ご褒美」の内容なのだとしたら……実質、ご褒美は皆無という事になる。
今までハイルナメタルを作ってきたのは、完全に無駄足だったという事になってしまうのか。
いや、それとも……覚醒進化の対象を、コーカサスではなくベルゼブブにしてもらうことが、できたりはしないだろうか?
ベルゼブブは厳密には俺の従魔では無いので、原理的に可能かどうかは不明だが……もし可能なら、一応、強力な味方が増えることにはなるのだが。
そんなことを考えていると……アルテミスが、俺の肩をポンポンと叩いた。
『なあに、そんな顔をするな。おおかた、私による覚醒進化と麒麟による覚醒進化が被って、意味を為さなくなると思っているのだろう? 心配しなくていい。2つの覚醒進化は、ちゃんと相乗効果を発揮するぞ』
アルテミスの発言に、俺は心臓が飛び出そうになった。
それって……覚醒進化の上に、更に覚醒進化分の強化が上乗せされるって意味か?
だとしたら、期待以上……というか、完全に想定外の圧倒的戦力が手に入る事になるんだが。
『……そうなのか?』
『ああ。そうだな……名付けて、重覚醒進化、でどうだ?』
重覚醒進化、か。
圧倒的な強化に相応しい名前だな。
興奮で発狂しそうになるのを抑えつつ、俺はこう返した。
『分かった。頼んだ』
すると、アルテミスはコーカサスの側へと歩いていき、コーカサスに向けて手をかざした。
直後、コーカサスは光に包まれる。
そしてその光は、見覚えのある感じで7色に変化し……やがて収まっていった。
うん、視覚効果に関しては、完全に覚醒進化のそれだったな。
実際にどうなったのかは……直接、コーカサスに聞いてみよう。
『コーカサス、どんな感じだ?』
『おお……素晴らしいぞ! この力が無限に湧き出るような感覚……実に懐かしい』
懐かしい、か。
ということはやはり、確かに覚醒進化分の力が上乗せされているのだろう。
こうなると、今後がかなり楽しみになってくるが……喜ぶ前に、これだけは聞いておこうか。
『身体に異常とかは無いか?』
『ああ。何も問題無いぞ』
覚醒進化の上に覚醒進化。
前代未聞の強化方法なだけに、身体に負担がかかったりはしてないか若干気になったが……どうやら杞憂だったようだ。
何よりだ。
これで、手放しでこの事態を喜べる。
そう思っていると……アルテミスが、こんなことを言い出した。
『じゃあ次は、そっちの従魔だな』
アルテミスは、今度はベルゼブブの方を指す。
……うん?
なんか凄く自然に話が進んで行ってるが……これってもしかして、ベルゼブブまでも覚醒進化させてもらえるってことなのか?
そこまで来ると、ありがたいって以上に、申し訳ないって気持ちも湧き上がってくるな。
けど……ベルゼブブを覚醒進化させるとなると、実は1つ、懸念点があるんだよな。
『……ちょっと待ってくれ。ベルゼブブも覚醒進化させてくれるというのは嬉しいんだが……実はそいつ、俺の従魔ではないんだ。それでも大丈夫なのか?』
例えば、従来の覚醒進化方法なら……覚醒進化の対象に設定できるのは、自身の従魔だけだ。
順当に考えれば、俺の従魔ではないベルゼブブは、覚醒進化できないという事になってしまうのだが。
『……そうなのか? できなくはない気がするんだがな……』
しかし。
俺の懸念とは裏腹に、アルテミスは不思議そうな表情でそう返してきた。
まあ確かに、従来の覚醒進化とアルテミスによる覚醒進化は、全くの別物っぽいからな。
試してみる価値は、あるのかもしれない。
『じゃあ、一応試してみてくれ。上手くいけば万歳、って感じでな』
俺がそう返すと……アルテミスはベルゼブブの側へと歩いていき、ベルゼブブに向けて手をかざした。
するとその直後、ベルゼブブは光に包まれる。
そしてその光は、先ほどと同じように7色に変化し……やがて収まっていった。
うん、ここまでは同じだな。
ということは……まさか、成功か?
『ベルゼブブ、今どんな感じだ?』
『……え、え、え、何だこれ? 何だこれ! マジで今の俺チョー強え感じがするんだけど!?』
……マジか、スゲえ。
これはかなり儲けもんだな。
『ありがとう、アルテミス。どうやら、成功みたいだ』
『だろ? 何も心配なかったってことさ』
アルテミスは、親指を立ててそう言った。
そして……こう続けた。
『それで……もしよかったら、これからもハイルナメタル作り、引き続き頼めないか? まあ、無理にとは言わないが……』
『構わないぞ。ただ……これからちょっと忙しくなるのでな、今までみたいなペースでは、無理だと思う』
ここまでしてくれたんだ。
俺としても、この恩に報いたいという気持ちはある。
だが……朱雀が、いつ動き出してもおかしくはない状況だ。
今回のことで覚醒進化素材集めもできるようになっただろうし、そういった作業にも力を入れ、余念無く対策を進めていきたいところでもある。
だから……申し訳ないけど、ハイルナメタルの精製の優先順位は、ちょっと今は低めになってしまうんだよな。
『それは構わない。どうせ、私の方が寿命は長いのだしな。ゆっくりでいいから、これからもよろしくな』
しかしありがたい事に、アルテミスはそのことは気に留めていない様子だった。
確かに、アルテミスの寿命、また彗星が月に衝突したりしない限りはほぼ永久だもんな。
気長に精製させてもらうとしよう。
俺は収納魔法を発動し、前回来た時と同じくらいのルナメタル鉱石を収納した。
『じゃあ、またな』
『ああ。いつでも連絡してくれよ』
そう挨拶を交わし……気付くと俺たちは、アルテミスの力で如意棒の先まで転送されていた。
◇
地上に着くと、ベルゼブブがこんなことを言い出した。
『なあ……ちょっとだけ、ちょっとだけでいいからさ、一人で狩りしてきてもいいか? どうしても、新しい力試してみてーんだよ……』
ベルゼブブは、今にも出かけたいといった様子だった。
『……良いだろう。気持ちはよく分かるからな。……ヴァリウス、構わないか?』
それに対し、コーカサスは許可を出しつつ……俺に、そう確認を取ってきた。
『コーカサスが良いなら良いんじゃないのか?』
ベルゼブブはあくまでコーカサスのパートナーなので、俺に許可を求める必要は無いと思うのだが。
そう考えつつ、俺はそう返事した。
……あ、でもこれだけは言っとくか。
『ただ、俺たちは先に筋斗雲で帰路に就いとくぞ。だから……戻ってくるときは、そこに合流するようにしてくれ』
流石に、この赤い湖の近くで待つのは嫌だからな。
『オッケー!』
ベルゼブブはそう返すと……勢いよく飛び去っていった。
◇
1日後。
筋斗雲の上で、昼寝しつつ帰路を進んでいると……ようやく、ベルゼブブが戻ってきた。
それも……どう考えても似つかわしくない、巨大な獲物を抱えてだ。
『どうだ! ワイバーン獲ってきたぞ!』
ベルゼブブは自信満々な様子だった。
『む……我が4年前獲ってきたやつより、一回り大きいではないか……』
対照的に……コーカサスは、ちょっと悔しそうにそう返していた。
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