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第38話 黒幕の始末──後編

「く、来るなああああぁぁぁ!」


ザクエルは涙目になりながら、そう叫ぶ。

俺はそれに構わず、ザクエルの近くまで転移してからルナメタル製の剣を突きつけた。


「朱雀の居場所を言え」


試しに、俺はそう聞いてみた。


「し、知らん! 朱雀様とは、行き先も聞かずに別れたんだぁっ!」


ザクエルは身体の埋まってない部分をバタバタさせながらそう答えた。


……そんなことがあるものだろうか。

朱雀の補佐役である堕天使ザクエルが、主人である朱雀と完全に別行動をとるとは考えにくいのだが。


そう不思議に思いつつも……俺は、ザクエルをこれ以上拷問にかけるのはやめることにした。


今のザクエルは、狂乱状態となってしまっている。

ここから情報を聞き出すには、ザクエルを落ち着かせなければ話にならないだろう。


だが、今ザクエルを落ち着かせるのは悪手だ。

というのも、天使は神と同じく、死んだら何度でも転生できる。

つまり……自決できる精神状態に持って行かせるのは、かなり危険な賭けなのだ。


そもそも、ダメ元で聞いてみただけだったしな。

コイツはもう殺そう。


そう決め、俺はコーカサスに念話でこう伝えた。


『コーカサス、そろそろ防御に徹してくれ』


ザクエルが消滅し、ヘルクレスが弱体化した瞬間にコーカサスの攻撃を受けたら、ヘルクレスはまず間違いなく死ぬ。

今のは、それを避けるための指示だ。


『分かった。おいベルゼブブ、ここからは専守防衛だ』


コーカサスの返事を聞いたところで……俺はルナメタル製の剣に最大限の神通力を込め、ザクエルに突き刺した。


「ギャアアアアアァァァ!」


ザクエルは断末魔の叫びをあげながら……次第に透明度をあげ、遂には完全に見えなくなった。


うん、これは明らかに神や天使の死に方ではないな。

おそらくこれが、「完全に消滅」ってやつなんだろう。



そう考えていると、近くからドサッという音が聞こえてきた。


振り向くと、ヘルクレスが逆さまに地面に落っこちていた。


「グゥ……」


ヘルクレスは、そう弱々しい鳴き声をあげる。


急にザクエルによる強化がなくなり、力が抜けてバランスを失ったみたいだな。


やはり、「ザクエルが消滅したらヘルクレスも弱体化する」という仮説は当たっていたのだろう。

ならばおそらく、ザクエルに課せられたペナルティや制約も、今では完全に消え去っているはず。


今なら、ヘルクレスがザクエルからどんな扱いを受けていたのかとか、色々聞き出せるかもしれないというわけだ。


『ヘルクレス。今、動けそうか?』


とりあえず、俺は念話でそう聞いてみた。


『お主は……コーカサスの主人か。ああ。急に力が抜けて面食らったが、飛ぶことくらいはできるぞ』


『そうか。じゃあ俺たちは、さっきお前がコーカサスと戦った場所まで帰るから、ついてきてくれ』


ヘルクレスが飛べると分かったところで、俺は筋斗雲に乗った。


ヘルクレスの回復を待たないといけないようなら、その間に話を聞こうかと思ったが……これなら、帰りがてらに聞けばいいだろう。


すぐに、ベルゼブブも筋斗雲に乗ってきた。

だが、コーカサスは乗ろうとしなかった。


『コーカサス、どうした?』


『ヘルクレスは、その雲には乗れんだろう? 久しぶりの再会だし、ヘルクレスが飛んでついてくるなら、我も一緒に飛ぼうと思ってな』


『そうか』


そういう理由なら、と思い、俺は筋斗雲を加速させ始めた。







『それでヘルクレス。我が千年樹を離れてからは、どうしておったのだ?』


帰り道。

俺はヘルクレスに色々質問しようと思っていたが……どうやらコーカサスも同じことを考えていたようで、コーカサスが先にそう質問していた。


この分なら、俺はただ聞き耳を立てておけば良さそうだな。


『1か月ほどは、ただいつも通り千年樹に棲んでおった。コーカサスが森を離れているとは、思いもよらなかったからな』


ヘルクレスは、ポツリポツリと語りだした。


『我の番である1か月の期間が過ぎても、しばらくは千年樹を離れなかった。まあ、長く千年樹にいられてラッキー、くらいに思っておったのだ』


『なるほど』


『だが……3か月を過ぎたあたりから、我も疑問に思い始めた。コーカサスは一体どこへ行っているのか、とな。それから、千年樹を拠点に、さまざまなところをフラフラする日々が始まった』


『ほう』


……あれ。

これ、「フラフラする日々」の話が始まったらキリがないやつじゃないか?


それを聞いてたら、いつまでも核心にたどり着けなさそうだな。


そう思った俺は、ちょっとだけ口を挟む事にした。


『二匹とも、ちょっといいか? できれば、ヘルクレスが支配者に会ってからの話を、先に聞きたいんだが……』


すると……


『ヘルクレス、ヴァリウスの言う通りにしてくれ。我も、そこが一番気になっておったしな』


『分かった。そこから話そう』


二匹とも、快諾してくれた。


再び、ヘルクレスが語りだした。


『あやつと会ったのは、6日ほど前のことだ。6日前、我はこの森の近くをフラフラしておったのだが……そこに、あやつが現れたのだ。そして、こう聞かれたのだ。力が欲しいか、とな』


『ほうほう』


『より強大な力を欲するのは我らの本能なのでな、我は二つ返事で承諾してしまった。だが……今思えば、それが間違いだったのだ』


この辺で、ヘルクレスの念話のトーンが少し下がった。


『返事をした直後……我の力は、確かに膨れ上がった。だが……その際、我の行動は完全にあやつに支配されてしまったのだ』


ヘルクレスの念話のトーンは、いよいよ辛そうになってきた。


『強大な力と引き換えに得たものは、強制労働としての雑魚狩りを強いられる日々。あやつの傀儡(かいらい)としての日々だった。力を得たにも拘らず、強敵に一切挑ませて貰えない。そんな中、我は喜びを見出せなくなっていった』


『それは……酷いな』


ヘルクレスの話に、コーカサスが同情した。


『だが、転機は訪れた。コーカサスが威嚇の魔力波を放った時……なぜか、あやつは我に戦う許可を与えたのだ。我と対等に戦えるであろう相手、それも長年探していた相手との戦闘に、我は久しぶりに喜びの感情を取り戻せた』


『それで、あんな速度ですっ飛んできたのだな』


『ああ。結果的には負けとなったが……それでも、あやつに支配されてからの日々では、あの時が一番楽しかった。まああの時には、まさかお主らがあやつを倒してくれるとは思ってもみなかったがな。礼を言う』


ヘルクレスは、そう締めくくった。

それから、二匹は再び過去の話に花を咲かせ始めた。




……強制労働としての雑魚狩り、か。

ギルドの職員は、ヘルクレスが人里で暴れて困っていると言っていたが……それも、その「強制労働」の一環だったんだろうな。


まあそれでも、ヘルクレスが暴れた事実には変わりないので、処刑という意味でヘルクレスを討伐しなければならないかもしれないが……事と次第によっては、ヘルクレスの生存ルートを見出せるかもしれない。


とりあえず、アイリアさんとメイシアさんにもこの話をするか。


そう決めたところで……二人の姿が見え始めた。







俺はヘルクレスが語ってくれた一部始終を、二人に話した。


すると……メイシアさんが、こんな提案を出してくれた。


「だったらさ……ヴァリウスが、ヘルクレスを従魔にしたらいいんじゃないのか?」


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