第37話 黒幕の始末──中編
ある程度進み、アイリアさんとメイシアさんの姿が見えなくなったところで、俺は収納魔法からルナメタル製の剣を取り出した。
メイシアさんは剣士だ。
俺がルナメタル製の剣で戦うとなれば、おそらく興味を持つだろうが……残念ながら、これは神通力を持たない限り、まともに武器として使うことはできない。
かと言って、「まずは神を助けて、力をもらってください」とか言おうもんなら、遠回しに剣術の伝授を断ったと受け取られるかもしれない。
だから俺は、あの場ではこの剣を取り出さなかった。
まあ要は、メイシアさんが勘違いで傷つかないための配慮ってとこだな。
……さて、ザクエルの討伐だが……おそらく、俺が1対1で戦うって形で大丈夫だろうな。
ザクエルは朱雀の補佐役というだけあって、朱雀と同じ「強力な配下を錬成する力」を持っている。
だがその反面、本人の戦闘力は朱雀さえも下回るのだ。
朱雀が相手なら、コーカサスの補助ありで戦おうと考えていたが……今の俺の戦闘能力なら、ザクエル相手ならその必要は無いだろう。
いつも従魔に戦いを任せっきりになりがちな分、たまにはそこそこの強敵を単独撃破もしてみたいからな。
そうするとしよう。
そう考えていると……移動しつつも引き続き千里眼で監視していたヘルクレスとザクエルに、動きがあった。
彼らは、急に慌てふためきだしたのだ。
どうやら、今になって俺たちの尾行に気づいたみたいだな。
だが、もう遅い。
ザクエルのことだ。
おそらく、配下のヘルクレスがザクエルを裏切らないよう、ヘルクレスに何らかの制約を課していたはずだ。
制約の内容は……朱雀のものと同じなら、「裏切ったら死ぬ」といったところか。
仲間の裏切りさえ無ければ、対策は万全。
ザクエルは、そう考えていたのだろうな。
だが、それこそがザクエルの最大の誤算だったのだ。
俺がヘルクレスに気づかれずヘルクレスを尾行できたことが、ザクエルにとって致命的となり──今の慌てふためきように繋がっているのだろう。
そのまま監視を続けていると……ザクエルは、俺たちを迎え撃つかのような位置に、ヘルクレスを配置した。
それを見て、俺はコーカサスにこう伝えた。
『コーカサス。悪いが、もう一度ヘルクレスの相手をしてくれないか?』
『構わんが……なぜだ?』
『今のヘルクレスは、支配者を裏切ったら死ぬ、といった類の制約を課せられてる可能性が大きい。ヘルクレスを生かすには、支配者を殺すまで、俺たちのうちの誰かがヘルクレスと戦わなければならないんだ』
コーカサスが、ヘルクレスに戦いを傍観するよう命令すれば、ヘルクレスはそれに従うかもしれない。
だが、それだとヘルクレスがザクエルのペナルティを受けることとなってしまう。
今回のケースでは、厳密にはヘルクレスには非は無いからな。
できれば、生かしてやりたいところなのだ。
もっとも、俺たちはヘルクレスの討伐依頼を受けて来ているわけだが……まあそれは、今考えることではない。
とりあえず、目の前のことに集中だ。
『ヘルクレスの支配者は、俺が殺す。だからコーカサスは、俺と支配者の戦いをヘルクレスが邪魔できないよう、戦い方を工夫してくれ』
『分かった』
『コーカサスのための戦いは、さっき決着がついたからな。ベルゼブブも、今回はコーカサスに加勢していいぞ』
『……え、マジで? いぇいいぇーい!』
そんな感じで、この戦いにおける役割分担が固まった頃。
ついに、ヘルクレスとザクエルが肉眼で見える位置までやってきた。
と、ほぼ同時に……ヘルクレスが、強力な結界を展開した。
是が非でも、正面突破は防ぐといったところか。
確かに、あの結界を破壊しようと思ったら、コーカサスが全力を出しても数秒はかかるだろう。
ああなっては、筋斗雲の勢いに任せてザクエルに到達するというのは、ほぼ不可能だ。
だが……正面からの対策に力を入れてる分、
「貰った」
俺はそう呟くとともに……空間転移を発動し、単身ザクエルの背後に回りこんだ。
ルナメタル製の剣に神通力を流し、ザクエルの首に斬りつける。
「──!」
気配を感じ取りでもしたのか、ザクエルは咄嗟に身を捻ったが……それでも半分くらいは、ザクエルの首を斬り落とすことができた。
「なぜ……貴様が空間転移を……!」
ザクエルは目を見開き、そう叫ぶ。
それからザクエルは……今しがた負った傷を確認し、ワナワナと震えだした。
「貴様……まさか殺す気か!」
どうやら今ので、ザクエルは俺が神通力持ちの人間だと確信したみたいだった。
「おのれぇ、麒麟め……ついにやりおったか!」
ザクエルの目は、見当違いな怒りに染まってゆく。
俺の神通力、アルテミス由来なんだけどな。
「死ぬのは貴様の方だ!」
ザクエルはそう叫ぶと、無数の神通力のエネルギー弾を俺に向けて放ってきた。
……遅い。
ザクエルの技を見て、俺はそう思った。
ザクエルが一発のエネルギー弾を放つ間に、孫悟空なら何十回かは如意棒で突いてきているだろう。
そんな攻撃は、止まっているようにしか見えない。
まあ俺の身体能力も、まだ転生前の水準までは戻っていないが……ザクエルの攻撃程度なら、全力の半分程度の身体強化で全て避けられるのだ。
ザクエルのエネルギー弾を躱し終わると、俺は剣を構え直した。
「ならば、これでどうだ!」
ザクエルがそう叫んだ直後。
急に、ザクエルの動きが倍速程度に早くなった。
……いや、違うか。
これはむしろ、「時空干渉」によって俺の時間の流れを緩められたのだろう。
勝ちを確信でもしたのだろうか、ザクエルは俺の首根っこを掴もうと飛びかかってくる。
だが……
「無駄だ」
俺は身体強化を半分の力から全力まで引き上げ……元のスピードに戻り、ザクエルにカウンターをかました。
同時に、ザクエルの右腕が飛ぶ。
「グアアアアアアアァァッ!」
ザクエルは切断された箇所を押さえ、呻き声をあげた。
「次で終わりだ」
俺はそう言って、もう一度剣を構えた。
すると──
「こ……こんな所で死んでたまるか!」
ザクエルは、そう叫んだかと思うと……目の前から姿を消した。
空間転移か。
だが、遠くに逃げられたわけではないだろう。
俺の時間の流れを2分の1にするので精一杯だったような奴だ。
遠くに逃げられるほど、神通力の熟練度が高いとは思えない。
そう思い、辺りを見渡すと……とんでもないものが、目に入った。
「し、しまったぁー!」
そう絶叫するザクエルは……転移先をよく確認してなかったのか、半身が木に埋まっていた。