第36話 黒幕の始末──前編
黒幕の正体どころか、対処法まで完璧に把握できたわけだし、後はヘルクレスを尾行するだけとなったな。
だが……それには、一旦はヘルクレスを解放する必要がある。
一応、パーティーメンバーの許可は取らなくては。
「アイリアさん、メイシアさん。一旦、ヘルクレスは解放します。ちょっと、予定より冒険が長引いてしまいますが……ご了承ください」
「いいけど……何でだ?」
メイシアさんは、あっさりと許可を出してくれそうだった。
ありがたい。
一応、ちゃんと筋を通すため、要点をしっかりと説明しておこう。
「今のヘルクレスは、ヘルクレス本来の力を大幅に超えた強さを持っていました。つまりヘルクレスは、何者かによって不当に強化されていたんです。その大元を捕らえなければ、根本的な解決にはなりません。ですから、今からそいつを、引っ張り出したいんです」
そう言うと、2人は顔を見合わせた。
「マジかよ……。あんなんBランククラスじゃねーだろって思ってたけどよ……強化されてたんか。」
「その割には、コーカサスさんが終始有利でしたけどね」
アイリアさんは、コーカサスの方に視線を向けた。
「俺のコーカサスは、覚醒進化という……まあ、テイマーの強化魔法みたいなものを、かけてましたから」
「テイマーって、そんなことできたんですか……」
我ながら、厳密さの欠片も無い説明だな。
まあ納得してくれた様子なので、それでよしとしよう。
「でさ。一旦解放するってのはつまり、尾行だよな? あんな強え奴に、気づかれずに尾行なんてできんのか?」
「そこは任せてください」
メイシアさんの問いに、俺は胸を張ってそう答えた。
メイシアさんの疑問はもっともだ。
俺だって、普通の方法では、ヘルクレスに気づかれず尾行するなんて不可能だ。
だが……今の俺には、神通力がある。
いくらヘルクレスが強いとはいえ、千里眼の逆探知なんてできるはずがないのだ。
てことで、一応話は通したし……あとはヘルクレスを帰らせよう。
『コーカサス。ヘルクレスに、帰るように言ってくれ』
俺は念話でそう頼んだ。
甲虫系魔物はプライドが高い反面、負けた場合は勝者の言葉に逆らわないという。
流石に、朱雀を面と向かって裏切らせる行為はできないよう細工されてるだろうが……この程度の、一見何ら裏切りにならない命令くらいは、聞いてもらえるはずだ。
そう考えているうちにも、コーカサスはヘルクレスの方に向き直る。
『ヘルクレス、帰れ』
『……それが勝者としての要求か? 随分と軽いものだな』
『……早くしろ』
『ああ』
そして……思った通り、ヘルクレスはあっさりと承諾した。
直後、ヘルクレスは地面から抜け出したかと思うと、羽音を立てて一気に遠ざかっていった。
さあ、尾行開始だ。
俺は千里眼を発動し、ヘルクレスの行方を追い始めた。
……うん、気づかれてる様子はないな。
今のところ、順調に行っていると言えるだろう。
そうして、監視を続けていると……メイシアさんが、こう聞いてきた。
「なあ、ヴァリウス……ヘルクレスを強化した奴ってのは、どんな奴だと思う? でっかいアジトとか、持ってたりするんか?」
「いえ、持ってないでしょう。黒幕の正体は、さっき俺が呼び出した、龍と牛と馬を合体させたような奴が施した封印から逃れた奴なんですが……そいつは、設備なしでヘルクレスを強化できる奴なので」
朱雀が基地を建てるなんて、聞いたことないしな。
それに、朱雀が解放されたのが一週間ほど前である以上、基地を建設する時間なんてありはしなかっただろう。
「な、なるほど……。じゃあ、ヘルクレスがそいつの元に戻ったら、即刻かち合いに行くことになるってわけか」
「そうですね」
ヘルクレスが最高速に達したのを確認しつつ、俺はそう返事した。
しばらく、沈黙が続いたが……メイシアさんは、今度は声を低くして、こんなことを言い出した。
「……なあ、アタシたちってさ……黒幕と戦う時、足手まといになったりしねえかな?」
「……なぜそんなことを?」
「いや、アタシたちってさ、Cランクの中では腕に自信がある方だと思ってたし、それで今回このパーティーに参加したけど……もうこれさ、どう考えてもBランクじゃ手に負えねえ事態になってんじゃん?」
……なるほど、その心配か。
確かに、一理ある。
朱雀は強力な配下を錬成できる一方で、本人の戦闘力は割と大したことないのだが……キリングジャブの討伐に時間をかけるようでは、申し訳ないが、足手まといと言わざるを得ない。
けど……それ、言いにくいんだよな。
アイリアさんもメイシアさんも、目上の先輩冒険者なわけだし(もっとも、転生前も含めりゃ俺の方が先輩ではあるが)。
どうにかして、オブラートに包んで言いたいものだな。
俺は少し考え、こう言うことにした。
「足手まといではありませんが……黒幕を発見次第、この雲で全速力で追跡したいとは考えています。ですので、申し訳ございませんが、お2人を置き去りにはしてしまうことになるかと」
戦闘の話を、移動手段の話にすり替える。
これだけでも、2人の心理的ダメージは段違いに減るはずだ。
「あー、あのキリングジャブを追いかけた時の、超高速移動か」
「黒幕に逃げられたら、困りますもんね。……私たちのことは気にせず、行ってきてください。応援してます」
どうやら思った通り、2人を傷つけずには済んだみたいだった。
そうだ。
こんな話題になってることだし、ついでにこれも確認とっとくか。
「あと、もう一点あるんですが……今回の黒幕は、始末する際、跡形もなく消滅させることになると思います。そうなったら、黒幕の証拠は残らなくなってしまいますが……構いませんか?」
「ああ。アタシはヴァリウスを信じるぜ」
「私もです」
麒麟曰く、神通力を用いて朱雀を討伐したら、朱雀は完全に消滅するらしいからな。
「何も討伐してないじゃん」って思われたらアレだと思ったのだが……問題ないみたいだな。
まあ、「ダメです」と言われても、こればっかりはどうしようもなかったのだが。
とにかく、これで心置きなく朱雀を始末できるってわけだ。
そう思っていると……ついに、ヘルクレスが黒幕らしき人影に近づいていっているのが
その人影に焦点を当てる。
すると……俺は、1つの事実に気づくこととなった。
……あれ、朱雀本人じゃないな。
前世で一度、俺は凝視魔法で麒麟の体内に封印された朱雀の姿を見たことがあったが……奴は、頭上に輪っかをつけたような外見ではなかった。
おそらくは……朱雀の使徒である、堕天使ザクエルといったところか。
まあ、どっちみちこれから始末しに行くのだが。
ザクエルも朱雀と似たような能力を持っているので、今回の黒幕には変わりないだろうからな。
「尾行完了しました。行ってきます」
俺はそう言い残し、筋斗雲を加速させた。