第35話 解かれた封印
さて、どうしたものか。
まあ、黒幕を探すだけなら、ヘルクレスを帰路につかせて千里眼で監視すればいいだけの話だが……黒幕の正体について、なんの事前情報も無いのは不安だしな。
何か、情報を得るいい方法は無いか……。
そう考えていると、ふいにアルテミスから通信が入った。
『ヴァリウス、ちょっといいか?』
『あー、今ちょっと取り込み中なんだが……急用か?』
『いや、急用ってわけではないんだが……ちょっと、話そうかどうか迷ってたことがあってな。だいぶ落ち着いてきたから、話そうと思ったんだ』
アルテミスは、何とも歯切れの悪そうな様子だ。
本音としては、今それどころではないのだが……なんか大事な話っぽいしな。
ちょっとだけ、聞いてみるとするか。
『長くなりそうなら、後でじっくりと聞く。だが、そうじゃないなら……手短に頼む』
『実はな。ヴァリウスをあの伸びる棒に転送したちょっと後にな……麒麟の容体が、急変したんだ』
『……麒麟が?』
俺は耳を疑った。
麒麟は厳密には生物ではないので、病気にかかったりすることは一切ないのだが……1つだけ、麒麟が体調を崩す条件があるのだ。
まさか、それが起こったというのか?
とりあえず、詳細を話してもらおう。
『一体どうなったんだ?』
『私はすぐ、麒麟を帰らせた。そして麒麟が帰った後は、千里眼で看病をしてみたんだが……麒麟は、丸一日ほどうなされていたんだ。そしてその後、麒麟は激しい嘔吐をして、それから快方に向かってった感じだったな』
『そうか……』
嘔吐、か。
やはり、思った通りのことが起きたみたいだな。
麒麟の役目は、大きく分けて2つある。
一つ目はもちろん、素材交換や覚醒進化などの、「魔物加護系統」の役割。
そしてもう一つは、人間に害を成す邪神を体内に閉じ込める「四神封印」の役割だ。
だが、麒麟の体内に閉じ込められた邪神たちだって、抵抗しない訳ではない。
一定の周期で、麒麟には限界が来て、
そう考察していると、アルテミスがこう言ってきた。
『隠すつもりとかは、なかったんだけどな。本当はもっと早く言えばよかったのかもしれないが……様子が落ち着くまで見届けてから、話したかったんだ。すまない』
『いや、いいんだ。さっき俺は、取り込み中だとか言ったが……アルテミスが今の話をしてくれたおかげで、むしろその件は解決に近づきそうだ。ありがとう』
『そうなのか? それは良かった』
そう。
実は、邪神の解放と強化されたヘルクレス、実は無関係ではないかもしれないのだ。
まあ実際に関係あるかどうかは、四神のうち、俺が想定している邪神が解放されてたらの話なのだが……それはアルテミスに聞いてもしょうがないしな。
麒麟も快方に向かってるらしいし、召喚して大丈夫そうなら召喚して詳細を聞き出すか。
『麒麟は、今は召喚しても大丈夫そうか?』
『そうだな。もうだいぶ体調も戻ったっぽいし……召喚していいと思うぞ』
『分かった』
俺はそう返事をして、アルテミスとの通信を切った。
さて、今度は麒麟だな。
前、素材交換以外の用で呼び出したら怒られかけたけど……今回は相手に引け目があるのだし、麒麟も強くは出られないだろう。
「麒麟よ、我の前に姿を表し……互いに益となる取引を為さん」
例の呪文を唱えた。
「え、詠唱魔法? なんで?」
「ってか、あれ何の魔法なんですか? 聞いたこともない単語が出てきましたけど……わっ! なんか出てきました!」
後ろでアイリアさんとメイシアさんがいろいろと喋っているが、ちょっと今は解説してる暇はないな。
『汝が欲するは、覚醒進化素材か旨味調味料、どちらなのじゃ?』
麒麟はいつもの調子で、そう声を頭の中に響かせてくる。
うん、もう体調は全快したみたいだな。
『いや、どちらでもない。今回は、聞きたいことがあって呼び出した』
『聞きたいこと、じゃと?』
『ああ。……お前、朱雀の封印を解いただろ?』
そう言うと……麒麟は、目に見えて狼狽えだした。
図星か。
『あ……そのじゃな……』
『怒らないから、ちゃんと答えてくれ』
言ってから、俺はしまったと思った。
これ、完全に怒る奴の台詞だわ。
まあ俺は、麒麟に八つ当たりする気は毛頭ないのだが。
そんな風に思いもしたが……麒麟は、ちゃんと落ち着きを取り戻してくれた。
『ああ。封印の限界が来てな……朱雀を、解放してしまったのじゃ』
『やはりか』
完全に目論見通りだった。
麒麟が体内に封印してる邪神は、四神というだけあって4体──朱雀、玄武、青龍、白虎の4体──が存在するのだが、その中でも朱雀は「魔物を強制的に改造し、強力な配下に仕立て上げる」ことを得意とする邪神だ。
ヘルクレスの目が戦闘中赤く光ったのも、その改造の影響と見て間違いないだろう。
『他に解放した四神は、いないんだろうな?』
『ああ、おらんぞよ』
『そうか。とりあえず、朱雀の始末は俺に任せてくれ。もう帰っていいぞ』
有言実行。
俺は努めて冷静な声で、麒麟を帰そうとした。
だが……麒麟は去る前に、こんなことを言ってきた。
『あー、その前に1つ、我から頼みがあるのじゃが……』
『何だ?』
『できれば、朱雀は汝の手で、神通力を用いて殺して欲しい』
俺は、麒麟の発言を不思議に思った。
四神を含め、神という存在は、強力な魔法などで「殺す」ことはできても、存在そのものを「消滅させる」ことは不可能な存在だ。
一時的に消すことはできても、魂が残存してしまうため、必ず転生されてしまうのだ。
邪魔な存在にも関わらず、麒麟の体内への封印に留めているのもそれが理由だ。
その事実は、殺し方の如何に関わらず同じはずだが……なぜそんな指定をするのだろうか?
『なぜだ?』
『神は……神の力を持つ人間によってのみ、完全に消滅させることができるのじゃ』
俺が聞き返すと……麒麟は、衝撃の事実を口にした。
そうだったのか。
まさか、神を完全に消滅させる方法が実在したとは。
まあ条件が条件だし、普通は知るだけ無駄な上に検証のしようもないはずの情報なので、知られてなくて当然ではあるがな。
せっかく条件に当てはまるわけだし……挑戦する他ないだろう。
『なるほど。やれるだけのことはやってみよう』
『頼んだぞ』
それだけ言い残し、麒麟は姿を消した。