第34話 因縁の決着
近くの若干開けた場所で、二匹が対峙する。
その時点で……俺は、テイマーの魔法である『念話共有』を発動した。
コーカサスもヘルクレスも、互いに知能の高い魔物だ。
いくらこれから拳で……もとい、角で語り合うとはいえ、その前に二言三言交わすだろう。
殆どの魔物の声帯は言語を扱えるようにできてはいないので、知能のある魔物同士で意思疎通する場合は、たいてい念話が用いられる。
そしてテイマーの場合、従魔が念話を用いている場合は、専用の魔法で聞き耳を立てることができるのだ。
もちろんこれ以外にも、人間同士の通信魔法を傍受する魔法を用いることでも、魔物同士の念話を聞くことは可能だ。
だが、それは他の職業の専用魔法。
わざわざ魔力効率の悪い魔法を使う理由は、どこにもない。
『久しぶりだな、コーカサス。突然千年樹から姿を消したかと思えば……一体どこをうろついてた? 結構探したんだぞ』
『悪い悪い。とある人間と、従魔契約を結んでいてな……。それで、千年樹を離れることにしたのだ。ここでヘルクレスと再会できたのは、何よりだと思っているぞ』
すると、ヘルクレスの表情が若干歪んだ……ような気がした。
いや、甲虫系の魔物の表情なんて、そう簡単に区別できるものではないが。
何となく、雰囲気からそう感じ取られたのだ。
『従魔だと……? コーカサスともあろう者が、そんな契約を簡単に結ぶとは思えんな。見返りは何だ? 言ってみろ』
『それを口頭で言え……というのか? つまらん奴だな。闘ってみれば分かることだ。御託を並べるのはこの辺までにするぞ』
『なるほど……なるほど』
そんな念話の直後……二匹は、ブルルンとその羽を震わせた。
……いよいよ、始まるのか。
ふと後ろを振り返ると……いつの間にか、アイリアさんとメイシアさんが、俺の後ろに回っていた。
二人で肩を抱き寄せあっているが……二匹の戦いを邪魔しないようにと配慮してくれたのだろうか。
ありがたい話だな。
ベルゼブブはといえば、筋斗雲の上で寝てしまっている。
徹夜の見張りで疲れた……というよりは、不貞寝してるようだ。
おおかたコーカサスに、「今日の戦いにだけは手を出すな」とか言われたのだろう。
可哀想な気もするが……こればっかりは、しょうがないな。
そう思いつつ、再びコーカサスとヘルクレスに目を向けた。
ガシッと音がして、2匹の角がかみ合った。
コーカサスは、ヘルクレスのツノをへし折らんばかりの勢いで挟む力を上げていく。
これは、早期に決着が着きそうか。
そう思ったが……直後、ヘルクレスの目が不気味に赤く光ったかと思うと、ヘルクレスはコーカサスを180度ひっくり返してしまった。
『なかなかやるな』
コーカサスはそう言うと、ヘルクレスに追撃の間を与えず、一気に空中に舞い上がった。
一瞬遅れて、ヘルクレスもそれに追従する。
それからは、激しい空中戦が繰り広げられた。
コーカサスとヘルクレスの最大加速からの衝突で生まれる衝撃波は、観ている側にまで力強く伝わってきた。
そんなことが何度も続くので、俺は思わず顔を腕で覆った。
「誰だよ! あんな化け物をBランク指定したギルド職員は!」
「ぜ、全然目がついていきません……。私は悪い夢でも見てるのでしょうか?」
メイシアさんとアイリアさんは、完全に萎縮してしまっている。
……いや、悪い夢って言い方はないだろう。
俺としては、白熱した戦いが見られて、割と楽しいのだが。
……もっとも、今のコーカサスとヘルクレスの戦いが、白熱すること自体おかしいのだがな。
まあ、それについて考えるのは後だ。
しばらくすると、衝撃波の連続が収まったので、腕で顔を覆うのをやめると……二匹は空中に浮かんだまま、お互いを角でがっしりと掴んでいた。
そのまま、数秒間ホバリング状態が続く。
羽音だけが鳴り響く中……再び、ヘルクレスが目を赤く光らせた。
「グオオオオオンン!」
ヘルクレスは雄叫びをあげると——コーカサスを、グルグルと回転させ始めた。
「竜巻って……おいおい、そりゃねーだろ!」
「もう勘弁してください!」
ヘルクレスが回転数を上げると共に、つむじ風の半径は徐々におおきくなり……ついには、俺までもが吹き飛ばされそうな勢いになってきた。
「これで大丈夫です!」
俺は筋斗雲に乗ると、筋斗雲に一気に大量の魔力を流し、天候シールドの半径を広げてアイリアさんとメイシアさんをカバーした。
「た、助かった……」
「その雲、本当に便利ですね……」
二人は地面にへたり込んだ。
と、その時……
「グオオオオオンン!」
今度は、コーカサスが雄叫びをあげた。
そして、その直後。
コーカサスは、ヘルクレスの回転の制御を奪い取った。
それに伴い、二匹の回転方向が、角を回転軸としたような回転方法に切り替わる。
その回転を速めつつ……コーカサスは、ヘルクレスを下にして地面に急降下し、ヘルクレスを思い切り地面にめり込ませた。
めり込ませる瞬間コーカサスが雷魔法でも発動したのか、周囲に何十本もの稲妻が迸る。
そして……
『ま、参った。コーカサス、お前の勝ちだ』
ついに、ヘルクレスが負けを認めた。
『見てたかヴァリウス! お主の魔法で進化した我には、やはり! ヘルクレスなど、敵ではなかった!』
コーカサスは、さぞご満悦といった様子だ。
……宿敵に勝った喜びからか、完全に気づいていないようだな。
今回の戦いは、確かに全体的にコーカサスが優勢だったが……正直に言うと、覚醒進化を遂げたコーカサス相手にヘルクレスがあそこまで食い下がるなど、本来あってはならないことだ。
『確かに、いい勝負だったとは思う。だが……本当に、今の戦いに何の違和感も持たなかったか? さっきのヘルクレスは、4年前、強化した直後のお前よりは強かった。それ自体、不自然だとは思わないか?』
『……む』
俺が指摘すると、コーカサスもようやく異常に気づいたようだった。
……勝利の喜びに水を差すようで、申し訳ないとは思う。
だが、覚醒進化がしられていないはずの世界で、覚醒コーカサスと張り合える甲虫系魔物が存在する事態を野放しにする訳にはいかない。
今すぐにでも、原因を突き止めなければならないのだ。
ヘルクレスが不当に強化されているらしい証拠も、掴めたことだしな。
面倒極まりないが……黒幕探しを、始めるとしよう。