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第33話 邂逅

「キリングジャブが2匹、か」


メルケルスの街を出て、10分くらい経った頃。

俺が探知魔法を使うと、初めてパーティーメンバーの2人にとって脅威となり得る魔物が現れた。


キリングジャブは有袋類(ゆうたいるい)の魔物で、パンチ力が異様に高いことで有名だ。

俺ならともかく、アイリアさんやメイシアさんがその攻撃をもろに受けたら、脳震盪は避けられないだろう。


だが、キリングジャブは強力な近接攻撃手段を持つ一方で、遠くからの攻撃に対抗する手段を持っていない。


つまり……ここから如意棒で一突きしてやれば、簡単に倒せるというわけだ。


「標的との間に障害物無し」


俺は、千里眼で如意棒の射線上に障害物が無いのを確認すると、収納魔法から如意棒を取り出して狙いを定めた。


(伸びろ)


キリングジャブは、点にしか見えないくらい離れた場所にいたが……俺は難なく、2回の突きでキリングジャブを2匹とも仕留められた。


確認がてら、もう一度探知魔法を使う。

うん、もう周囲に魔物はいないな。

しばらくは、安泰だろう。


……そう思っていると。


「今の……まさかヴァリウスが?」


「なんか、とんでもない速度の何かが飛んでいきませんでしたか?」


地上からそんな声が聞こえてきたので、俺は一旦筋斗雲の高度を下げることにした。


「一応、探知魔法にキリングジャブの反応があったので、仕留めておきました」


俺がそう言うと……2人は顔を見合わせた。


「キリングジャブって……そんな簡単に倒せた魔物だったっけ?」


「っていうか、そもそもなんであんな遠くまで攻撃が届くんですか!」


2人とも、それぞれ違った着眼点でつっこんできた。


……リーチに関しては、単純に「如意棒だから届いた」と言う他ないんだがな。

月に到達できて、視認できる範囲の敵に到達できない道理は無い。


そんなことを思いつつ、俺は2人にこう告げた。


「ではちょっと、キリングジャブの死体回収に行ってきますね。この周辺に魔物がいないのは確認済みなので、お二人は安心して進み続けておいてください」


言い残すと、俺は筋斗雲の速度を上げてキリングジャブの死体回収に向かった。


キリングジャブの死体は、2人にあげるつもりだ。

こういうところで恩を売っておけば、ますます俺がテイマーだということを明かすハードルが下がるからな。




回収から戻ってくると、俺はキリングジャブの死体を収納魔法から取り出した。


「これはお二人で、換金するなり何なりご自由にお使いください」


そう言ってみたが……どういうわけか2人の表情は固まったままだ。


どうしたのかと思っていると……2人は、こう叫びだした。


「そ、その雲めっちゃ速くね?」


「空を飛べる上に、馬より速いなんて……精鋭学院生って、そんなデタラメな魔道具持ってるもんなんですか?」


……そこからかよ。


「ま、まあ、それはいいとして……これ、どうぞ」


「あ……ああ。アイリア、これ収納できるか?」


「まあこれくらいなら、何とか入ると思います……」


そんなやりとりの末、アイリアさんが収納魔法に2体の死体を収納することで、この件には片がついた。


「じゃあ、引き続き進みましょう」


俺は筋斗雲の高度を上げた。




しばらくすると、地上から2人の話し声が聞こえてきた。


「あ。なんか流れで貰っちゃったけど……キリングジャブ、本来はヴァリウスの手柄だよな」


「そういえば! なんか飛ぶ雲のスピードに驚いてるうちに、いつの間にか貰ってしまってました……返した方がいいのでしょうか?」


さ~て、何のことだろうな。

今は魔物もいないみたいだし……試験対策でも進めるか。


俺は魔法理論基礎の教科書を取り出し、3章の章末問題に目を通し始めた。







日が落ちる頃、適当な野宿の場所を決めた俺たちは、晩飯を食べることにした。

食事内容は、精鋭学院の食堂からテイクアウトしたもの。

せっかくなので、アイリアさんとメイシアさんにも奢ることにした。


精鋭学院の食堂は、無料分はテイクアウトも含め月90食までなので、こうして分け与えていると何食か足りなくなるのだが……なんせ、俺の所持金はまだ2000万ゾル以上ある。

足りない分は、今度学院に寄った時に有料で買い足せばいいだろう。


「へえー、これが精鋭学院の飯か。頭いい味がすんなぁ!」


「……ヴァリウスさん、気にしないでください。メイシアったら、いっつも適当な感想言うんです」


2人とも、美味しそうに飯を食べてくれている。

口に合うようで、何よりだ。


そうホッとしつつ、飯を食べていると……アイリアさんが、唐突にこんなことを聞いてきた。


「そういえば……ヴァリウスさんって、在校生なんですよね? その……授業とか、出なくて大丈夫なんですか?」


俺は返事がわりに頷きつつ、右手の親指を立てた。

そして口に残っていたものを飲み込んだ後、こう返した。


「試験勉強さえしてれば、単位出るんで。そこらへんは、気にしなくても卒業できます」


俺は収納魔法から教科書を数冊出し、2人に見せた。


「うわ……難しいですね……」


「へえー、精鋭学院生ともなれば、もう授業にも出ないのかぁ。流石だなあ!」


「……メイシア。これに関しては、ヴァリウスさんが特別なだけかと」


2人に教科書を返してもらったところで……俺はとうとう、本題に入ることにした。


「実は1つ、明日のヘルクレス討伐に関して、お二人にお願いがあるんです」


「ほう」

「何でしょうか?」


「それは……」


俺はここで一旦言葉を区切り、コーカサスに念話を飛ばした。


『コーカサス、元のサイズに戻ってここに来てくれ』


そう伝えると、コーカサスは元の体長1メートル半くらいに戻り、俺の近くまで飛んできた。


「わわっ! まさかヘルクレスの方から……じゃない、コーカサス? な、何で?」


「ひゃっ!」


コーカサスの姿に、メイシアさんは驚き、アイリアさんはメイシアさんの後ろに隠れてしまった。


「落ち着いてください! コーカサスは、俺の従魔です!」


「じゅ、従魔? ……ヴァリウスって、賢者なんじゃなかったか?」


「賢者って……テイムもできましたっけ?」


やはり、従魔というとそういう反応になるか。

けど、「失望された」とかは特に無さそうだな。このまま続けよう。


「はい。一応、普段は賢者のふりをして過ごしてますが……本来、俺はテイマーなんです」


「テイマー……」


「それで、俺の願いなんですけど……実際にヘルクレスを倒すのは、コーカサスに任せてやって欲しいんです! 2匹の対決に決着を着けさせてあげること、それが俺がこの依頼を受けた理由ですから」


そう言うと……誰よりも先に、コーカサスが反応した。


『ヴァリウス、それは本当か? これから、ヘルクレスの奴と決着をつけられるというのか!?』


……ここまで食い気味に反応するコーカサスは、初めて見るかもしれない。


『そうだ。そういえば、まだ言ってなかったな。……ちなみに今、俺はこの2人に、お前の戦いを邪魔しないよう伝えてる途中だ。ちょっと静かにしておいてくれ』


『あ……ああ』


コーカサスが引き下がる。

とほぼ同時に、メイシアさんがこう質問してきた。


「ってことは、アタシらは手を出さない方がいいのか?」


「はい。少なくとも、どちらかが降参するまでは」


まあ、コーカサスの降参などほぼあり得ないがな。


「アタシらは問題ないぜ。実際、こう言っちゃなんだが……ヘルクレス相手に、アタシらが役に立つのかは最初から疑問だったし。なあ、アイリア?」


「……私も……問題ないです……」


……決まりだな。

今回の討伐での、最大の懸念点は解消された。


「では、今日はもう遅いので、そろそろ寝ましょう。……あ、見張りはもう1体の従魔のベルゼブブがやってくれるので、今夜はぐっすり寝て大丈夫ですよ」


正確には、ベルゼブブは俺の従魔ではないんだがな。

ややこしくなりそうなので、そこらへんはざっくりと説明することにした。


「コーカサスだけじゃなく、ベルゼブブまで……従魔、豪華すぎね?」


「これが……精鋭クオリティ……」


……なんか、アイリアさんのツッコミがメイシアさん寄りになってる気がする。


そんなことを考えつつ……俺は筋斗雲に横たわり、天候シールドを発動した。


「いやそれ寝具にもなるのかよ!」


なんか聞こえてくるけど、おやすみ。







次の日の朝。


精鋭学院の学食の飯を朝食に食べていると……食べ終わった頃、ヘルクレスが飛んできた。


そういえば、朝イチでコーカサスが威嚇用っぽい魔力を飛ばしていたが……ヘルクレスを呼び寄せてくれていたのか。


話が早くて、助かるな。


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