第30話 約束
『どうせならさ。俺が麒麟について話すより、ここで召喚しちゃう方が早くないか?』
『……は? ヴァリウス、何を言って……』
『まあ。見れば分かる』
困惑するアルテミスをよそ目に、俺は例の魔法を唱えた。
「麒麟よ、我の前に姿を表し……互いに益となる取引を為さん」
すると……いつも通り、麒麟が姿を表した。
『汝が欲するは、覚醒進化素材か旨味調味料、どちらなのじゃ?』
麒麟は、いつもと変わらない調子でそう聞いてくる。
まあ、召喚した理由は、そのどちらでもないのだが。
『いや、今回はそういう理由で来てもらったんじゃない。ちょっと、この子が麒麟について知りたいらしくてな。よかったら、話し相手になってやってくれないか?』
俺はアルテミスを指しつつ、そう言った。
すると……なぜか、麒麟の表情が少し険しくなった。
『つまり……汝は、正当な用無く我を呼び出した、と。そういうことなのじゃな?』
麒麟の念話のトーンから、あからさまな不機嫌さが伝わってくる。
もしかして……何かまずいことをしてしまったのだろうか。
『あー……この召喚理由がダメだったって言うんなら、旨味調味料を頂くとするよ』
一応、そう繕ってみた。
幸い、今の俺には結構な量のブルーフェニックスの素材があるしな。
これで、麒麟の機嫌が元どおりに戻ればいいのだが。
『そうか。なら、それでよ──』
麒麟は何かを言いかけたが……そこで、言葉を止めた。
その視線は、バッチリとアルテミスの方を向いていた。
『……もしや、汝の言う我の話し相手とは、アルテミスのことであったのか?』
麒麟がそう問い質してきた。
その念話のトーンからは、不機嫌さは完全に消え去っている。
『ああ、そうだ』
『何と! そうだったのじゃな……。話し相手が神格の持ち主と知っておれば、初めから怒りはせなんだというに……』
そう言い残して、麒麟はアルテミスの方へと向かっていった。
『我は麒麟じゃ。よろしゅうに~』
『私はアルテミスだ。すまないな、わざわざ来てもらって』
麒麟とアルテミスは、互いに自己紹介をし始めた。
……もう大丈夫そうだな。
今のうちに、俺は俺で加工用ルナメタル鉱石の収納を始めるとするか。
『アルテミス、しばらく2人で楽しんでおいてくれ。俺はその間に、ハイルナメタルの原料用のルナメタルを集めさせてもらう』
『ああ、分かった』
アルテミスの確認を取ったところで、俺は筋斗雲でクレーターの1つに近づき、収納魔法を発動した。
◇
『終わったぞ』
前回月に来た時の約200倍のルナメタル鉱石を収納し、俺はアルテミスにそう告げた。
収納魔法の容量の話だけをするならば、まだまだ入るんだがな。
あんまり大量に持ち帰ってしまっても、ハイルナメタルの変換する方が追いつかなくなってしまう。
俺だって、流石にアルテミスのために一生ハイルナメタルの生産だけやってくつもりはないからな。
一回一回はこれくらいの量に抑え、定期的に来る方が良いと思ったのだ。
『やっと終わったのか。私も、時々ヴァリウスの様子は見ていたんだが……一回にあんな量を収納するなんて、相変わらず人間とは思えんな……』
アルテミスは、若干呆れた様子でそう言った。
次に、俺は麒麟に頼みごとをすることにした。
『それと、麒麟。やっぱり……せっかく呼び出したんだし、旨味調味料もらえないか?』
『左様か。では、汝の貢物を、我に寄越すのじゃ』
麒麟が作った空間の歪みに、俺はブルーフェニックスやその他諸々の死体を放り込んでいった。
……どうせ、ベースゴーレム用に必要になるものだからな。
改めて後日呼び出すより、ここで交換しといた方が良いだろうと思ってのことだ。
『今回は、これで頼む』
ほとんどの魔物の死体を放り込んだところで、俺はそう言った。
『汝の貢ぎ物、とくと受け取った。……では、望みのものはここへ出しておく』
麒麟は、何もないところから2本の瓶を出現させた。
いつもなら、ここで麒麟は姿を消すのだが……まだここに残っているのは、アルテミスと話し足りないからだろうな。
仲良くなっているようで、なによりだ。
瓶を拾い、収納魔法に入れていると……アルテミスが、こう言ってきた。
『そうだ、ヴァリウス。1つ、良い知らせがある』
『なんだ?』
『麒麟と話していて、分かったことなんだが……私の神通力の質がある程度変化したら、ヴァリウスにご褒美をあげられそうなんだ』
『……ご褒美?』
『ああ』
……そんな話になっていたのか。
それは、楽しみだな。
そういうことなら、事と次第によっては、もう少しルナメタル鉱石を持ち帰った方がいいかもしれない。
その判断をするため、俺はこう聞いてみた。
『……それって、どれくらいのハイルナメタルが集まればいいんだ?』
『そうだな……少なくとも、今ヴァリウスが持ち帰ろうとしているのが、全部ハイルナメタルに変わったら十分な量にはなると思うぞ』
……どうやら、追加で持ち帰る必要はなさそうだった。
『分かった。じゃあ、とりあえずは、今収納した分を持って帰ることにするよ。……ってなわけで、また棒の先端まで送ってくれるか?』
今回は滞在が短かったので、如意棒はまだそれほど離れてはいない。
まだ、アルテミスの神通力の射程範囲なら……と思い、そう聞いてみたのだ。
『ああ。元気でな』
アルテミスがそう言うと……俺たちは、筋斗雲ごと光に包まれた。
そして前回と同じように、気づくと俺たちは、如意棒の先端に来ていた。