第28話 剣の切れ味
「すみませーん」
鍛冶屋の建物に入るなりそう声を張り上げると、奥から鍛治師が出てきた。
「先日、ルナメタル製の剣を注文した者です。受け取りに参りました」
そう話すと……鍛治師は、途端に表情を険しくした。
「ああ、あの客か……。一応、完成はしているが……」
何やらブツブツと言いながら、鍛治師は注文の品を取りに奥の部屋へと戻っていった。
……どうやら、満足する出来にはならなかったようだな。
その評価を、どこまで覆せるか……それが、今日の勝負所だと言えるだろう。
しばらくすると、鍛治師が剣を片手に俺の元へ戻ってきた。
「代金の約束は、覚えているな?」
「はい。『本来の値段は150000ゾル。ただし、俺が使っても切れ味が良くなかったら追加で300000ゾル支払う』という約束でしたよね」
「ああ。儂には貴様が450000ゾルを支払う未来しか見えんがな」
鍛治師は、鼻息を荒くしてそう言い切った。
「そんなに酷かったんですか?」
「そうだ。まあ儂もな、剣を打った者として、一応試し切りはしてみた。だがな……はっきり言って、酷いもんだったぞ? 特殊な砥石を使って研いでみたり、焼き入れの温度を工夫したり……ありとあらゆる手を尽くした上で、出来上がったものはなまくら以下だった」
「そうですか」
……そんなに頑張ってくれてたのか。
「ルナメタルは神通力を通さない限りはなまくら同然」ということを知っていた身としては、なんかちょっと申し訳ない感じがするな。
だが、仕方がないことではある。
あの時「神通力が~」などと説明していたところで、余計におかしな客と思われるのがオチだったろうし、それでこの鍛治師が労力を変えたとは思えないからな。
「まあ、何とか貴方を納得させられる結果を残せるよう、全力を尽くします」
そう言って、俺は鍛治師からルナメタル製の剣を受け取った。
「はんっ、言うじゃねーか。……試し斬りはこっちだ、ついて来い」
鍛治師はカウンター横の扉を解錠し、俺についてくるよう促した。
俺は鍛治師についていきながら、ルナメタル製の剣の質感を確かめてみた。
重さは……ちょうどいいな。
この剣なら、素早く振り回しても体幹がブレることなく扱える。
客の見た目から、最も扱いやすい形状に剣を仕上げるあたりは、流石一流の鍛治師といったところだろう。
それが分かったところで、ちょっとだけ神通力を流し込んでみる。
すると……俺は思わず、感動してしまった。
神通力が、とてつもなくスムーズに流れ込んでいったのだ。
右手に神通力を集めると、それがサーッと剣全体に均等に広がっていく感触。
こんな感触は、レッサーエキドナにルナメタル鉱石を投擲した時には一切感じられなかった。
これだけ抵抗なく神通力が流れ込んでいくということは、ルナメタル鉱石に神通力を流すより効果が大きいということでもあるはず。
これは楽しみだな。
そう思っていると、俺は1つの部屋に案内された。
「ここだ」
そう言われて入った場所は……巻藁が何本も縦に並べられた、まさに「試し斬り専用の部屋」といったような場所だった。
「儂が試した時は、藁5本を斬るのが限界だった。それを超えられると言うのなら……貴様が実際にやって、実演してみい」
促されるままに、俺は巻藁の目の前に立った。
……これを斬ればいいんだよな。
俺は剣を構え……真横に振り抜いた。
「……ん? 外したか?」
俺は一瞬、そう思った。
というのも……なにかを斬ったような感触が、全くしなかったのだ。
だが……目の前の巻藁に目を向けると、それはちゃんと真っ二つになっていた。
……まさか。
そう、自分でも驚いていると……後ろから、裏返った声が聞こえてきた。
「……はぇ?」
誰のものかも分からないような、素っ頓狂な声の主の方を振り返ると……そこには、鍛治師が口をあんぐりと開けて立っていた。
「……あの、これ代金はどうなるでしょうか……」
「……お、お、俺には何が見えてるんだ……」
結果を尋ねてみたのだが、会話にならない。
どうしようかと思い、部屋中を見渡していると……俺は、あるものを発見した。
ミスリルのインゴットだ。
なぜ、それがこの部屋にあるのかはよく分からないが……せっかくあるんだし。
どうせなら、これでもう一度、試し斬りをしてみたいと思った。
「あの……これ、2つに斬っても大丈夫でしょうか? まだインゴットのようですので、問題は……ないですよね?」
そう聞くと……鍛治師は目を白黒させながらも、コクコクと頷いた。
そうか。ならば……と思い、剣を振り上げたところで、俺は手を止めた。
アルテミスの、こんな言葉を思い出したからだ。
『神通力を使いこなせるようになれば、オリハルコンでもヨーグルトを切るように斬れるようになるぞ』
彼女はそう言っていた。
もちろん、今の俺はまだ、その域には達してはいないだろう。
だが……もしかしたら、ミスリルくらいなら、今の俺でもヨーグルトを切るように斬れるかもしれないのだ。
思いきり包丁を振りかぶってヨーグルトを切るやつなんていない。
そう思い……俺は左手を猫の手の形にしてミスリルインゴットに添え、ルナメタル製の剣をインゴットに当てて切り始めた。
するとどうだろう。
ヨーグルト、とまではいかないが……ミスリルのインゴットは、大根を切るくらいの感触で切ることができた。
これが、成長ってやつか。
俺は、この結果に満足な気持ちになった。
……と、その時。
不意に、近くからドサッという音が聞こえてきた。
振り向くと……鍛治師が、膝をついていた。
「ルナメタルで……ミスリルが……嘘……だろ……」
鍛治師は、虚ろな表情になってしまっていた。