第25話 ルナメタルはおやつに入りますか
とりあえず、収納魔法から一抱えほどのルナメタル鉱石を取り出し、ベースゴーレムの目の前に置いた。
そして数歩下がり、俺はベースゴーレムの様子を見守ることにした。
しかし。
『……ヴァリウス、あれでいいのか? あいつ、一切食べる気無さそうだが……』
『食欲ねーんじゃねーの?』
ベースゴーレムは不思議そうにルナメタル鉱石を眺めるだけで、一切食べようとしなかった。
そしてその様子から、コーカサスとベルゼブブがそう口々に言い始めたのだ。
『うーん……もしかしたら、俺たちのことを警戒してるのかもしれないな。一旦、ここを離れてみるか』
俺はそう言って、ベースゴーレムの居場所から離れる方向に歩き始めた。
そしてそれに、コーカサスとベルゼブブもついてきた。
ベースゴーレムからすれば、覚醒コーカサスの存在は相当な脅威だからな。
食事などという隙を見せる行為に及ぶのは、論外だとでも思っているのだろう。
であれば、一旦、安全に食事できる環境を用意してやればいいだけだ。
千里眼を使えば、ベースゴーレムの観察は簡単にできるしな。
とりあえず、曲がり角の向こうから観察を続けるとするか。
そう思い、俺はベースゴーレムの視界から消えたあたりで千里眼を発動した。
そして、10分ほど観察を続けてみたのだが……
『それで、さっきの奴は、ヴァリウスが与えた鉱石を食べてはいるのか?』
『……いや、それがなあ……』
そう。
ベースゴーレム、せっかく状況を整えてやったというのに、一切ルナメタルを食べようとしないのだ。
ベースゴーレムは、時々ルナメタルを手に持って眺めはするのだが……それを口に運ぶ気配が、全くと言っていいほど無い。
あの様子だと……むしろベースゴーレムは、ルナメタルという金属そのものを警戒しているとも取れそうだな。
……しょうがない。
こうなったら、奥の手を使うか。
「麒麟よ、我の前に姿を表し……互いに益となる取引を為さん」
俺は麒麟を召喚した。
『汝が欲するは、覚醒進化素材か旨味調味料、どちらなのじゃ?』
「旨味調味料だ」
『左様か。では……汝の用意した貢物を、我に寄越すのじゃ』
お決まりの会話の後、俺は収納魔法からダンジョンで狩った素材を全て取り出し、空間の歪みに放り込んだ。
『汝の貢物、とくと受け取った。……では、望みのものはここに置いて行く。さらばじゃ』
麒麟が姿を消すと、麒麟がいた場所から2本の瓶が出現した。
『ヴァリウス、それは……』
『……ああ。どうしても食べないみたいだからな。俺も出るとこ出るぞ』
何か言いたげなコーカサスを尻目に、俺はベースゴーレムの目の前まで歩いていった。
そして……先程取引したビーストグルタミン酸とビーストイノシン酸を、ルナメタル鉱石に振りかけた。
すると……先ほどの警戒心は一体どこへやら。
ベースゴーレムは、猛烈な勢いでルナメタル鉱石を食べ始めた。
そう、これこそが奥の手。
旨味調味料という、どんな魔物も絶対に抗えない誘惑を用意してやるってわけなのだ。
ベースゴーレムの咀嚼速度は、もはや常軌を逸している。
このままいけば、思っていたよりも早く、変異種になる時が来そうだな。
そう思い、座布団がわりに筋斗雲を取り出して座った時。
物凄く必死さが伝わってくる念話が入ってきた。
『ヴァリウス、いつもの、いつものゼリーを出してくれ……』
『あの匂いを嗅いで、何も食えねえとか地獄だよ゛お゛お゛』
どうやら、コーカサスとベルゼブブが、ルナメタルから漂う旨味調味料の香りに耐えられなくなったようだ。
仕方がないな。
普段、間食とかはあまり出さないのだが……おやつの時間にしてやるか。
俺は収納魔法からビーストゼリーを取り出し、2匹に与えた。
『ああ……いつもより美味しく感じるな……』
『わーいわーい!』
コーカサスは一口一口噛みしめるように、そしてベルゼブブは大はしゃぎしながらビーストゼリーを味わい出した。
そんな中、俺は引き続きベースゴーレムの観察を始めたのだが……
「グギュルルルル……」
ついに、俺までも空腹を感じるようになってしまった。
もちろん、俺は人間なので、魔物用の旨味調味料の影響を受けたりはしない。
ただ……ベースゴーレムがルナメタルを咀嚼するときの、コリッ、コリッという音。
その、まるで軟骨の唐揚げでも食べているかのような咀嚼音が、結構食欲をそそるのだ。
仕方ないので、俺も収納魔法から食堂の食事を1食取り出し、食べる事にした。
……こんな、敵味方交えたピクニックみたいになるのは、ちょっと想定外だったな。
状況は、ちょうど俺が食事を終えたくらいのタイミングで動き出した。
ついに……ベースゴーレムが、「グオオオォォ」と叫びながら、発光しだしたのだ。
これこそが、ベースゴーレムの変異開始の合図である。
俺はその様子を、目に焼き付けるように見守った。
約1分が経過すると、ベースゴーレムの輝きは収まった。
そうして、俺が見たのは──未だかつて見たことのない色の、ベースゴーレムの変異体だった。
……そうだな。
ルナメタルを食べて変異したんだし……こいつは暫定的に、ルナゴーレムとでも呼ぶ事にするか。
そう決めたところで、俺はコーカサスに合図した。
『もう倒していいぞ』
『分かった』
そう言うと……コーカサスは魔法で角を鋭利化、強度上昇させ、ルナゴーレムをがっしりと挟んだ。
程なくして……ルナゴーレムはコーカサスの角の握力に耐えきれなくなったのか、バラバラの破片と化して崩れ去った。
次の瞬間。
俺の身体に大量の成長値が流れ込み、俺は神通力が一気に鍛えられたのを感じることができた。
どうやら、ルナゴーレムは、かなりの成長をもたらしてくれるみたいだな。
体感だと……70層の魔物を討伐する場合と、同じくらい成長できた気がする。
他の金属を使って変異させても60層前半クラスまでにしかできない事を考えると、かなりいい結果と言えるだろう。
というか……これなら、これ以上下の階層を目指すより、ここでひたすらルナゴーレム狩りをした方がいいかもしれない。
そう方針を決めたところで、俺はルナゴーレムの死体を収納した。
そして、旨味調味料を振りかけたルナメタル鉱石の山を階層内各地に設置する作業に取り掛かった。
……その作業に勤しんでいる最中。
アルテミスから、通信が入った。
『なあ、ヴァリウス……今、ハイルナメタルを作らなかったか? 一体どうやってやったのか、教えてくれないか』