第22話 生協
夕方に差し掛かる頃。
俺たちは、ようやく精鋭学院の敷地の上空までやってきた。
念のため、収納魔法から時間割表を取り出し、1年次の「迷宮活動実習」が何限かを調べる。
……水曜2限か、セーフだな。
なんせ俺、通常授業どころか、入学式さえも出なかったからな。
迷宮内でクラスメイトと鉢合わせというのは……ちょっと気まずい気がする。
鉢合わせのリスクは、極めて低いと言えるだろう。
上空から敷地内全域を見渡し、迷宮の入り口を調べる。
するとそれっぽいものがすぐ見つかったので、俺は筋斗雲の高度を下げ、そこに向かった。
迷宮の入り口付近で筋斗雲を降りると、俺はまず入り口の隣の建物に寄った。
ここで、迷宮内での活動を成績に反映するための手続きを行うのだ。
「へいらっしゃい!……これからダンジョンに潜るのかい、それとも帰還報告かい?」
建物に入ると、カウンターに立っているにこやかな女性に声をかけられた。
「これから潜ります」
「じゃあ、この装置を着けて行きな」
そう言って、女性はカウンターの引き出しから腕輪を1つ取り出した。
「ダンジョン内では、これを肌身離さず着けておくんだよ。外しちまったら、成績に反映されないからねえ」
そう言って手渡された腕輪を見ると……俺には、それが一体何の装置なのかが分かった。
これは、「成長記録装置」という魔道具だ。
本来、これは魔物の討伐によって自分の魔力や体力がどれほど伸びたのかを記録してくれる装置なのだが……学院側は、この記録から討伐状況を逆算して、成績をつけているんだろう。
成績の付け方は疑問に思っていたところだったが、1つ謎が解けたな。
「ありがとうございます」
俺はそう言って……変身魔法で10分の1スケールに変身しているコーカサスに装置を触れさせてから、装置を腕に装着した。
そうしたのは、コーカサスによる魔物討伐実績を、装置に正しく反映するためだ。
従魔が魔物を倒した際、テイマーには成長値の分け前が流れ込んでくるわけだが……あくまでそれは「分配」なので、テイマー自身が自力で魔物を討伐した場合と同じだけ成長できるわけではない。
それをそのまま装置で記録すると、討伐状況を逆算する際、実際より弱い魔物を倒したと逆算することになりかねないのだ。
だが、前もって装置で従魔に触れ、従魔を「登録」しておくと……自動的に、記録に補正がかかってくれる。
これでようやく、真っ当に成績評価が行われるのだ。
ちなみに、ベルゼブブに触れておく必要はない。
ベルゼブブはあくまでもコーカサスのパートナーであり、厳密には俺の従魔じゃないからな。
見たところ、装置の仕組みは前世で使われていたものと変わらない。
おそらく、これで大丈夫なはずだ。
ダメだったとしたら、今回の攻略では成績反映は諦めて、対策を追い追い考えるとしよう。
今最優先すべきは、可及的速やかな神通力の鍛錬だしな。
そう思いつつ、建物を出ようとしたところで……俺はカウンターの女性に呼び止められた。
「あんた、地図はいいのかい?」
女性は、1枚の紙をひらひらさせながらそう言った。
「……地図、ですか?」
「ああ、そうだよ。迷宮の1~2階層の地図は、学院生には無料で配られるのさ。まあ授業で配布されたとは思うけど……たまに忘れて迷宮に入って、迷子になる子がいるからね。良かったらもって行きな」
……そうか、それはありがたい。
そんなレジュメよろしく配られた物、持っているはずもないからな。
そう思い、俺は地図をもらおうとしたが……1つ気になることができたので、それを先に聞くことにした。
「1~2階層の地図は無料、ですか。では、有料だと、もっと奥の地図も手に入るんですか?」
「ああ……。もっと奥の地図なら、生協で買えるよ。ただし、高いけどね」
俺の問いに対する女性の返答は、そうだった。
なら……まずは、生協に行くか。
俺はそう考えた。
どうせ、浅い階層で得られる成長なんて微々たるものだ。
限られた期間で神通力を鍛えなければならない今の俺には、浅い階層でモタモタしてる暇などない。
時短のための投資は、惜しむべきではないだろう。
「これ、一旦返却します」
俺は成長記録装置をカウンターに置き、生協へと向かった。
◇
「地図、地図っと……あそこか」
生協の建物に入ると、地図を陳列している棚はすぐ見つかった。
陳列棚に、「便利な迷宮の地図!」という、目立つ張り紙があったからだ。
地図は、何層までの地図かで価格が違っていた。
価格はこのようになっていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
・5層まで 2000ゾル
・8層まで 4000ゾル
・15層まで 10000ゾル
・25層まで 20000ゾル
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
俺は迷わず25層の地図を手に取り、お会計で並んだ。
正直、25層までの地図なんて、あっても無くても誤差みたいな感じの気もするが……潤沢な資金がある今、ケチる理由もどこにも無いからな。
無いよりはマシと思うことにしよう。
「お会計20000ゾルになります。生徒手帳をお見せくだされば、10%お値引き致しますが、お持ちですか?」
「忘れました」
店員の問いにそう返し、俺は収納魔法から20000ゾル取り出して手渡した。
生徒手帳、本当は収納魔法に入れてるけどな。
「1年生が、25階層ですか?」みたいな無駄な会話をしてる暇は無いのだ。
お会計を済ませると、俺は早速ダンジョン入り口付近の建物に寄り、再度装置を借りた。
そして装置を腕に着けると、俺は収納魔法から筋斗雲を取り出してコーカサスたちと一緒に乗り……地図を凝視しながら、最短経路で一気に26層に降りる階段まで突っ切った。