第21話 禁断の仮説
次の日の朝。
朝食として収納魔法の食事1食分を食べつつ筋斗雲を操縦し、俺は冒険者ギルドへ向かった。
いつも通りコーカサスとベルゼブブには上空に待機しておいてもらい、ギルド建物に入る。
依頼掲示板から適当なCランク用討伐依頼を手に取ると、俺は『受注/達成報告・素材買取』のカウンターに並んだ。
今日やるのは、もちろん「急速に神通力を鍛える方法の仮説」の検証なのだが……その際、何体かの魔物を討伐することになる。
であれば、依頼として魔物を討伐し、少しでもランクアップの足しにした方がいいだろう。
そう考え、まずはギルドに寄ったのだ。
朝方は受注報告が大半を占めるため、スムーズに列が動く。
程なくして、俺の番が来た。
「この依頼を受けたいんですが」
「はい、レッサーオルトロスの討伐依頼ですね。この依頼は確かにCランク相当なのですが……レッサーオルトロスの生息域には、ごく稀にBランク相当のオルトロスが出現することがあります。十分気をつけて、無理はなさらないでください」
受付嬢は、レッサーオルトロスの生息域の地図を俺に見せつつそう言った。
オルトロスか、それは楽しみだな。
今回の仮説検証、実を言えば敵が強いほど都合がいいのだ。
オルトロスなら、そこそこ強い上に覚醒コーカサスが苦戦するほどの相手ではない。
ちょうどいい相手なので遭遇したいところだが……まあ「ごく稀」だって言うし、期待はしないでおくか。
依頼の紙に受付嬢からのサインをもらうと、俺はギルドを出た。
そして筋斗雲を呼び寄せ、目的地に出発した。
◇
十数分して、俺たちは目的地の山の中腹までやってきた。
早速、探知魔法を使ってレッサーオルトロスの居場所を探る。
「……いるな」
探知魔法を使うと……なんと運がいいことに、数体のレッサーオルトロスのみならず、1体のオルトロスも引っかかった。
どうやら、俺の仮説検証には天も味方してるみたいだな。
いやまあ、
そんな冗談を頭の中で巡らせつつ、俺は再び筋斗雲の高度を上げた。
別に、正面きって戦う必要性はどこにもないからな。
上空からコーカサスに攻撃させて、その瞬間を見届けさえすればいいのだ。
そう思い、オルトロスの居場所の方に筋斗雲を向かわせると……すぐに、オルトロスが見えるところまでやってこれた。
『コーカサス、アレ倒してくれるか?』
俺はオルトロスを指差した。
『ああ』
コーカサスはそう軽く返事をして……その角から強力なプラズマ弾を放ち、オルトロスを攻撃した。
圧倒的な威力の攻撃を受けたオルトロスは、悲鳴を上げる間もなく絶命した。
……その瞬間。
俺は、アルテミスに作ってもらった体内の神通力回路に、全神経を集中させた。
すると……俺は、体内を巡る神通力の量が増え、神通力の流れの速度も速くなったのを知覚できた。
「やった!」
俺はガッツポーズをした。
仮説で考えた通り、コーカサスの戦闘経験を利用して、神通力を鍛えるのに成功したのだ。
コーカサスが魔物を倒すと、俺にはコーカサスの成長値の分け前が流れ込むのだが……具体的に「何が成長するか」は、コーカサスが魔物を倒した方法とは無関係だ。
現に、今までも「分け前で体力を鍛えよう」と思えば筋力や肺活量が増加し、「分け前で魔力を鍛えよう」と思えば魔力量が増える、といったように振り分けられていた。
ならば、「分け前で神通力を鍛えよう」と意識すれば、成長を神通力に割り振れるのではないか。
そう仮説を立て、検証してみたのだが……どうやら、正解だったみたいだな。
これなら、コーカサスに強力な魔物をたくさん討伐してもらえば、俺は一気に神通力を鍛えることができる。
そのことにワクワクしつつ……俺は依頼を達成するため、レッサーオルトロスを討伐していくことにした。
◇
オルトロスを倒した後、6体のレッサーオルトロスを討伐した俺たち一行は、昼過ぎに切り上げて街に戻ることにした。
もちろん、レッサーオルトロス討伐分のコーカサスの戦闘経験による成長の分け前も、全部神通力を鍛えるのに使った。
早めに帰還したからか、ギルド内はガラ空きだ。
俺は並ぶことなく、依頼達成の報告に入れた。
「依頼の達成を報告しに来ました」
「はい! レッサーオルトロス討伐の依頼ですね! 討伐証明部位を提出してください」
対応をしてくれたのは、受注の時と同じ受付嬢だった。
まさか、依頼用紙の控えを見せずとも顔パスで通じるとは……”賢者”で目立つことの、数少ないメリットの1つかもしれないな。
「討伐証明部位……丸ごとでもいいですか?」
「丸ごと……ですか。ま、まあ構いませんけど」
俺には収納魔法事故の副産物とも言える、前世の巨大な収納魔法空間があるからな。
わざわざ、討伐証明部位だけ切り取って帰るような面倒な真似はしないのだ。
どうせ、他の部位も素材としての価値はあるだろうし。
受付嬢の許可も得たので、早速取り出すか。
そう思いかけたが……すんでのところで、俺は思いとどまった。
「あの……レッサーオルトロス6体って、ここには出しきれませんよね?」
そう。
置き場所が無いのだ。
だからそのことを相談しようと思い、そう聞いてみたのだが……
「ろ、6体も倒したんですか!? 一体どうやったら、この短時間でそんな数討伐できるんですかぁ!」
受付嬢には、討伐した数自体のことで驚かれてしまった。
ギルド内の人口密度の低さも相まって、叫び声が響く響く。
少しして、落ち着きを取り戻した受付嬢はこう言った。
「す、すみません、取り乱してしまって。そうですよね、賢者の精鋭学院生ですもんね、常識では測れませんよね……。それでは解体場に案内しますので、付いてきてください」
俺は受付嬢の案内で、ギルドの裏口へと向かうことになった。
「……あれ? そういえばヴァリウス君って、いつ学院通ってるんでしょう……」
……受付嬢の独り言が聞こえた気がするが、気にしないでおこう。
受付嬢の案内で解体場に入り、6体のレッサーオルトロスを収納魔法から出して置く。
ちなみにオルトロスは今の俺のランクを超える魔物だし、麒麟との取引材料としてちょうどいいので、出さないことにした。
レッサーオルトロスを置くと即座に職員がその状態を確かめてくれて、素材としての買取価格を決めてくれた。
確認が済み、俺と受付嬢はまたカウンターに戻ってきた。
「はあ……あんな光景を見ることになるなんて、思ってもいませんでしたよ。それではこちらが、6回分の討伐報酬にあたる120000ゾルと、素材買取価格60000ゾルを合わせた180000ゾルになります」
受付嬢は疲れた様子で、カウンターに金貨の入った袋を置いた。
「ありがとうございます」
俺はそれを受け取り、ギルドを後にした。
「んじゃ、本格的に神通力鍛えにいくか」
ギルドを出ると、俺はすぐ筋斗雲に乗り、次の目的地を目指し始めた。
……実は、今日早く切り上げたのには理由がある。
それは、「時間あたりの討伐効率が割に合わない」という理由だ。
朝から昼過ぎまでかけての、俺たちの今日の戦果。
それは、1体のオルトロスと6体のレッサーオルトロスという、何とも微妙なものだった。
探知魔法と筋斗雲をフル活用して尚、それが限界だったのだ。
依頼達成という意味合いでは、結構なペースだったのかもしれないが……10日という限られた期間の中で強くなるには、全然足りない討伐量だ。
だから、俺はもっと効率的に魔物を狩れる場所に行かなくてはいけない。
例えば……ダンジョンとかにな。
どうせ、成績のために、学期末までに一度は潜る必要があったんだしな。
攻略してやろうじゃないか、精鋭学院附属迷宮を。