第18話 新たな力と共に
アルテミスが休憩から覚めるのは、意外と早かった。
俺たちに「時間をくれ」と言って以来、アルテミスは本来の弓の姿に戻り、動かなくなっていたのだが……体感時間にして19時間くらいで、アルテミスはまた少女の姿に戻ったのだ。
如意棒が惑星の自転に従って離れていってから、まだ再び近づくところを見てはいない以上、24時間経過してはいないというのは確実だろう。
「もう、力は戻ったのか?」
「ああ。今なら、ヴァリウスに私の力を授けられそうだ」
アルテミスはそう言って……右手を差し出してきた。
「力を受け渡すから、手を出せ」
言われるがままに、俺はアルテミスの手を握った。
すると……全身に、温かい何かが流れ込んでくるような感覚が伝わってきた。
「温かい……これ、何なんだ?」
「これは神通力と言ってな。何というか……まあ、本来は私のような存在のみが持つことを許された力、みたいなもんだ」
俺の問いに、アルテミスはそう答えた。
「……そんな力、貰っていいのか?」
「問題ない。今の『持つことが許された』というのは、生まれつき体内に神通力の回路があるってニュアンスだからな。他人の体にその回路を作ること自体は、禁じられたりはしていないのだ」
ちょうどアルテミスがそう言い終わる頃、温かい感触が流れ込んでくるのが止まった。
「とはいえ、人間はもともと神通力を持てるようにできていないからな……。回路は完璧に作ってやったが、力そのものは少量しか譲渡できなかった。これ以上渡すと、ヴァリウスの体内で神通力が暴走してしまうからな」
アルテミスは、若干残念そうな顔をした。
「けど、この先しっかり神通力を鍛えていけば、いつかは使い物になるレベルに達するはずだ。しっかり使いこなしてくれ」
そう言って、アルテミスは親指を立てた。
思わぬ収穫に、俺は心を躍らせた。
ここへきて、特殊な力を入手できてしまうとはな。
もっとも、使い道は全く分からないのだが。
……聞いてみるか。
「神通力って、どんなことに使えるんだ?」
「そうだな。まずは、神通力の矢を飛ばす攻撃技があるだろ。他には、時空干渉と死者蘇生ができたりするな。あと最後に、これは厳密には神通力の特性ではなく、私がヴァリウスに力を授けた過程で生じた副産物なのだが……距離に関係なく、遅延ゼロで私と通信できるぞ」
……とんでもない力だった。
時空干渉と死者蘇生は、どちらも魔法では不可能とされていることだ。
神通力の矢がどれくらい使えるかは、俺の鍛え方次第となるだろうが……他2つがそんな調子だと、少なくとも並みの攻撃魔法よりは強くなりそうだな。
俄然、ワクワクしてきた。
「ありがとう。どんな感じで神通力が役に立ってるか、ちょくちょく通信で報告するよ」
「ああ、楽しみにしてるぞ」
こうして、アルテミスがしたがっていた、俺への「お礼」は無事済んだ。
ただ……如意棒の先端が再び月に接近するまでには、もう少し時間がありそうだな。
そう思っていると……アルテミスが、さらにこんな提案をしてくれた。
「神通力を授ける量には限界があったが……ヴァリウス、もともとはルナメタルを拾いにきてたんだろう? 月になら余るほどルナメタルがあるし、好きなだけ持っていって良いぞ」
「……そうなのか?」
「ああ」
なんとここへきて、諦めかけていた採取依頼の達成が見えてきたのだ。
「じゃあ、もらってくぞ」
そう言って、俺は手当たり次第、ルナメタルを収納魔法にしまい始めた。
しかし、4トンくらいのルナメタルを収納した時のこと。
「ちょ……ちょっと待ってくれ!」
アルテミスに、呼び止められてしまった。
「どうした?」
「ヴァリウス……お前どんだけ収納できるんだよ……」
……しまった。ちょっと拾い過ぎたか。
「……ごめん。拾い過ぎだったら、戻してくよ」
「いや、収納してしまった分に関しては構わないんだ。月に衝突した彗星もルナメタルでできてたみたいで、ここのルナメタルの量は以前より増えているしな。ただ、ちょっと面食らってしまったんだ……」
どうやら、収納した分は持っていって良いらしかった。
ありがたい。地上では滅多に手に入らないものなので、クレーター1つ分くらいは持ち帰らせてもらおうかと思っていたが……4トンくらいでも、まあ大きな収穫とは言えるだろう。
半分だけ買取に出しても、4億ゾルの収入……いや、流石にそんなには買い取ってもらえないか。
まあ、有効活用する方法は、ぼちぼち見つけていくとしよう。
その後は、せっかくなので4人(1人と2匹と1丁?)で散歩をし、時間を潰した。
そして……ついに、1周してきた如意棒の先端が視界に入り出した。
「じゃあ、ここでお別れだね」
「ああ。……たまに念話送ってこいよ、約束だぞ?」
そう言うアルテミスの手は、何やら光り輝いていた。
「その光はなんだ?」
「ああ、これか。これは、ヴァリウスたちをあの棒まで転送してやろうと思ってな。まあ時空干渉のお手本だとでも思って見てくれ」
アルテミスの手の光は、筋斗雲の環境シールドごと俺たちを包み……気がつくと、俺は如意棒を握っていた。
コーカサス、ベルゼブブも一緒だ。
筋斗雲は、無事コーカサスの角に挟まれてある。
『楽しかったよ、アルテミス!』
『ああ、こちらこそ、助けてくれてありがとうなー!』
早速、神通力の通信でアルテミスに連絡しつつ……俺は如意棒を縮め始めた。
◇
それから、また数日が経ち。
俺たちは、ようやく地上まで戻ってきた。
『コーカサス、解凍を頼む』
『ああ』
コーカサスは再び角から閃光を放ち……その閃光が湖面に吸い込まれると、湖の氷が跡形もなく溶けた。
一応、探知魔法を使って湖の中を探ってみる。
……うん、問題なく生きているみたいだな。
俺は安心し、筋斗雲でギルドまで戻ることにした。
……さて、ルナメタル、どれだけ買い取ってもらえるか、楽しみだな。