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第15話 事情は複雑だった

上空から如意棒付近を観察すると、矢を撃ってきた「何者か」はすぐに見つかった。

その「何者か」だと思われる少女が、如意棒のすぐそばにいた……というか、如意棒の先端を興味津々に触っていたのだ。


弓も装備しているので、人違いという事はないだろう。


俺はその子に声をかけてみようと思い、筋斗雲の高度を下げた。

が、その時……少女はこちらに気づき、こちらに狙いを定めて弓を構えてきた。


「……待ってくれ! 俺は危害を加えるつもりはない!」


両手を上にあげて戦闘の意思が無い事を示しつつ、俺は拡声魔法を使ってそう伝えた。


だが……

「動くな!」


相変わらず筋斗雲の高度だけは下げ続けていたのが気に障ったのか、少女にそう叫ばれてしまった。


仕方なく、俺は筋斗雲を静止させた。


……うーん。

俺としては、何とか和解ルートに持っていきたいんだが……このままでは、埒が明かなさそうだな。


一か八か、単刀直入に本題に入ってみるか?

そう思い、俺はこう言ってみた。


「君が望むなら、俺は今後ルナメタルを拾いに来ないと誓おう。他の者にも、ルナメタルを拾わないよう呼びかけてみる。だから……その代わりに、どうしてルナメタルを拾う人を狙うのか、教えてほしい」


すると……少女は弓の構えを解き、「降りてこい」とばかりに目で合図してきた。


どうやら、俺の判断は間違ってなかったみたいだな。





人に名前を尋ねるときはまず自分から。

俺はそんな格言を思い出しつつ、自己紹介から始めることにした。


「俺はヴァリウス。見た目は賢者だが、実はテイマーでな……コーカサスが俺の従魔で、ベルゼブブはコーカサスのパートナーなんだ」


「そうか。私はアルテミス。よろしくな」


この少女……アルテミスの自己紹介は実に簡潔だった。


「君は……英雄、かな?」


俺は首をかしげながら、そう尋ねてみた。

アルテミスの髪色は赤色なのだが……英雄の地毛とは思えないくらい暗めのトーンの赤だったので、確信が持てなかったのだ。


「……英雄? 何のことだ?」


「何のことって……人間の職業適性のことだよ。ほら、赤髪だと英雄、金髪だと賢者、銀髪だと聖騎士、みたいなさ」


何故か質問の意図が伝わらなかったみたいだったので、そう補足してみた。

すると……アルテミスは合点が言ったように手をポンと叩き、こう返してきた。


「私は人間ではないぞ、ほらこの通りだ」


直後、アルテミスはボンと音をたて、その場から姿を消した。

一瞬、どこに消えたのかと不思議に思ったが……よく見ると、アルテミスが装備していた弓が一回り大きくなっているのが分かった。


……え?

アルテミス、弓が本体だったのか?


まさかと思っていると、弓は再び音を立て——弓を装備した少女アルテミスが、姿を現した。


「マジかよ」


「ああ。一応人間の姿も取れるが……弓こそが、本来の姿だ」


そんな会話を続けているうちに……俺は1つ、核心に迫れそうな疑問を思いついた。


「もしかしてさ。アルテミスが本来弓だってことと、ルナメタルを拾わないでほしい事って、何か関係してたりするのか?」


すると、アルテミスは若干表情を険しくし、こう語り始めた。


「そうだ。私はな、周囲にあるルナメタルから力を吸収し続けないと、生きていけないんだ」






「かつて、私は月にいたんだ」


俺が一から説明してくれと頼むと、アルテミスはそう語りだした。


いきなり突拍子もない話になってきたが……先ほどイレギュラーを目の当たりにしたばかりだしな。

とりあえず、信じて聞いてみるとしよう。


「月はな、ルナメタルでできているんだ。月にいた頃の私は、もっと強大だったんだぞ? お前を撃った矢一発で、あの付近一帯を吹き飛ばせるくらいにはな」


アルテミスは、俺がルナメタルを見つけた方向を指さした。

もっとも、木が生い茂っているせいで、俺がいた場所は見えないのだが。


「だがな。どれくらい前だったか……ある日、月に1つの彗星が直撃したんだ。そして、私は月から吹き飛ばされてしまった」


なるほど。

それで、この付近に落下したってわけか。


「この星に落ちてくるとき、私は私と一緒に吹き飛ばされてきたルナメタルの欠片を、結界を張って必死に保護した。そうでもしないと、ルナメタルは大気圏で燃え尽きてしまうからな」


そう言ってアルテミスは、悲しそうな顔をした。


……だんだん分かってきたぞ。

ルナメタルなどという金属、前世では聞いたことなかったが……おそらくルナメタルは、月にしかない鉱石なんだろう。

そして、アルテミスが落下してきたのは俺が転生した後なんだろうな。


「私は現在、落下時に保護したなけなしのルナメタルで命を繋いでいるんだ。もし、そのルナメタルさえも他人に拾われるようなことが続けば……いずれ私は死んでしまう。だから、ルナメタルを拾いに来た者たちを追い返していたんだ……」


言い終わると、アルテミスは項垂れた。





話を聞き終わった俺の心境は複雑だった。


この際、依頼を達成できないことなんてどうだっていい。

アルテミスの命に比べたら、依頼失敗の違約金なんて安いものだからだ。


だが俺は、ただ「ルナメタルを拾わずに帰る」というだけにするのは、何か違うんじゃないかと思い始めたのだ。


アルテミスは、月にいた頃──豊富にルナメタルがあった頃は、もっと強力だったと言っていた。

逆に言えば、今のアルテミスは酷く弱っているということになるだろう。


要は、「ルナメタルを拾わない」というのは、根本的解決からは程遠いのだ。


何か、本質的にアルテミスを救ってあげられる方法は無いだろうか。


気がつくと……俺は、アルテミスを月に送り返してあげられないかどうかを、本気で考え出していた。


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