第12話 助けた男は偉い人だった
人だかりに揉まれながらも、俺はなんとか掲示板の文字が読めるところまでやってきた。
俺の受験用の整理番号は、「A-0415」。
左から3番目の列の1番上が「A-0377」、その列の1番下が「A-0465」だったので、俺はその列を探す事にした。
「A-0401……A-0403……A-0415……あった!」
ビビった。
12個も開くとヒヤッとするだろうが。
そう思いつつ、俺は試験結果に目を移した。
結果はこうだった。
【筆記試験:40/40 武術試験:30/30 魔術試験:30/30 総合得点100/100 偏差値:101.2】
偏差値……随分と懐かしい項目が出てきたな。
なんせ前世とは違って今の世界には模試というものが無いので、偏差値を測る機会が無かったのだ。
しかもまさかの100超え。
前世で惜しくもなし得なかったことを達成できた喜びを胸に、俺は掲示板を離れる事にした。
……確か合格者は、この後生徒手帳と教科書を受け取りに行くんだよな。
そう思い、案内板に従って順路を辿ろうとしたその時。
1人の男が、俺に声をかけてきた。
「君は……コーカサスと一緒に、私の馬車を救い出してくれた子じゃないか!」
声の方を向くと……確かにその男は、数日前救助した馬車に乗っていた男だった。
「君、精鋭学院を受けにきてたのか。聞くまでもなさそうだが……無事、合格できたかい?」
「はい。ちゃんと合格できてました」
俺は笑顔でそう返した。
……にしても、どうしてこの男はここにいるんだろう?
「あなたは精鋭学院の教師なんですか?」
俺は、一番真っ当であろう予測を立ててみた。
しかし……帰ってきた答えは、斜め上を行っていた。
「私はね、教育委員会副委員長として、視察に来ているんだよ」
……この人、結構偉い人だったんだな。
そう言われれば、確かに馬車から出てきた時の身なりを思い出してみると、結構いい服装してたような気もする。
だが……よりにもよって今日視察に来る理由が、よくわからないな。
「合格発表なんて視察して、何か得られるものがあるんですか?」
「仕事だからね、仕方ないんだ。『教育委員会上層部の人間は、優秀な新入生に1科目分の授業を免除する権利を与えられる』って制度があってね。その一環として、合格者の顔ぶれを確認しに、視察に来る義務があるんだよ」
「へえ……」
そうなのか。
まあ確かに、「ある分野に関しては、授業を受けるだけ時間の無駄ってレベルで習熟してる学生」みたいなのは、上位層にはいそうだからな。
合理的な制度ではあるかもしれない。
「あくまで権利を与えることが可能ってだけだし、私はこの制度自体に否定的だから、滅多に権利を与えはしないんだけどね。ただ……」
男は、そこで一旦言葉を区切った。
「……整理番号A-0415番。見たかい、あれ。総合満点などという、前代未聞の結果を出していただろう? 私も流石にあれを見て、迷いだしたよ。『A-0415番は、本気で探し出して権利をあげた方がいいんじゃないのか』ってね」
そうか。A-0415番、無事探し出せる事を祈って……待てよ?
「あの……」
そう言って、俺は自分の整理番号を見せた。
「……噂をすれば! 君がA-0415番だったのか! いいだろう、文句無しだ。これを……君にあげよう」
男は1枚の封筒を差し出してきた。
封筒には、「1科目免除申請用紙在中」と書かれてあった。
「……ありがとうございます」
「ああ。君の時間を有効活用できるように、上手く使ってくれ!」
って事で、俺は封筒を収納魔法にしまい、男と別れることになった。
今度こそ、生徒手帳と教科書を貰いに行こう。
◇
教科書、生徒手帳、そして入学に際しての様々な書類を受け取った俺は、食堂で昼飯を食べながら、授業の履修に関する資料を眺めていた。
ちなみに食堂の飯は、生徒手帳を係の人に見せれば1月あたり90食まで無料って事になっている。
諸手続きはどれもサッサと済ませるのが吉だが……まずは、時間割から決めてしまおうか。
ついでに、自主休講できそうな科目があったら目星をつけよう。
「えっと……」
冊子を開き、目を通していく。
必修科目の魔法理論基礎と戦術理論基礎は期末試験のみで成績が決まる。自主休講だな。
魔法訓練実習は平常点もあるようだが、あくまで期末の成績が悪い時の保険か。自主休講だな。
迷宮活動実習は、学期間に討伐した魔物の数に応じて成績が決まる、か。短期間で集中的に戦果を上げることにして、自主休講して良さそうだ。
選択必修からは、職業共同社会学入門と王国史入門をとるか。前者は平常点1割なので、期末満点なら通信簿上の最高評価はとれるな。自主休講だ。
後者はフィールドワークに基づいたレポートを期末までに出せばよく、そもそも講義形式ではないと。
自由選択科目からも2つとる必要があるんだな。
1つめは、「テイマーの生き方」でいいだろう。俺本来はテイマーだしな。
期末のみで成績が決まるか、自主休講だ。
そして、あと1科目をあの封筒で免除にしたら──あれ?
……なんだ、今学期は自主全休か。
そもそも俺が成し遂げたいのは「正しいテイマー教育の普及とテイマーの待遇改善」だ。
である以上、成績優秀者として卒業できさえするなら、課外活動の方に注力して学業と並行で成果を上げていくのは俺にとって正しい選択だろう。
教科書も貰ったし、章末問題の周回なんかをして期末対策だけちゃんとやるとして……筋斗雲で旅をしながら、いろんな街を冒険するのが良いかもしれないな。
そうと決めると……俺は旅の準備として、生徒手帳の権限の上限まで食事を注文し、それを全部収納魔法にしまった。
◇
数日後。
履修登録を含めた諸手続きを終わらせた俺は筋斗雲に乗り……精鋭学院がある街の隣の街、メルケルスにやってきた。
ここは、メルケルス冒険者ギルドの目の前。
俺の冒険者生活、始まりだ!