第10話 「第一志望は譲れない」VS「いつやるか? 今でしょ!」
筋斗雲の上で熟睡した俺は、試験当日の朝を気持ちよく迎えることができた。
朝食用にとテイクアウトしていた弁当を食べ、精鋭学院の校門へと向かう。
受付でカルメル様から頂いた推薦状を渡すと、引き換えに整理番号と校舎案内を渡された。
整理番号ごとに筆記試験の教室と座席の位置が決まっているので、案内に従って自分の席を探す。
「ええと……階段から3つ離れた教室だから、ここだな」
特に迷うことなく自分の座席を見つけると、俺は席に着いた。
そして、収納魔法に入れていた「第一志望は、譲れない」を取り出し、机の上に置いた。
別に、今ここで読み返そうって訳ではない。
これは前にカルメル様が言っていたことだが、「第一志望は、譲れない」は発行部数の限られた名著なのだそうだ。
つまり、大半の受験生にとって「第一志望は、譲れない」で勉強してきた者は脅威。
机の上に置いとくだけでも、いい威嚇になるのである。
そして、あとは、落ち着いた余裕のある態度で……ぼーっとする!
強者感を出して他の受験生を萎縮させるには、こうして貫禄を見せつけるのも重要だからな。
そうしていると……俺はふと、隣の受験生が熱心に読んでいる本が気になった。
本のタイトルは、「いつやるか? 今でしょ!」か。
確か、「第一志望は、譲れない」と唯一肩を並べうる名著だってどこかで聞いた気がするな。
よく見ると、その受験生は「いつやるか? 今でしょ」の本のロゴと同じデザインのバッジを胸に着けている。
……いいなあ。「第一志望は、譲れない」にはそんな付録なかったぞ。
なんか羨ましいので、俺はこの受験生にだけは負けたくないなと思った。
そうして40分くらいが経つと、ようやく試験問題が配られ始めた。
早速、表紙の注意事項を読む。
……うん、大問の数と制限時間、共に例年と同じだな。
これなら、過去問を解いていた時のペースで解けば良さそうだ。
そんな事を考えつつ、他の注意事項にも目を通していると……教官が、試験開始の合図をした。
さあ、泣いても笑っても一度きりの勝負、スタートだ。
まずは試験問題全てに目を通す。
うん、大問6を除けば、あとはどれも大した事なさそうだ。
なら、最初から順に解いていけばいいな。
大問1から大問5までは、どの問題もどっかの年度の過去問とパターンが類似していたため、難なく解けた。
とりあえず、完解してれば合格点には達するだけの問題数は解いたので、一旦ここで見直しを挟もう。
ミスがない事を確認できたので、俺は大問6を解き始めることにした。
そして……1分と経たず、俺は書く手を止めざるを得なくなった。
今までにないパターンの、捨て問が出てきたのである。
しかも、問題文はたったの1行。つまり、誘導が一切無しの超鬼畜問題だ。
こうなると、流石に手の出しようがないな。
正直、これは解けなくても問題ないといえば問題ない。
こんな高難易度の問題は大半の受験生が解けていないと考えていいし、最難関校の入試というのは、合格最低ラインは5割と相場が決まっているからだ。
大問6が白紙でも、合否にはほとんど影響はないのである。
それでも俺は、何もしないのは癪だと思った。
なんせ大問1~5を爆速で解いたので、試験時間は半分以上残っているのだ。
俺は、少しはこの問題に爪痕を残したいと考えた。
……テイマーの魔法「五感連動」でも使って、コーカサスを利用したカンニングでもするか?
一瞬、そんな
だが俺は、即座にそれは悪手だと判断した。
そもそも、今向き合ってるのは例年にないタイプの捨て問だ。
それはつまり、ほとんどの受験生が、この問題に全く歯が立っていないという事を意味する。
コーカサスを飛ばしたところで、十中八九、誤答を摑まされてしまうのだ。
そして……正答ならともかく、誤答が他の受験生と酷似するようなことになれば、「カンニングをした」と疑われる確率は一気に高くなってしまう。
これでは百害あって一利なし。
大問6を白紙提出した方が、マシとさえ言えてしまうのだ。
だから、俺はそんな考えはきっぱりと捨て去り、正々堂々と問題に向き合うことにした。
そうして十数分が経つと……徐々に、集中力が切れてきた。
もうダメだな、こりゃ。
そう思い、気分転換にと再度大問1~5の見直しをはじめた。
──それが転機だった。
奇跡的に、俺は大問1の(3)が、大問6の誘導にもなっていると気づけたのである。
それをキッカケにほとんど失いかけていた集中力を取り戻し、俺はみるみるうちに解法を組み立てていった。
時間は、あまり残されていない。
俺は猛烈な勢いで筆を動かした。
そして……
(ま、間に合ったーっっっ!!)
試験終了の合図とともに、俺はなんとか解答欄を埋めるところまでいけたのだ。
俺は心の中で小さくガッツポーズした。
捨て問を解ききったのだ。他の受験生に、結構大きな差をつけられたに違いない。
俺は意気揚々として、次の試験──武術の実技試験──の会場へと歩いていった。
◇
武術試験の会場は、校内最大の建物と決まっていた。
その建物に入ると、競技場らしき設備が5つあり、それぞれに精鋭学院の制服を着た人が5人ずつ立っているのが見てとれた。
試験は、「在校生対受験生の模擬戦の様子を見て、採点官が点数をつける」という方式で行われるらしいからな。
制服をきた人が対戦者となるのだろう。
各競技場に5人いるのは……ローテーションのためか。
まあ確かに、そうでもしないと在校生が疲れたあたりで試験を受けた人が有利になってしまうからな。それが妥当か。
どの競技場に並んでもいいそうなので、俺は適当に受験者の少なさそうなところを選ぶことにした。
そして列で待つこと約10分。俺の番が来た。
俺は収納魔法から如意棒を取り出した。
通常、この試験では剣などの武器を使うそうだが……如意棒、近接武器相手だとリーチが無限ってだけで圧倒的に有利だからな。
禁止規定が無い以上は、これ以外の選択肢はあり得ないとさえ言えるだろう。
俺はそう考えたが……対戦相手の在校生は、そうは思っていないようだった。
「は? 棒きれでアタシと戦おうってんの? バカじゃないの!」
対戦相手であろう、赤髪……すなわち英雄の少女に、思いっきりそう叫ばれてしまったのだ。
……如意棒、今の世界じゃあまり知られてないからな。そういう反応になるのも無理はないか。
少女は、尚も続けた。
「いい? 私は精鋭学院第2学年首席、ケイディ=ディーアイよ。私の魔剣と剣技の前では、今までの受験生は誰一人として、3秒も持たなかったの。そんな舐めた戦い方するなら……治癒院送りにするわよ!」
そう言われた俺は……うん。
変なところにツボってしまった。
英雄……ケイディ=ディーアイ……英雄byKDDI……前世の通信魔道具会社……
いかんいかん、これ以上はよしておいた方が良さそうだ。
笑いを堪えつつ、俺はふと少女の胸に意識を向けた。
そして、見てはいけないものを見てしまった。
こいつ……「いつやるか? 今でしょ!」の付録バッジを付けてやがる!
受験生に対して、そういうのを誇示しちゃうのか。
これは、見過ごすことはできないな。
俺は、一瞬で勝負を決めようと心に誓った。
「──それでは、始め!」
採点官の声が響くと同時に……俺は如意棒を最高速で伸ばし、ケイディの顔の手前で寸止めした。
そして……音速を超えた如意棒の伸縮は衝撃波を発生させ、その衝撃波がケイディを場外まで吹き飛ばすこととなった。