6.名声が高まる馬服子
馬服郷は邯鄲周辺にあるがあまり目立たない、邯鄲の南の番吾にしろ、東方にある列人郷にしろ、あるいは趙国の長城の隣に位置する武城平陽にしろ、いずれでも馬服より繫栄している。
馬服は戸籍が少ない、これも馬服の発展の制限している要因の一つである。馬服の大物の一人として、この番人には優雅な名前がついている、趙家の子孫であり、名を去死。
去という言葉は、遠く離れるという意味である。おそらく彼が生まれたときに危うく死にかけたから、故に親がこんな名前を付けたのである、彼が死から遠ざかる願いを含めたと言う。
今、趙去死は馬服郷の門の前に立ち、遠方を眺めた、隣にもう一人の若い郷吏もいる。
「趙君、また一つ馬車が来ました。」
趙去死は返答しなかった、遠方の馬車をよく見て、突然大声を出して言った「早く門を開けろ!」、若い郷吏はさらに急いで門を開けた。
趙去死はすでに道の傍らに立ち、顔には笑顔、腰をペコペコと馬車に礼をした。郷吏も彼の後ろでそれを真似した。馬車はすぐに通りかかり、馬車に乗ってる裕福そうな人は去死をちらりと見たが、何も言わなかった。
馬車は郷に入り、若い郷吏はまた門を閉じた、すでに汗まみれでへとへとであった。「趙君、近頃に馬服に来る馬車は多くないですか。」
趙去死は長いヒゲを撫でながら、自慢げに言った、
「私はアオギリの木は鳳凰のせいで皆に知れ渡ったと聞いたことがある、今の馬服子の賢名は城に住む人までも常に語っている、馬服に来る馬車も多くなる、私は馬服に長年滞在していて、前にこんな光景を見たのはまだ馬服君が生きている時だ。」
また何か言おうとしたが、遠くからまた馬車がやってきた。
今度は去死が指示を出す前に、郷吏が門を開けようとしたが、趙去死はそれをすぐに止めた、
「止まれ!門を開けるな!」
郷吏はぎょっとしたが、おとなしく傍に立った。
馬車はゆっくりと近づき、この馬車は前の馬車よりも精巧に出来ている、馬を操る馭者も立派な武士である。
馬車の上に跪坐しているのは威厳のある上卿であったため、郷吏の足が震え始め、去死の方を見た、今の去死は厳粛な顔をしている、郷吏はここに数ヶ月前からいたが、去死のこんな模様は見たこともない。趙去死は眉をひそめて、勢い良く馬車の前に走って、馬車を止めた。
「地位が低い人が地位の高い貴人の車を止めてはならないことを知っている、しかし、これが私のような人の責任である。どうか許してほしい。」と趙去死は言った。
趙去死の話を聞いて、この上卿は怒るどころか、首を縦に振って賛同したように見えた。馭者は馬車から降りてきて二人の取り調べに答え始めた、趙去死は何回も確認して、やっと門を開けて、この上卿を郷に入れた。
これを始終を見た郷吏は馬車が馬服に入った後、趙去死の前に来て、真剣な顔で質問した「趙君はなぜ二つの馬車に対応する態度が違うのですか。」
趙去死は周辺を見渡して、小声で説明した
「前に来た貴人は邯鄲造と呼ぶ、邯鄲令の趙里の息子だ、その性格は傲慢であり、わがままな悪党だ、こんな悪党に対応する時、あなたが敬意を表せば表すほど、あなたを非難しない。」
「後からやってくる貴人は許歴と呼ぶ、かつては馬服君と共に戦をしていた、まっすぐな君子である。こんな君子に対応する時、あなたが媚びれば媚びるほど、彼の不満を引き起こす。」
郷吏は悟ったようになり、また質問した、
「けれど、趙君はなぜ彼らが誰なのかを分かったのですか。」
趙去死は微笑んで、何も説明しなかった。
............
趙異人の暗殺から十数日経った、それから趙括が休める日は一日もなかった。趙括は勝ちたがる秦国の人がどれくらいの財力を使って自分の名声を高めたかはわからないが、参拝しに来た人が後を絶たず、今は門前に市場ができるくらいだ。最初は敬慕の気持ちを抱いて来る人が多かった、彼の門客になりたがっている。
まあ、もうすでに門客をたくさん集めたし、もっと集めても構わないでしょう、そんな気持ちで趙括は来る者を拒むことはなかった。金の面も心配要らない、門客たちに食事、良い剣、綺麗な服さえ与えたら満足する、ただ金を与えるだけならば、それも彼らにとって侮辱である。趙括は数日でこの時代の武士たちの性格を掴んだ。
その後は官吏が十数人か来ていた、これらの官吏も趙括の名を聞いてやってきた、趙括と知り合いたかった。その後はさらに大げさであった、邯鄲城内の名のある貴族たちは狂ったように馬服にやってきて、他の地域の貴族は馬服に来る途中だと言う、「馬服子を知らない人は、英雄と自称しても無駄」と言う傾向がかすかにできた。こんな熱い気持ちで来た貴人たちを見て、趙括は少し焦った。
一番厄介なのはこの人たちに尊敬な気持ちを表さなければならないことだ、さもなければ、死人が出てしまう....
元々広い屋敷の庭には、人だらけである。この時代において、食事をする時は席を分けなければならない、故に庭に二十個くらいのテーブルがある、趙括は真ん中に座り、その両端は趙括の門客たちが座っている。
分食制といっても、できた食物を皆に分けてみたいに簡単ではない、皆が自分から作らなけらばならない、後の世で言えば、全員の前に自分専用のレンジを置いてあって、皆はレンジから食べ物を取り出すのである。
もちろん、彼らの前においてあるのは鼎である。天子は自分の前に九つのレンジ....ではなく鼎を置くことができる、趙括は五つだ、下士は三つ、こんな儀礼、守っているのは三晋地区くらいだ、ほかの場所では守っているものは少ない。礼儀が崩れたとはこういうことだ。
「子君は真心で私たちに対応してくれる、平原君とて、こんな者だ」
「子君は兵法を精通し、性格も優しく、他人を愛せる、彼のような人がいれば、王齕も恐れることはない。」
「王齕が例え十人いようと、決して子君の相手ではないわ!」
門客たちはいつものように話し始めた、趙括は何も思わなかった、趙括はすでにこの人たちの本質を見抜いたと思っている、この人たちはただ朝昼晩に趙括をただ褒める、趙括はすでに無感覚になった。たまにこの人たちはもうすでに秦国に買収されているのではないかと思うこともある、あるいは秦国のスパイだ、しかし、どの人も底を知っている人たちばかりだ....
門客たちが趙括を褒めている間に、馬車が屋敷の前に止まった、邯鄲造が降りてきた、彼の年齢は高くはない、馬車を降りたら衣服を整え、屋敷の門の前に近づいたところ。
さらに前に来ないように止めに来る人が来た、止めに来たのは趙国の武士である。その武士は顔を見るだけで、危ない人だとわかる。彼は手を剣の柄の上に置き、邯鄲造を見つめた。
「客さんは何の事で来たんだ?」
「私は馬服子を尋ねに来ました、どうか馬服子に伝えてほしい。」邯鄲造は平日においてわがままで尊大であるが、ここで無礼な真似をする度胸はない。
「今は食事中だ、後から来てくれ。」邯鄲造を止めたのは幸であった。幸は遠慮なしに言った。食事中は確かに訪れてはいけない。なぜならただ食べるために来たという疑いがあるから。貴族の行為の中では、推奨されていない行為だ!邯鄲造もそれを聞いて、慌てた口調でまた言った、
「私は大事な用があって馬服子を尋ねにきた、礼儀に合わないことは承知している。ですがこれも仕方がないことです。馬服子に伝えてください!」
幸は冷たい目で彼を一目見て、何も言わなかった。
邯鄲造は顔を真っ赤にして、馭者の方を見た、馭者はすぐに前に行き幸の手を握って、隠すように幸の手の中に金を何枚か渡して言った、
「我が君は確かに大切な用事でここに来ました、どうか伝えてほしい、邯鄲造が馬服子を尋ねに来たと」
幸は金を懐に入れ、ニッコリと笑って、馭者の方に向って首を縦に振りながら、屋敷に入った。
「はあ~、例え馬服子のような賢明な人の周りにもこのような悪党がいるとは、趙国に悪党が行けない場所があるのだろうか」
邯鄲造はそう言いながら空を見た。
「邯鄲造?」趙括は少し驚いた様子で幸を見た、記憶をよく探っても、邯鄲造という名前が浮かばず、考えているときに、隣にいる門客が「子君、邯鄲令の趙里の四番目の息子ですよ。」
そう言われると、趙括も思い出した。趙里の息子が邯鄲造という名前か、少しややこしいな。そう思いながら趙括は言った、
「そうであれば、屋敷内にいれてください。」
ちょっと過ぎてから、幸は一人の青年を庭に連れて来た。
邯鄲造は周りの門客を見て、興奮して顔がどんどん赤くなった、皆は馬服子は人を愛し、友と呼べる人は数百人、彼とともに死んでくれる人は数えきれないほどいるという。
今日にこれを見て、噂はやはり正しかった。この時代において門客の数はその人の能力を表す、例えば平原君、彼の門客は趙国では最も多いのだから、故に彼の名声が一番大きい。
今の趙括の門客は平原君には及ばないが、それなりに多い、少なくとも邯鄲造はうらやましく思っている、邯鄲造には門客が二人しかいない、彼は邯鄲令の四番目の息子にしか過ぎない。能力のある人は彼の門客になりたがらないのである。彼は真ん中に座っている若者を見た、若者の背丈はまあまあ大きく、顔もかっこよく、鶏の中の鶴みたいに目立つ。
この顔を重視する時代において、趙括の顔は比較的に有利なのだ。
邯鄲造凄まじい勢いで趙括に礼拝し、興奮しながら言った、
「馬服子に謁見致します!造がこの度来たのは、邯鄲の若い士子を代表して馬服子にお願いしに来たのです、天下の人々は秦国の野蛮を長い間痛恨し、秦の人は我ら趙国を舐めている、我らの将軍を捕虜として、我らの城を攻め落とし、我らは自分の門客を連れて馬服子の門下に入り、どうか私たちを連れて戦場へ赴き、王龁を殺し、函谷関を攻め落とし、秦王を捕まえてください!」
趙括は目を大きく見開き口をぽかんと開けて邯鄲造を見た。
うん....まあまあカッコイイ青年だが、残念だ、頭がおかしいとは....