46.楚国の子
華陽夫人の弟である陽泉君は若く、ちょうど綺麗な服や馬を乗りたがる年である。彼は席に座りながら、手に持っている精巧な宝剣を振って、目に映る愛を隠しきれずにニコっと笑った。
彼は目の前の呂不韋を見て、剣を収めて、
「あなたに私は初めて会うのに、こんな貴重な物はとても受け取れません。」
彼は困ったように宝剣を傍らに置いたが、呂不韋はすでに彼の考えていることを理解した。
宝剣を受け取らないのではなく、受け取れないのである。秦国の法律は厳しく、賄賂をもらうことは大罪なのである。
呂不韋は厳粛な顔をして、
「あなたの死期は間もないので、この宝剣はあなたの副葬品として送った物であります。」
陽泉君の顔色が変わって、怒りながら呂不韋を指して、
「私の姉を誰だと思っている?!私を呪ったらどうなるか分かるだろうな!!」
呂不韋は恐れた様子がなく、
「あなたの姉だからこそ、あなたの身は危険なのです。」
「大王様は高齢である。しかし、あなたの姉、華陽夫人は未だ太子である安国君の子を宿したことがない。そうなれば、安国君の位置を継ぐ最も可能性が高いのは子傒である。あなたの門客は権力者が多く、宝や美女も多い。ゆえに、あなたと日頃貧相な暮らしをしている子傒とは仲が悪いのは周知な事である。」
「もし彼が太子になれば、あなたは今のような富を保持することができますか?自分の命を守れますか?!」
陽泉君はしばらく茫然としていたが、やっと何かを理解したかのような顔をして、恐怖を見せた。呂不韋はようやく笑って、
「私はあなたが今までのような暮らしができる方法を知っています。」
陽泉君は急いで立ち上がり、呂不韋を自分の側に座らせて、
「先刻の失礼をお許しください。どうすればいいか教えてください!」
呂不韋はこれでようやく自分の傲慢な顔を変えて、謙虚に、
「考えてみてください。子傒はあなたや華陽夫人と親しくなろうとしたことがないのです。彼が安国君の後継者になれば、きっと華陽夫人にとっても不利になるでしょう。しかし、趙で人質の身である公子異人は才徳があるが、宮中で庇護してくれる母親はいないのです。」
「もし華陽夫人が彼を自分の息子にして、彼を太子にすれば、彼はいずれか王位を継ぐことになるでしょう。そうなれば、彼は必ず華陽夫人の恩徳に感謝し、華陽夫人も後ろ盾を作ることができるのです。この贈り物はまさに公子異人が私にあなたに献上するように言ったのです。あなたを尊敬している証ではありませんか?」
陽泉君は笑ってうなずき、嬉しそうに、
「そうですね!あなたの言うです!...しばらく待っていてください、すぐに戻ってきます!」
そう言った陽泉君は呂不韋に構わず、屋敷を出て行った。呂不韋は首を横に振った。
陽泉君の富は公子の十倍をも勝るが、性格は公子の百倍をも劣っている。
呂不韋は四時間ほど待って、心の中では陽泉君の上下数世代の悪口を言った。陽泉君はやっと一人の女性を連れて戻ってきた。呂不韋は華陽夫人かと思い、慌てて立ち上がり一拝しようとしたが、陽泉君の紹介を経て、彼女が華陽夫人の姉であることが分かったのである。
陽泉君は笑って、
「華陽夫人は私を愛していたが、いつも私を子供のように思って、私の話を聞かないのです。私は先生の話を私の一番上の姉に話して、姉さんも賛同した。姉さんの話であれば、華陽夫人はきっと聞いてくれます。」
そう言って、言葉をかける間もなく、呂不韋を馬車の上に引っ張り、王宮へ向かった。王宮を守る武士たちもこの二人を知っていたため、すぐに彼らを通過させた。
華陽夫人の住所にたどり着き、陽泉君は先に入った。
「陽泉君、ちょうどあなたの事を考えていたところです、よく来てくれましたね!」
華陽夫人は陽泉君の手を掴み、優しく話しかけた。華陽夫人の顔はそれほど美しくはないが、いかにも温厚な雰囲気を出している。
二人はしばらく話をして、陽泉君は呂不韋を指して、
「この人は私の友であり、呂不韋と呼びます。公子異人は彼を遣わしてあなたに贈り物を持ってきたのです。私を訪ねてきたので、連れてきました。」
華陽夫人は呂不韋の方向にうなずいて、呂不韋は慌てて贈り物を取り出した。その贈り物はほかでもない、楚国の服であった!
華陽夫人は服を手にすると、目が赤くなった。彼女は自分の故郷を恋しく思って、服を撫でながら、
「異人が私の誕生日を覚えてくれたことが、私は非常にうれしいです。」
呂不韋は微笑みながら、
「公子異人は聡明で賢能であり、例えば趙王、平原君、信陵君、魏王、趙括などは、彼を親友と見なし、その門客も多くいるのであります。」
「しかし、それでも彼はいつも不機嫌なのです。彼は安国君やあなた様を懐かしく思っていて、彼はあなた様を母のように思って、あなたをいつも思っているのです。彼は常に楚国の服を着ていて、誰かに聞かれたら、
“私は楚人の子で、楚国の服を着て何がおかしいのですか?”と言うのです。」
「子楚...」と華陽夫人は呟いてから、少し不憫な顔で、
「なんて可哀想なことだ。親のそばにいられないのは...」
呂不韋は黙って、華陽夫人の許可を得て、その場を去った。
華陽夫人の姉は、
「私は美しさで他人に仕える人は年を取ったら、寵愛を受けられなくなると聞いたことがあります。今のうちに、太子の候補者の中から才能があり、親孝行ができる人を選ばないと、夫の死後に必ず権力を失うことになります。」
華陽夫人は服を撫でながら、忽然笑い出して、
「分かりました。この服を私に着させてください。昔のように艶めかしいかどうか、見てみたいのです。」
呂不韋は焦りながら、陽泉君の屋敷で消息を待っていた。今こそが肝心な時である。華陽夫人が太子に異人のために良い言葉を発したら、きっとすべてが上手くいくはずである。
陽泉君が忽然入ってきて、
「いけました!華陽夫人が同意しました!」
呂不韋はやっと息を吐いて、陽泉君に感謝してから、屋敷を出た。趙に戻って異人とこれからの事を話そうとしたが、陽泉君の屋敷を出たらすぐに二人の兵士が彼を止めて、
「人に信義がなければ、世に立つことはできない。どうしてそんな道理を知らないのですか?」
呂不韋はやっと范雎との約束を思い出して、范雎の屋敷に戻った。
范雎の屋敷につくと、范雎は相変わらずニコッとして彼を待っていた。今度こそ呂不韋は彼を軽視することなく、
「私に何ができましょうか?」
「燕国に行って欲しいのです。燕国の丞相である栗腹に会って、一緒に趙国を討伐する条約を結んでいてほしい。」
呂不韋は驚いて、
「私はいかに栗腹を説得すればいいのですか?」
范雎は笑いながら、首を横に振り、
「それはあなたの仕事です。もしあなたが失敗したら、あなたが今成そうとしていることもきっと失敗するでしょう。」
呂不韋は長くため息をして、立ち上がり、
「分かりました。」