41.対岸の長平
大兄・・・男性が、 自分より少し年上、または同輩の男性を敬っていう語。
臭い血の匂いが羊腸坂に充満して、この悪臭で趙括は正常な呼吸すらできなかった。吐き気を我慢しながら前方を見た、そこには門客たちが友の遺体の回収作業していた。
戦争が終わると、敗者は永遠に地面に倒れ、勝者は立っているが亡くなった人の為に泣く。勝利することは容易なことではない。生きる喜びと苦痛を味わうのである。
趙括はその場に立ち、前には進めなかった。周囲には死体だらけで、足の置き場が見つからなかった。
戈が隣に来て、地面にある秦人と死体を蹴っ飛ばして、
「子君は怖気づいてしまったのですか?」
「私たちは勝ったのですか?」
「確かに大勝でした。多くのものを手に入れて、数百人を...」
趙括は戈を止めて、
「こちらの被害はどうですか?」
戈は趙括を深く見つめて、
「趙傅のところは知りませんが、こちらは三十四人が死んで、重傷が十八人です。残りの人は傷が浅く、言うまでもありません。」
趙括は戈の腕にある切り傷を見て、気持ちがますます重くなった。これほど有利な状況でも約半数の被害を出してしまった。趙括は少し遠くにいる門客たちと会話をしている趙傅を見た。
趙傅もこちらに気付いて、近づいてきた、その固い顔にもやっと笑顔が浮かび、
「これほどの成果を出せたのはすべてあなたのおかげです!秦国は一気に数百人の間者を失ったので、さすがに武安君でも、落ち着いて座ることはできないでしょう。」
趙括は喜ぶ姿を見せず、趙傅に被害状況を尋ねた。趙傅も何かに気付いたようで、
「馬服子...私はかつて、耕作する人は畑を耕作して生活して、魚や塩を売る人は長い旅をすることで生活し、剣を持つ人は命を捨てることで生活すると聞いたことがあります。」
「彼らが農具を捨て、剣を手にした日からすでに運命が決まったのです。」
「もし馬服子の指揮がなければ、おそらく全滅していたはずです。あなたは数百人の命を救ったのです。喜ぶべきではないですか?」
「もし私たちが敵を殺さなければ、長平にいる数万人の兵士たちは飢え死にしてしまいます。そしてもし秦軍が趙国に攻め入ったら、さらに多くの死者が出たはずです。」
趙括はうなずいて、小声で、
「ありがとう...」
趙傅は首を横に振って、
「あなたの感謝の言葉は受け取れません。私は昔にあなたの軍事的才能を耳にしたことがあります。馬服君ですらあなたを言い負かすことができなかったと聞いたことがあります。」
「私は馬服君の才能を知っているがゆえに、その噂を信じることができませんでした。」
「今までの無礼を許してください!」
趙括は微笑んで、
「こちらこそ、あなたの協力がなければ、おそらくここで死んでいました...」
門客たちは遺体を集めた。これほどの遺体を運ぶ人手も時間もないので、ここで埋葬することにした。趙括も自ら墓を作り始めた。
「秦人の遺体はどうしますか?」
「そこら辺に捨てとけ、猛獣たちに食わせろ!」
趙括は門客たちの会話を聞いて、
「敵だとしても、遺体を粗末にするわけにはいきません。ここに埋葬してください。」
趙傅が左側の遺体を処理する時に、驚いて何度も遺体を見て、趙括の隣に来て声を震わせながら、
「私は..彼らの中の何人かを知っています。」
「誰ですか?」
「平原君の門客です。」
趙括は一瞬だけ黙って、
「この事は誰にも話さないでください。平原君の門客は多いがゆえに、秦国の間者が混ざってもおかしくはありません。おそらく私たちを殺してから、平原君に罪を擦り付けるつもりだったでしょう。」
「平原君にも言わないでください。」
趙傅は少し驚いた、
「しかし、誰が平原君があなたに手を出したと信じますか?何の意味もないのではないですか?!」
「時には、人々に平原君の悪行を信じてもらわなくてもよいのです。きっかけさえ作れば...」
遺体を埋葬した後に、趙括は他の馬車の荷物を整理して、自分の馬車の上に置いた。趙括は下で歩き、怪我した門客たちを馬車に乗らせた。この挙動も門客たちを感動させたのである。
今回の事件があって、皆はより慎重になった。周囲を観察しながら、羊腸坂を通過した。馬車が山を通過したら、前方で偵察をしていた幸が戻ってきた、
「子君、前方に味方らしき人たちが現れました。」
趙括は慌てて幸と最前列に行き、近くに寄ってきた人たちを見て、ほっとした。李牧だ。
李牧も趙括が見えて、馬を操ってこっちに向かって来た。
馬から降りた李牧は趙括に一拝して、
「大兄、久しぶりです!お元気ですか?」
趙括は笑いながら、李牧を起こして、またその背後の千人近くの騎士を見た、
「元気です!あなたは廉頗将軍からよほど重視されてるようですね...すでに都尉ではないですか!」
李牧は恥ずかしそうに笑って、
「大兄、廉頗将軍が重視しているのは私ではなく、あなたです。」
「あなたが廉頗将軍に伝えた言葉を最初は心に留めてなかったのですが、荻のおかげで、秦軍の事は各陣営に広まり、兵士たちの士気が上がって、秦軍を三度も撃退した上に、秦軍の都尉を一人捕まえました!」
「そして、あなたが八十万石の食料を集めた話が長平に届いた。廉頗将軍はこの話を聞いて、三日間ずっと笑っていました。」
「それで私に兵士たちを連れて、あなたを襲撃から護衛するように命令されたのです。」
そう言った李牧はやっと後ろの傷を負った門客たちに気付いて、
「まさか本当に襲撃があったのですか?!しかし私はずっと前からここで待っていて、誰も山には入りませんでした!なぜですか?」
隣の戈が不快な顔で、
「山に入る道は一本だけではない...もしあなたの護衛に賭けたら、ワシはとっくに馬服君に会いに行ったわ!」
李牧は気まずそうに戈が去ったのを見た。趙括は軽く笑って、
「戈はそういう性格だ、気にしないでください。」
李牧が連れて来た騎士たちのおかげで、趙括たちはやっと落ち着いた。趙括と李牧は情報交換をした後に、
「廉頗将軍はあなたに会いたがっています。」
戦争に参加したことがある李牧はまた戦場の分析をした。趙括は彼の成長を感じながら、黙って聞いた。
そして、丹水に到着した。李牧は嬉しそうに遠方を指して、
「見てください!向こうが長平です!」
趙括は茫然と遠方を見て、
「長平...」