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4.趙を滅ぼす者は汝なり

 ここはもう一つ村である。馬服より小さく、周囲は緑の木に囲まれ、川の水が流れる音が聞こえる,大抵は山の上から流れてくる水である。ここにも名前があるらしい、苟里と呼ぶ、なぜこの名前を呼ぶというと、ここは昔、苟草がたくさん生えていたという、馬服よりも小さいとはいえ、環境はすごく良い。


 戈は馬車を停めに行き、趙括は屋敷の門を叩いた、すぐさま召使いの女がやってきて門を開けた。


 趙国においても家臣は二種類に分けている。一つ目は家が育てた家臣、戸籍に入り、家族みたいなものである。同居するが、私有奴隷とみられることも多い。


 もう一つの家臣は戈、幸、荻の三人のように、いわゆる門客である。本家の戸籍に編入されることはなく、自由人である、自分の財産もあって、本家の俸禄を受けるだけ、それが門客がすることである。


 例えば、お食事をする時、貴族の一員として、趙括はご飯を食べるときは、好き勝手に食べてはいけないのだ、三口まで食べてもよい。その後はもう腹いっぱいアピールして、その時に門客はもっと食べませんかと勧めてきて、それから食べ続けることができるのである。


 諸侯や天子は言うまでもない、天子は一口まで、それから勧めてくる人を待つのである。こんな儀礼は春秋時代までは普遍的であったが、今となっては三晋地区にしか遵守していない。


 当然ながら、三晋地区でもすべての貴族が守っているわけではない、ただ、貴族の往来にこれらの儀礼がなければ、人々に嘲笑われることが多い。この時代において、嘲笑われることは死ぬよりつらいことである。


 召使いの女は趙括を部屋まで連れ込んだ、部屋内はろうそくが燃えている、老婆の体は健康とは言いがたい、視力も低下している、ゆえにろうそくをつけているのである、趙括の心はかすかに震え、脳裏にこの二十年間の記憶が浮かび、老人に大きく礼拝しながら、


 「厳君(げんくん)お元気ですか。」


 老人は目を開けて、目は少し濁っていて、微笑みながら、目の前の息子を見て「元気ですよ。」と言った。


 それで趙括は母親の前に跪坐して、ナツメをいくつか取り出して、母親の前に置いた。


 「厳君にナツメを持ってきました。」


 「ありがとう.....」老婆はそう言って、微笑みながらナツメを一つ取り出し、口に入れて食べ始めた。

 

 また趙括の衣食の状況を聞かれ、前身の記憶をすべて受け継いでいるおかげで、スムーズに答えれた、老婆は何も普段と変わらないと思い、また一つ一つ注意を言いかせてきた。これらの言葉を聞いて、趙括の心が温かくたってきた、長年生きて、また守られている感じがして、奇妙な感覚であった。


 「括よ.....話に聞くと、趙異人が暗殺しに来たとか。」老人は少し心配そうに見える。


 「厳君、ご心配なく、それらは噂でしかありません、そんなことは起きてません。」


 「はあ~.....あなたは小さい時から嘘をつくのが苦手だ。」老人はあきらめたように首を横に振った、趙括は弁解しなかった、彼は母親が賢いことを知っている。


 自分が幼い時から、父は時々に母に何か尋ねることを覚えている、母に疑惑を解かせようとしたのだ。父が去った後も、母は自分に厳しく、いろんな面から自分を育て、また嫌気が出ないように、心を込めて教えてくれた。


 「括...あなたは幼い時から兵法を学び、戦略において、自分が天下一と思い込んでいる、あなたの父がまた世にいた時でさえ、あなたと戦略の話をすると、あなたを言い負かすことができなかった...でもあなたの父は言っていた、あなたを将軍にしてはいけないと。」

 と趙母は真剣に言った。昔の趙括であれば、きっと飛び跳ねて、口では戦術に関する、天下に関する話、または心に抱く大志を話すだろう。


 しかし、今の趙括はとてつもなく落ち着いている。なぜなら彼は知っているのだから...趙母は間違いない。彼は確かに将軍になれない。自分が将軍になったらどうなるかは、歴史書にはっきりと書かれている。


 「あなたの父に聞くと、戦争は皆の存亡に関わる大事である。しっかりと観察しなければならない、括はそう簡単に戦争のことを語り、将来において、もし趙国があなたを将軍に任命しないのはまだしも、もしあなたを任命したら、趙を滅ぼす者はきっと汝なり。」

 趙母はそう言って、また趙括を見て、口を閉じた。趙母は趙括の反論を待っている。


 「厳君、わかりました。」趙括真剣そうに言った。


 趙母はぎょっとして、準備していた言葉が口に出すことができなかった。趙母はまた言った、


 「秦の人々は廉頗を恐れている、故にあなたを廉頗の位置に着かせようとしていたのだ、趙異人があなたを暗殺するのも、あなたをより尊大にさせるためである。戈の話によると、邯鄲の中ではあなたの話をする人が増えたと言う、あなたの名声がどんどん高まり、なぜそうなったか、それが秦の策略である。」


 趙括は首を縦に振りながら言った「厳君、こんな簡単な策略、趙国に見破れる人はいないのですか。」


 「秦と趙の戦争、あなたの事は趙国にとって海にある一滴の水のように目立たない、趙国に賢い人はいないわけではない、しかし、その視線はあなたに集まっていない、あなたの名声が高まって来たら、きっと悪い人を買収し、大王にあなたが将軍になるように勧めてくるはずだ。その時、もしあなたが将軍として失敗すると、私もきっと巻き添えになるでしょう。」


 「わかりました、厳君、私は将軍には絶対なりません。」


 趙母は軽く笑い、手を伸ばして趙括の顔を撫でた、


 「括、私は二十歳も満たさない将軍を聞いたこともない、あなたは兵法を熟読し、同世代にあなたを勝る者はおりません、あなたがもう少し年増し、もう少し落ち着いてから、あなたに学んだことを発揮させられるように、趙国の尉官にならせよう...そうして十年経ってから、あなたはきっと父をも超える将軍となり、天下に敵なしになるでしょう。」


 「厳君が言っていることはもっともです」趙括は笑いながらそう言って、心の中ではそう思はなかった、天下に敵なし?今は白起、何年後には李牧、さらに十数年後には王翦、こんな怪物らと戦国一の名将の地位を争えってのか...


 ははは、厳君、あなたが喜んでくれたら何よりです...


 趙母は嬉しそうにした、最初はこの強情の息子を説得できないと思っていたが、どうやら括も成長したようだ。その後、またいつものように馬服君趙奢の話をし始めた、いつもの趙括はうんざりして帰っただろう、しかし、今の趙括はただ安静に座っていて、母の話を聞いた。


 「私があなたの父に仕えていた時、当時の彼はまだ将軍になったばかりでね、彼が自らご飯を手に持ち、人々に食べさせたのは数十人もいて、彼に友達として認められたのは数百人もいた、大王や貴族たちがくれた褒美はすべて配下に分けた、大王の命令を受けた日から、彼はもう家事に口出すことはなかった、頭に軍のことしかなかったのだ。これこそが将軍がすべきことですよ、括、もしあなたが統帥になったら、この話を忘れてはいけませんよ。」


 趙母は年も取ったので、ちょっと話しただけで、もう疲れて、寝転んで休憩しようとした、趙括は母親を寝台まで運んで、やっと部屋を出ようとした。趙母もこれ以上引き留めるつもりはなかったが、趙括の手を握ってただ丁重に、

「括、帰ったら、本を読むことだけ考えずに、外にも出かけなさい!いろんな地形を見て、ここではどう軍隊を配置したら良いかをよく考えなさい、本をいくら読んでも、実際に見ることより勝ることはない...」


 屋敷を出た頃、戈はすでに馬車を用意していた、戈は馬の隣に立って、馬の首を撫でていた、趙括を見ると何も言わずに、馬車を操る席に乗った、趙括も馬に乗り、馬車はやっと出発した。戈の運転技術はあまり良くない、趙括から見ると不合格なドライバーだ、朝ごはんまで吐くほどだった。


 「あの嬴異人は友達になれるような人ではない、彼は趙国へ来てすぐに趙国の言葉を使い、趙国の服を着るのは彼が大志を抱いているからだからです。」


 「彼が秦の服を着て子君を暗殺しに来たのはきっと何らかの理由があるはずだ、私は子君が悪党と友達になることを好んでいることを知っている。しかし、この人とはあまり仲良くなるときっと災いをもたらす、次に彼が子君を訪れたときは、子君に彼を殺してほしい。」


 戈は遠慮なくそう言った。これに対して趙括はただ黙っていた。


 戈はまた何かを言おうとしたが、最後に長くため息をして、何も言わなかった。


 馬車が馬服に戻るとき、番人は相変わらず迅速に門を開き、趙括は番人に向かって首を縦に振った。番人は黄色い歯を出して喜んで趙括を見送った、屋敷にまだ着いていないのに、戈は馬車を急に止めた、その衝撃で趙括は危うく馬車から落とされるところだった、趙括は口を開いて戈を罵倒しようとしたら、趙括はぎょっとした...


 自分の家の屋敷の前に、いつしか、人の群れができていた、十数人もいる。短剣を持っている人も少なくはなかった。


 「趙君」と突然と誰かがこちらの馬車を指して大声で叫んだ、すぐさまにこの十数人が馬車に向かって走ってきた。


 趙括はびっくりして、口を開く前に、戈が凄まじい勢いで馬車から飛び降り、短剣を抜き、馬車の前に、立った。


 「五歩以内に入ってくる者は殺すぞ!」


 戈は大声で叫び、長いヒゲが乱れた。

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