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38.幸と趙括

 幸は立ち上がり、服についた土を叩き落して、剣を抜いた、

 「その通りだ、私...俺を捕まえて、賞金でも貰いに行くつもりか?」


 趙傅はしばらく黙って、

 「私の使命は馬服子を護衛し、彼の安全を確保することで、賊を捕まえるのは私の使命ではありません。しかし、伝えたいことがあります。」


 「...」


 「次にこのように友を弔う(ともらう)事があれば、事前に馬服子に言ってください。馬服子はあなたのことをとても信頼している。しかし、あなたがこのようにこそこそ動くのは、影響が良くありません。」


 「馬服子は賢い人である。彼はきっとあなたの正体を知っていたはずです。」


 「私は、もし主が臣下を手足として見たら、臣下も主を腹心と見ることができると聞いたことがあります。あなたは臣下であるにもかかわらず、主を腹心として見なかったら、馬服子もあなたを手足のようにと思えないでしょう。」


 幸は剣を鞘に入れて、趙傅に一拝して、ここを離れた。


 趙傅も彼が去ったのを見たら、墓を見つめ、しばらくしてその場を去った。


 趙括はゆっくりと目を開き、朝日の光が葉っぱに遮られ、ほんの少し光だけが趙括の顔に当たった。趙括は起き上がり、そのすぐ近くに幸がいた。


 趙括はびっくりして、慌てて立ち上がった。あくびをした後に微笑みながら、

 「幸、こんな場所で何をしているのですか?」


 幸は一瞬固まったが、

 「子君に伝えたいことがあります。」


 「言ってください。」


 「昔に、私は罪を犯して、この太行山に来て、盗賊になりました。その後、仲間は全滅して、私だけが生き残れました。もし子君がいなければ....」


 幸が言い終わる前に、趙括は立ち上がり、

 「先に私とご飯を食べに行きませんか?私は一晩中腹を空かせていたのです。」


 趙括は幸を引っ張って、少し遠くの焚火のある場所に座った。朝と言っても、少し寒かった。


 「昔の神話を聞いたことはありますか?皇帝になった(しゅん)は元々奴隷で、宰相になった傅説(ふえつ)は壁を作る職人だった。この時代でも斉の政治家の管夷吾(かんいご)はかつて罪人で、秦の宰相の百里奚(ひゃくりけい)は奴隷だったという。」


 「孟子曰く、人は常に過ちを犯し、やり直せる機会を得ることができる。心の中で戸惑い、たくさん考えてから、何をすることが分かる。」


 趙括は肉を一口食べて、笑いながら、

 「あなたは過去に罪を犯したが、それを改正する機会を得た。こうしてみれば、あなたは喜ぶべきではないですか?」


 幸は少し驚いて、まさか趙括がこんな話をするとは思わなかった。趙括の言葉を聞いて、心にある苦しさが消えたようだった。


 幸はまた何かを言おうとしたが、趙括は声を低くして、促すように、

 「早く私に次の一口を勧めてください。私はまだお腹いっぱいになってません。」


 前にも言ったように食事をする時、貴族の一員として、趙括はご飯を食べるときは、好き勝手に食べてはいけないのである。三口まで食べてもよい。その後はもう腹いっぱいアピールして、その時に門客はもっと食べませんかと勧めてきて、それから食べ続けることができるのである。


 幸も会心の笑みが浮かび、大声で、

 「もっと食べてください!」


 目の前に肉を三口を食べて、すぐにこちらを見て来る子供のような男を見て、幸は分かった。


 この人こそ自分が一生補佐する人である!この人こそ生死を共にできる人である!


 それから幸はまるで別人のように、同行する人たちにも笑顔を見せ、皆と太行山の面白い話をして、親しくなったのである。馬車は太行山を越えて、平順地帯に近くなっていった。


............


 羊腸坂(ようちょうさか)の道の複雑さがまるで羊の腸のようだから、この名前が付いた。近づけば近づくほど、ここの険しさを感じる。昔に商人たちは無理やりここで道を作ったが、依然と険しさは減っていないのである。


 羊腸道の真ん中くらいの場所で、数百人が森に這いつくばって、そのリーダーらしき人が時々頭を出して道を見た。


 忽然誰かが彼の後ろまで走ってきて、

 「煙が見えました、おそらく今日中に羊腸道に入ってくると思います!」


 リーダーの大男が彼の服をつかみ、

 「本当に煙が見えたんだよな?本当にあいつらか?」


 「絶対そうです!太行山は普段通る人が少なく、ましてやあれほどの焚火...間違いありません。」


 「やっと来たか、途中で死んだかと思ったじゃないか。遅すぎるだろう。もし本当に趙国の兵士たちが彼らを頼っていたら、餓死するんじゃないか?」


 ここにいるのは全員秦人あるいはその間者である。彼らは数日前からここにたどり着き、道が険しいために、崖から十数人が落ちた。さらに趙括たちに警戒されないように、焚火をつけずに、数日間冷たい食事をしていた。


 大男は歯を食いしばって、

 「趙括め、彼の名声はすべて私たちがくれてやったものだ。今度こそ、彼の門客を殺して、命乞いさせてやるわ!」


 隣の人も、

 「趙人はどうなっている?こんな遅さ...秦国では十回も殺されてるわ!」


 大男は不快な顔で、

 「何が秦国だ?!我らは平原君の門客で、平原君が侮辱を受けたから、復讐をしに来たのだ!」


 「偵察を出して、皆にもこの事を伝えろ!」


 羊腸坂前で、幸は忽然足を止めた。目を細めて、遠方の様子を見た。長い盗賊生涯において、何度も伏兵に会い、警戒心が強くなったのである。


 幸はかつてここで商人たちを襲っていたのである。ここは獣が多く、鳥の鳴き声は絶えることはなかった。しかし今ではあまりにも静かすぎる。まるで自分が待ち伏せをしていた時と同じようだ。


 幸が後ろに手を振ると、騎士が彼の挙動を見て馬を操り、趙括の方に行った。


 幸は地面に這いつくばり、草を自分の顔に塗って、柔らかい枝を探して、自分の体に巻いた。


 その後、まるで蛇のように前へ進み。忽然、地面の雑草に踏まれた痕跡が見えた。よく見ないと分からないほどだった。


 「止まる?」趙括は少し戸惑ったように騎士を見て、それから趙傅を見た。


 趙傅は眉をひそめ、

 「皆に止まれと伝えてください。」


 趙括は遠方を見て、忽然口を開いた、

 「皆に焚火を起こして、煙が絶えないように、と伝えてください。」

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